・始まる前の第一章
本編始まり!
第一鬼 フェアリー瑛子
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「はあ、はあ、はあ……っ!」
「クスクスッ、クスクスクスクスクスッ」
背後から迫る笑い声、人の形をした、でも人じゃない何かに私は追われていました。
それは背中に蝶のような羽をはやし、本とかで見たエルフのようなとんがり耳をしている女の子の姿だった。
一言で言って妖精としかいい表わしようがない『それ』は集団で私を追いまわしてきた。
どうしてこんな事になったのか、そんな思いばかりが私の中でぐるぐると駆け巡っていた。
ただ私は、学校にした忘れ物を取りに行って、その帰り道、暗くなってしまったので早めに帰りつくため公園をショートカットに使った。小さい公園だが、そこを横切れば私の家にまですぐに辿り着く。
そう思って何気なく通ったそこで、まさかそんな怪談話にしか出てこないようなモノが出てきて自分が襲われるなんて考えもしなかった。
でも、実際に私はそんなおとぎ話みたいな状況に追い込まれてしまった。
こう言う時、おとぎ話では二つの展開が存在する。
一つはヒーローが表れて助けてくれる展開。
もう一つはこのまま追いつかれて、殺されてしまう展開。
そして現実はとても残酷で、たぶん私は遊ばれていたのだと思う。
そうでなかったら、私があんな長い間、逃げ続ける事なんてとてもできなかったはずだから。
「こ、こないで……! 誰か助けて……!」
かすれてしまう声で、私は一生懸命叫びました。その声が誰かに届いて、助けに来てくれるように願って。
でも不思議な事に、街中で助けを呼んでいるというのに、どんな大声も届かないかのように、助けはどこからもやってこなかった。
私は追いかけてくる妖精達の死角になる場所で身を隠し、必死に時間が過ぎ去るのを待った。
きっとあれが、私が逃げられる最後の可能性だったのかもしれない。
永遠にも思えた長い時間、私はただ震え上がっていた。
そして……。残酷な最後は訪れた……。
1
目が覚めた時、私は自分の部屋のベットの上だった。
家の者の話だと私は玄関先で倒れていて、その後部屋に運ばれたそうだ。時間は早朝近く。既に日が昇っていたそうだ。
まるで昨日の事がただの悪夢のように思えるけど、私の頭の中にははっきりと焼き付いている。
だが、その記憶の中で私は確かに、あの何なのか解らない妖精のようなモノに襲われたのだ。逃げ切れず、追いつかれて、その最後の結末を受けたはずだ。
あの時感じた恐怖は間違いなく死に直結していた。いや、私の考え過ぎだったとしても、無事であるはずがない。何らかの後遺症のようなモノを受けていたはずだ。
まったくの無傷なんて言うのはあり得ない。
「でも……ありえないって言うなら、そもそもあの夢も……」
そうだ。妖精だなんてそれこそありえない。もしかしたら私は別の何かが原因で気を失って、あんな怖い夢を見てしまい、現実と誤認してしまったのかもしれないんだ。
いや、それにしては現実味があり過ぎる。
けどやっぱり―――。
結局私は疑問と混乱ばかりが先だって、自然と考える事を放棄していた。
実際考えたところで答えを出しようがない。それが解ってしまった私はともかくあの非現実的な夢の残像から逃れたくなった。
だからかもしれない。私はその日の昼に、遅れて学校に登校した。
登校してすぐ、私の体に異変が起きていた。
身体中がダルイ。
頭痛と軽い眩暈がして、肩に大荷物が乗っているように重い。足取りがおぼつかなくてフラフラしてしまう。
遅刻した事を先生に報告して、教室に戻る途中の廊下、私は保健室に向かうか教室に向かうか悩んでいた。
夢の残像を振り払いたくて私の知る日常を、この学校の生活を送ろうとしてきたのに、ここで保健室に行くのはどうかとも思えた。
だけど、ここで無理して倒れるのはもっと意味がない。
どうしよう? どうすればいいんだろう?
