前夜祭
新宿の雑居ビルで、便座に腰掛けたまま死んでいる男が発見されたのは、八月も終わりを告げる頃、早朝5時のことだった。
この男はビル内の輸入代行業事務所に勤める、48歳の無邪気な馬のような人物だった。
清掃会社の担当者(老婆)が、掃除を始めてから間もなく発見した。
新宿西警察署の上山刑事が、ビルの管理者室応接間で、発見した老婆に質問した。
横で横川警部補が腕組みしながら、鼻をほじっている。
「お姉さん、男性トイレの個室を掃除する時に、いつもと違う感じはしなかったですか?何でもいいんですよ。」
お姉さんと言われて、上機嫌になった老婆は言った。
「私がこのビルに着いたのが、午前4時45分でした。同僚のクマ子さんとタバコ吸いながら、掃除の準備していたわな。」
ビルの周りをパトカーの赤色灯で照らされ、黄色い現場用のテープが揺れている。
「クマ子さんが、一番上の階から始めて、私が一階から始めるのが、いつもの流れだなす。」
「それで、一階から始めて間もなく発見したと。あれ?クマ子さんは?」
「なに、8階から始めてるよ。」
横川警部補が、口角泡を飛ばして言った。
「そ、そんな筈は無い。この状況で続けているわけないぞ。」
その時だった。階段を駆け下りる威勢のいい足音が響いて来た。
「横川さん!は、8階から老婆の死体が見つかりました!」
「なぬっ!老婆の死体だと。服装は!?」
「この方と同じ作業着です。」
「どんな状態なんだ、老婆は。」
「便座に腰掛けたまま死んでいます。」
それを聞いていた、斉藤ヨネ(老婆)は腰を抜かしてつぶやいた。
「やっぱり老婆だと思われてたのね。」
マスコミが過熱し始めた。事件は本庁も重要視して、新宿西署会議室には
「新宿雑居ビル便座殺人事件対策本部」と戒名が貼られた。
この殺人事件が、便座殺人事件と意味不明な言われ方をしているのは、死因が特定出来ないからなのだ。
共通点は、ケツを出して便座に腰掛けたまま死んでいた事だった。
凶器も見つからない、銃創も身体に無い、一つだけ気になるのは、毒殺に似た反応が見られる点だった。
しかし、口内、咽頭部などからは毒物反応が見られない。無い無いづくしで、科捜研もお手上げ状態だった。




