始祖ラーメン
会社からの暗い帰り道、私は腹が減ったので足早に家へと向かっていた。朝は寝坊で全く食べる余裕などなく、昼もそこそこにしか食べていなかったのでかなりの空腹が私を襲っていた。
それにしても私の住んでいる家への道はなんと不便な道だろうか。家までの間にレストランどころかコンビニまでないとは。
そんなことを思いながら歩いていると、
「ん? あれは……屋台か?」
私は最近じゃ珍しい屋台を発見した。
そういえば、屋台に近づくにつれてなんだか良い匂いがしてきた。家に帰っても一人なので、ここは思い切って屋台で何か食べていくことにするか。
屋台の大きさはそれほど広くはないが、かと言って狭いものでもない。私は屋台初体験だからその辺のことは詳しくはわからないが、たぶんこれが一般的なものなのだろう。
「始祖ラーメン……?」
屋台の看板には確かに始祖ラーメンと書かれている。だが、これは……
「へい! ラッシャイ!」
看板を見つめる私に店主が声を掛けてくる。
屋台は初めてだから、どうすればいいのかわからないが、とりあえず椅子へと座ることにした。
「何にします?」
何にしますと言われて、私は真っ先に、
「始祖ラーメン」
と、答えた。
「少々お待ち」
すぐに店主が準備に係わり手際よく慣れた動作で私の前にラーメンが置かれた。
始祖ラーメンと名付けられたそれのスープは灰色であり、なんだかスープ自体が粘っこい印象だった。
レンゲを使ってスープをすくってみるが、やはり粘っこかった。
「熱いうちに早めにどうぞ!」
と、店主が言うが、始祖ラーメンは相当な熱さなのか湯気がもくもくと上がっている。私は猫舌ではな
いが、店主には悪いが少し冷めるまで待たないと食べることはできないだろう。
「すいません」
「へい!」
ただ待つのもつまらないので店主に聞きたいことを聞くことにした。
「このラーメンの名前の『始祖ラーメン』って字、間違ってませんか? 外の看板に書いてあったのでどうも気になって」
看板の間違えを指摘されて店主が機嫌を悪くすると思ったが、そんなことはなかった。店主は笑顔を浮かべて説明してくれた。
「いえ、間違いではないんですよ。このラーメンのスープにはある特別なものが使われているんですよ」
「特別なもの?」
「ええ、特別なものなんですよ」
店主が特別という言葉を強調するので、私の好奇心は大いに刺激された。
「その特別なものとは一体?」
また店主は笑みを浮かべると、辺りを見渡してから私に顔を近づけて小声で話してくれた。
「いいですか、旦那。このスープに使われているのは南極にある深い氷の裂け目から入っていく特別な場所に存在する原初の存在から取れるものなんですよ」
「原初の存在?」
なんだか話が突拍子もないほどに飛躍してきたな。いきなり南極だの原初の存在と言われても、目の前に置かれたラーメンのスープがそれほどすごいものとは思えない。
「そ、原初の存在を使ってるから始祖ラーメンなわけ」
まるで、ホラ話にも思えるが、妙に話が作りこまれているようにも思えるが……
「ところで、旦那。そろそろ食べないといけませんよ?」
店主に言われてようやく私は腹が減っていることを思い出して、いざ、ラーメンを口にしようと割り箸を割ったとき、あることに気がついた。
「スープの量が増えてる……?」
明らかに増えていた。先ほどまでは一般的なスープの量だったのに、今では器いっぱいの量となっている。
「なんで……こんな量に……?」
信じられない光景だった。まるでスープがスープを生み出しているようだった。スープは私が見ている前でもその量を増やし続け、とうとう器からこぼれ出し始めた。
しかも、それだけに止まらず、こぼれたスープもその量を増やし続けている。
「熱っ!」
こぼれたスープが私の太ももにまで垂れてきた。その熱さのすごいこと、まるで熱湯のようである。レンゲですくったときとは比べ物にならない熱さとなっている。
「あーあ、旦那ダメですよ」
店主が言った。
「だから、言ったじゃありませんか。早いうちにどうぞって」
その言葉、光景が私が最後に聞き、見た光景だった。
店主の今や店主ではなくなっていて、黒い影のような姿となり、先ほどの笑みを浮かべながら紅蓮の如
く三つ目が燃えている。
そして、始祖ラーメンからこぼれたスープは粘液の塊となり、私に襲い掛かってきたのだ!