壁に手を付き、額に手の甲を当てて頭痛を押さえながら少し考えて、私は保健室に向かう事に決めた。
どうせ、このまま教室に行ったところで皆か先生に見つかって保健室送りになるだけだ。だったら自分から保健室に行ってしまえばいい。
そう決めた私は方向転換して保健室へ向かおうとした。
と、体のバランスを取り損ねて僅かにふらついた時、肩に何かがぶつかった。
「ごめんなさい……」
誰かに肩がぶつかってしまい、私は咄嗟に謝った。
相手の人は何処かで見た事あるような顔だったけど、うまく思い出せなかった。
やっぱり気が動転してるせいだろうか? うまく頭が回らない。
「あ~~~、いえ~~~……、あぁ……ふぎゃぁっ!!」
悲鳴にはっとした私は、瞼を落としかけていた事に気付いた。
目をあけると、いつの間にか目の前にいた誰かが消えてしまっている
「あれ? さっきの人はどこに―――?」
言いかけてすぐ見つかった。
どこにと言われると、とても簡単で言い難い所にいた。
え~~と、それは……、床、だ。
床に転がって後頭部を押さえて物凄く痛そうに悶えている。
さっきから体を縮めたり伸ばしたりを繰り返し、次第に疲れたのか動きはなくなるが震えだけが止まらずずっとプルプルと震えていた。
私が意識を飛ばしていた一瞬でそこまで痛がるような出来事でもあったのだろうか?
解らない。
「あ、あの、大丈夫?」
痛がる相手の姿に呆けていたらしい私は、やっとそれだけ声をかける事が出来た。
「………痛いぃっ」
「う、うん、痛そう」
「……呼んでください」
「呼ぶの? 何を? 先生? 救急車?」
「いえ、霊柩車を」
「致死傷!?」
本当に何があったんですか!?
とりあえず私は相手に近づき、押さえている後頭部を確かめてみる。軽くコブにはなっているけど言うほどひどい怪我ではないようだ。ちょっと安心。
よくよく見てみれば、その子は私も知っている女の子だった。
C組の鬼裂姫。自分の事を僕と呼んで、誰にでも明るい子供のような性格。と、私は認識している。
この子の事を知らない学生は、この雅高校には存在しない。それだけ有名な学園のマスコット的存在。
ただし、とっても痛がりなのにドジして毎回何処かでこけているシーンをよく見る。
「鬼裂大丈夫?」
「だ、大丈夫……、ちょっと考え事しててぶつかった後のバランスとること忘れただけだよ」
「あんな軽い衝撃にバランスをとれないほど何を考えてたの?」
「え~~~と、君の名前はなんだったっけ~~~って」
「私の名前の所為でこけたの……!?」
「燻り焼きA子さん?」
「違う。そんなラジオネーム的名前はしてない」
鬼裂を助け起こした私は一つ溜息を吐いて自己紹介する。
「燻白沢瑛子」
「ああ、そうだ。確かこの辺の地主さんの娘だったっけ?」
「一応そう」
「よろしくね! 鬼裂姫だよ!」
「知ってる」
「はじめましてエスパー瑛子」
「別に超能力で名前を知ったわけじゃない」
「火星人がタコみたいな容姿って本当?」
「宇宙の電波も受信してない」
「いくらかかったの?」
「情報屋から調べたわけでもない」
「犯人はお前だっ!」
「探偵でもない」
「もしやお久しぶり?」
「何処かで会ってるかもしれないけど今のは違う」
私は一息つくように溜息を吐いて話を区切る。よくも次々とネタが出てくるものだと呆れてしまう。
目の前ではニコニコと無垢に笑ったセミロングの女の子。
さっきまでは体調の悪さに頭痛がしていたけど、今は慣れないツッコミ役を回されて疲労が体中に感じられた。
分かっているのにまた溜息を吐いてしまう。
「あれ?」
溜息を吐いた私を見て、鬼裂は小首を傾げてしたか私の顔を覗いてくる。
う……っ、ちょっとかわいい。
さすが雅校のマスコットと呼ばれるだけの事はある。
何気ないはずの動作一つ一つが目を惹く。
「な、なに?」
「燻白沢さん……やっぱ呼び難いから瑛子でいい?」
「別にいい」
「瑛子、昨日――」
「!!」
言葉の途中で私は自分でもはっきり分かるほど動揺してしまった。
体の先が痺れるような錯覚に言葉が出なくなり、視界もぼやけて、完全に無防備な姿をさらしてしまっていた。
次に彼女が何を言うか、私は昨日の夢を現実にされるような恐ろしさに苛まれ、辛うじて正常な耳だけが続きを口にする鬼裂なんの声に集中する。
「――昨日、あんまり寝てない?」
つまり寝不足かと訊ねられた。
それも正解だから私は動揺したままだったけど、確信を突かれたわけじゃない。なんとか平常心に戻って話を繋ぐ。
「うん、なんだか寝付けなかったから」
「ふ~~~~ん………」
鬼裂は自分で聞いてきたのに、なんだかそっけない声をあげる。
ただじーーっと見つめるだけの無垢な瞳。正直今の私にはとてもそれが怖いと思えた。まるで、私の内心を見透かそうとしているようで、それが錯覚だと解っていも『怖い』という感情が私の胸中から湧き上がってくる。
思わず胸に手を当てて、一歩後ずさり、視線も彼女の顔を見つめられなくて挙動不審だと言われても仕方ないくらい彷徨ってしまう。
ただ見つめるだけの彼女に耐え切れず、私は思わず逃げ出そうとした時、彼女の行動が一歩早かった。
それは、やんわりと鬼裂らしいゆっくりとした動作だったはずだ。だけど、その時の私は動揺を隠しきれず、思わず手の感触にまるで大きな虫がへばりついたように怯え、腕を振り払ってしまった。
パチンッ! と小さい、しかし明らかに痛みを伝える乾いた音が耳に届く。その時になって私は初めて、鬼裂の手を叩いてしまった事に気づく。
痛がりな彼女の事、叩かれた手を胸に抱いて涙目になるかもしれない。それに彼女は何も悪い事をしようとしていなかったのだ。なんで叩かれたのか解らず怯えた目を私に向けるかもしれない。純粋な彼女からそんな目で見られると思うと、とても怖かった。なんとか誤解を解かないといけない。そうは思うが、うまく口が回ろうとしない。まだ私も動揺しているのだ。声は出ても言葉にならない。どうしようもない。一種の諦めに似た感情が私の中で膨れ上がってくる。
だが目の前で起きた事は結構意外な事であった。
「ん……」
少し声を漏らした鬼裂は、それでも払った私の手をもう一度、今度は両手で包みこむように触れる。
温かい手の感触が、私の手に直接伝わってくる。
私が払ってしまった手は、ほんのり赤みを帯びていて、やっぱり痛いのだろう、その目から一滴涙が頬に軌跡を作る。
なのにその表情は無表情。痛みを我慢しているからなのか、それとも何か別の感情が彼女の中にはあるのか。解らないけど、ともかく彼女の眼はただ私を見つめていた。
手のぬくもりがだんだん広がってくると、気が落ち着いてくるのを感じた。心地いい気分で、なんだか安心する。
深く長い溜息が一つ、自然と漏れて出た。
その時には私の中には動揺と言う感情はどこにもなくなっていた。
「瑛子落ち着いた?」
「え? ええっと……」
「ちょっと顔怖かったから、疲れてたんだね」
柔らかい笑み。
まるで我が子を愛おしく眺める聖母のような微笑みに、私の胸がドキリと高鳴った。
彼女が雅高校でマスコットと呼ばれるほど人気が出た理由が解った気がする。こういった細かい気配りができるから、皆彼女を好きになるんだ。
あ、って事は私も好きになっちゃったのかな?
よく解らないけど、こんな風に相手のぬくもりを感じて安心できるって事が『好き』って事なら、それでもいい気がしてきた。
「じゃ、行こっ!」
「え? 行く、ってどこに――きゃあっ!?」
気付いた時、私は鬼裂に引っ張られていた。
ぼーっ、っとしていたので全く抵抗できず、完全に主導権を鬼裂に奪われていた。
もうすぐお昼休みも終わりに近付いているというのにどこに連れて行こうと言うのか? 保健室ではない方向に進む鬼裂に一抹の不安がないわけじゃなかった。
でも、私は抗わなかった。
そうしても大丈夫だと、両手で掴んだままの彼女のぬくもりが、そう教えてくれているような気がしたから。
私が連れてこられたのは校舎裏のとある一角だった。
この学校の校舎裏は、庭師の人がちゃんと手入れしている割に、背の低い木が多く、まるでかくれんぼ専用の庭みたいになっている。
その茂みと言って良い場所の奥に少し入ると、まるで映画のワンシーンを撮るために用意されたかのような小さく開けた場所に、一本だけ背の高い木が立っている場所がある。
「ここ、初めて学校に来た時仲良くなった庭師の人に頼んで、僕の憩いの場として作ってもらった秘密基地なんだ」
嬉しそうに語る鬼裂はそのまま私の木の下まで連れていくと、木を背にして正座を崩した状態で座る。そして私を無理矢理引っ張って、自分のすぐ隣に座らせる。
急な事だったので、前のめりに膝を付いた私に、鬼裂きは何を思ったのか頭を手で掴んで押さえつけるようにしてくる。すると自然、私は鬼裂の膝元に顔を埋める様な形になってしまう。
制服のチェックのスカートと頭の後ろで結んだ髪が後を追って流れる。
その一部始終がスローモーションに見えて、意味も解らずドキリとしてしまう。
「あ、あの……、なにを?」
「膝枕」
「どうして?」
何故か胸が高鳴るのを感じながら問いかけると、彼女は屈託のない笑みでこう答えた。
「ここでお昼寝すると気持ちいいから!」
言いたい事はあった。
答えになってないってこともそうだけど、なんで私をここに連れてきたのかとか、聞きたい事がいっぱいあって――、
でも、すぐにどうでも良くなった。
だって、この子の言うとおり、この小さな空間はお日様がぽかぽかで、だけど木の陰になってて気持ちのいい風が入って、木漏れ日の中にいるようで、とても心地良い。
何よりこの子の膝は、さっきの手と同じぬくもりがして、それ以上に柔らかくて、なんだか気持良い。
総じて安心できて、自然と眠気が誘ってきた。
このまま寝てしまったら、とてもすごく気持ちが良いんだろうなぁ。
そう思ってる内に、私の瞼は自然と閉じられていた。
気持ちよくて、温かくて、とっても安心できる、そんなふわふわした気持ちで……。
3
少し、思い出した事がある。
以前もこんな風にして、温かい空間に浸っていた時があった。
何も考えず、しがらみもなく、あるのは幸せの享受だけ。
自然と笑みが零れ、安心感が自分を包んでくれる。
二人寄り添うこの時間は、あの時からもう二度と味わえないと思っていた。
だから、こんな一時をもう一度味会う事の出来た今が、少し現実味を帯びない。
「でも……、いつかはまた、当然にすればいいんだ」
それができる力が欲しい。
欲しいと思ったから動いた。
動く事に心が怯えに震えた。
それでも……私は惑わない。
惑う事で歩みを止めたくはない。
だから私はもう……。
「それにしてもこの子、前に見かけた時と随分雰囲気が変わってるけど? ……もしかして白姉ぇの言ってた件と何か関係があるのかな?」
4
キーンカーンカーンコーン……。
そんな聞きなれた音が私の耳に届いて、私は初めて眠っていた事に気付いた。
いつの間に眠ってしまったんだろう? あれからどのくらい時間が経ってしまったんだろう?
解らない。解らないけど、頭に流れる気持ちのいい感触が波打っていて、これから離れたくない。もっとこの暖かさに顔を埋めていたい。
「ん、んぅ……」
頭の上の方で呻きとも溜息とも取れない声が聞こえた。
女の子の声。聞き覚えのある女の子の声だ。誰だったけ?
「わぁ、ちょっ……! そんなに擦り寄られるとくすぐったい……」
擦り寄る? くすぐったい?
…………………あ。
気付いた私はガバリッ! と起き上って、鬼裂の膝から離れる。
わ、忘れてた……。膝枕してもらってたんだ。なのに私ときたらついその温かさと柔らかさに顔を埋めて―――!
考え至るまでもなく一発で目が覚めた。何やってるんだろ私……。
「随分目覚め良いんだね? でも、寝起きはもう少しゆっくりした方が体に良いよ」
どこかずれた感じの事を言う鬼裂に、私は恥ずかしさから顔をそむけてしまう。
「え、えっと、今何時?」
「うん、放課後」
「え?」
「だから放課後。午後の授業全部寝ちゃってたね」
そ、そんなバカな……っ! 昨日寝てなかったからってこれは酷すぎる。
これじゃあ、何のために無理して登校してきたのか解らない。
学校に寝に来たんだろうか私は……。
「っというか、鬼裂は授業休んじゃってよかったの?」
「ん? 僕は平気。しばらくは授業休んでも問題ないから」
言いながら無邪気に笑っている鬼裂。
そう言えばこの子、確か成績学年平均五十位以内をキープしてるって話を聞いた事がある。
意外と計算しているようだけど、学年総数は百八十八人だから、中の上くらい成績。
授業を丸々サボったら、すぐに下位に下がってしまいそうなものだ。そこら辺を解ってるのだろうか?
「にへら~~」
解ってないかもしれない。
口の悪い人ならバカ面と言いたくなるほどの能天気な笑み。
もしかしたら人生の全てに対して、何も考えずに行動してるのかもしれない。そう思うとちょっと羨ましくもある。
私は地主の娘だから、時々そういった大人の事情みたいなしがらみもあったりする。
逃げようと思えば逃げられる。でもそれは、私が自分でそう決めないと意味がない。ちゃんと自立できない限り、両親はそれを許してはくれないだろう。心の広い両親だが、些か現実主義者でもあるあの両親は、私がまともにお金を稼げない限り、私をあの家から、しがらみから逃がしてはくれない。
半分諦めて、でも半分では決意している。
もし、目の前にそんなチャンスが訪れたら、きっと私は無我霧中でそれに食らいつくだろう。なんとしてもそれを掴もうとして。
でも、それって結局半端な行為だ。いっそ、この子みたいに何もかもを在るがまま受け入れて、何も考えずに笑っていられたら……。
『クスクスッ、クスクスクスクスクスッ』
「ッ!!」
反射で俯き、肩がガッチリと硬直した。
自分の中で思い出してしまった出来事、あの夜の笑い声。私はそれをこの場で聞いたような錯覚を感じて、すぐにただの錯覚だと理解する。
それでも思い出してしまうと体中が恐怖に硬直してしまう。
なんで? なんで私はこんな一度に変な悩みを押し付けられているんだろう?
人生で必ず背負う現実の悩みと、そもそも夢かもしれない恐ろしい記憶、二つがごっちゃになって頭がおかしくなりそうだ。
「大丈夫だよ」
ふいに髪を撫でられた。
まるでハープでも鳴らすように、鬼裂が私の髪を撫でて微笑んでいる。
それは何も知らない人間の無意味で無駄な優しさ。訳も解らず子供をあやそうとしている、そんな勝手な行為。
そのはずだけど、なんでか私はこの笑みに救われた気がした。
最初の手を包んでくれた時と言い、膝枕の時と言い、この子は他人を和ませる匂いでも出しているのだろうか? 私は勝手に気分が落ち着いてくるのが解った。
「ありがとう」
自然とそんな言葉が漏れ、体が弛緩していく。
ホッと、今日初めて安堵の溜息を吐く。鬼裂はにっこりと笑む。
私も笑い返す。そんな風にお互い笑い合っていると、横合いから茂みがこすれる音が聞こえた。
二人してそちらに視線を向けると、一人の男子生徒が現れた。見覚えのない生徒だ。
男子生徒は私を見て、それから鬼裂を見て表情呆れたモノへと変えた。
「何やってんだ姫。午後の授業全部ボイコットか?」
「寝てた委員長!」
「相変わらずフリーダムすぎんな、お前の行動!」
どうやら委員長らしいその少年は、ツッコミを入れてから一度だけ私を見てすぐに鬼裂へ視線を向けると、手を差し伸べてきた。
「ほれ、今日は部活付き合え。お前が授業休んだ理由、適当に付けておいたんだからな」
「そうなの? ありがとう。じゃあ今日は付き合おうかな、皆にも言いたい事あったし」
「お前が口を開くとロクなことないけどな」
「………」
「いや、真に受けて必死に口を閉ざそうとすんなよ。そんな両手で口塞いでると息もしにく――」
「きゅうぅ~~~……」
「言ってる傍から窒息しかけてんじゃねえよっ!?」
鬼裂は目をナルトにして倒れそうになるのを、委員長らしい少年に助け起こされる。
この子の天然ボケは誰に対しても発揮されるようだ。
私は乾いた笑いを小さく漏らす。
委員長の男性は私にも手を差し出そうとしていたが、鬼裂をかまってる内に私が自分で立ってしまったので、出かけた手をどうしたものかとワキワキさせている。
少しタイミングが悪かった様で申し訳ないと思ったが、私もいつまでも座ってられなかったので仕方ない。そこら辺は諦めてもらおうと思った。
しかし、その手はすぐに別の人物に取られた。鬼裂が無邪気な笑みを作ってその手をとったのだ。
「委員長! 掃除まだの所あった? もしまだの所があったら僕が手伝うよ~~!」
「わ、分かったから、そんな引っ張んなよ!」
男性が照れたみたいに顔を赤くして抗議している。照れ隠しだろうか?
私も二人に倣って茂みを出ると、手を離した鬼裂が私に片手で拝むようにして謝ってきた。
「ごめんね。こんな時間まで付き合わせちゃって。また埋め合わせで遊ぼうね!」
そう言うと返事も聞かずに走り去っていく。
今度は男性が置いていかれて「おいおいっ! 俺を置いていってどうする!?」と怒られていたが、まったく気にせず笑っていた。
二人がいなくなって私は、一人で勝手に込み上げてくる笑みをちょっとだけ我慢した。
笑ってもいい気もしたが、なんとなく、今笑うのは失礼のような気がした。
今まであまり関わらなかったけど、鬼裂って噂通りの面白い子かもしれない。
のん「能天気だ。姫、能天気すぎだ………」
姫「僕をこんなにしたのは君の所為だと思うんだけど?」
のん「そうなんだよね。当初考えてた姫の設定って『ちょっと暗めで近寄りがたいキリッとした雰囲気だけど、実は超が付くドジっ子で、何もないところで転ぶなんて当然! なんでもまじめに受け取って、冗談だと後で気づいて、かなりまじめに落ち込む。だけど戦闘最強!! ダメージにも強い、鬼の半妖!』ってキャラだったんだけどね~~~?」
姫「のんさん!? それ完全に燃えキャラだよね!? でも、僕そっちの方が良かった気がする!?」
のん「まあ、どっちもドジキャラだから需要はあるだろう」
姫「え? 僕、ドジっ子じゃないよ?」
のん「へ?」
姫「え?」
のん&姫「「…………」」
のん「え~~~………、次回は第一章第二話的お話です。質問ありましたらお願いします。あと、勉強も兼ねてるので、技術的欠点はビシバシ送ってくださるとありがたいです」
姫「のんさん、精神的耐久地低いのに自らハードル上げた!?」




