tune:1-3 Midnight Party
若干お下品要素入ります。
嫌な方はすみません。ニィロも男なんです。
「……って事だったの、ちょっと、ねぇ聞いてる!?」
耳障りな甲高い声に、沈んでいた意識が浮上する。どうやら俺は眠りの航海に出かけようとしていたらしい。
周りは白黒の墓場ではない。色に満ちた酒場だ。辺りに、旨い話に集ろうとする男たちの野太い声が響いている。
この場所は国に認められていない、言うなれば裏の仕事直売所ってやつだ。仲介人が持ってきた仕事を、殺し屋だとかなんだとかが引き受ける。
そしてそれを達成した暁には、莫大な賞金が手に入るって寸法だ。
つまり、国から見放されたこの街において、ここは貴重な稼ぎの場である、ということ。
あれは夢だったってことだ――が、これは思いつく限り最低な目覚めだ。
不機嫌に薄目を開けると、目の前に女が腰に手を当てて立っていた。
「……聞いてた、別に俺にはどうでもいい話だ」
「嘘吐き! どう見たって寝起きじゃないのよ、涎まで垂らしちゃってさぁ!」
「涎なんて垂らすか。解ったから少し黙れよチロル……」
きいきいと喚く声に耳が壊れそうだ。煩い黙れと罵倒してやれればいいのだが、んなことしたら事態が悪化するのは目に見えている。
ここに蝋があったらどこぞの英雄の如く耳に詰め込むのに。しかも迷い無く。
いや、やっぱりやめておこう。この女のことだ、俺の耳の穴を拡張してでも自分の声を届けようとするに違いない。
こいつ――チロルはそういう奴だ。
「あーあー、折角このあたしが良い話持ってきたってのに……アンタは聞いてくれないし、街で男に絡まれるし、もう最っ低」
「男に絡まれたのは俺の所為じゃねえだろ……」
「だーから、悪いこと続きなんだってば! ちょっとぐらいは良いことあったっていいじゃないよ!」
それを俺に求めるのかこの女。内心、殴り飛ばしたい気分だった。
だが決して行動にはしない。例えこんな奴でも、俺は女は殴らない主義だ。
女は傷付けると後が怖い。それはもう、身を以て知っている。
あれは随分前に、街外れの…………やめよう、思い出したくも無い。
とにかくそう言う訳で、俺はこいつに絡まれても何もできない。悔しいが仕方ない。ポリシーは曲げられないのだ。
「良いことぐらい他にもあんだろーが、そこいらの奴に話しかけりゃ5分後には天国見せてくれるぜ」
「イイコトはアンタとじゃなきゃやなの。それぐらいちゃんと解ってるでしょ?」
真っ赤な唇が孤を描く。近付く顔、ふわりと香るのは流行りの香水か。
カールした赤茶の髪が頬に触れて、顔を逸らそうとしたら顎を掴まれる。そのまま向きを変えさせられた。
顔は整ってんだが、化粧が濃いのが難点か。煩くなければ俺好みではあるのに。
じっと見て来るのに耐えられず、思わず目を逸らした。
「500万よ」
その瞬間、囁かれた言葉にぴくりと反応する。
500万だと? ここらの相場を考えても、紛れもなく法外な値段だ。
――ってことは、本物ってことか?
ちらりと目を向けると、緑の瞳が笑うようにこちらを見ていた。
「興味持ってくれた?」
「……どんな仕事だ」
「簡単よ、“奴ら”を狩ればいいの。ただ、数は多いだろうけどね。もしかしたら新種かも知れないし」
奴ら。“悪魔”のことか。
一瞬、異形の連中がうようよ蔓延る気色の悪い想像をしてしまった。
だがそんなのはいつものことだ。新種だとするとやや面倒だが、対処法ぐらいすぐに見つかる。
「受ける?」
「受けても構わないならな」
「勿論。ただし条件があるけど」
「条件?」
チロルが俺の首に腕を回す。引き寄せられた目下には開いた襟から覗く豊満な胸。
……こいつ、性格は悪いくせに良い身体してやがんな。
「今夜一晩……どう?」
一瞬湧いた淫らな思いを押し退けようとし、ふと考え直した。
こいつの話に乗って、得と損はどちらが多いだろうか。
チロルの言う通りにし、仕事をして、成功すれば500万の大金が入る。
例え話に裏があったとしても、俺の実力上負けることはないだろう(と自負しているつもりだ)。
というより、そこまで面倒な仕事をこの計算高い女が持ってくるとは思えない。
それに何より。
(最近、溜まってんだよな……)
近頃入ってくるのは生っちょろい任務ばかりで、発散する機会が無い。
何をって……ナニをだ。
俺だって男だ。女の一人や二人は抱きたい時だってある。
そういう暇を与えてくれるなら、の話だが。
「心配しないで。満足させる自信はあるわよ?」
「お前とヤれて、金が儲かって、俺としては良い話すぎて疑っちまうな」
「金はアンタが全部持ってっていいわ。あたしが欲しいのは、金なんかじゃないの」
口紅と同色のマニキュアで彩られた爪が、首筋を滑る。
欲しいのはアナタだけって奴か。そんなんで良いんだから、本当に、女ってのは解らない。
だが、悪い話じゃない。俺としては大歓迎だ。
承諾を表すべく、手を回そうとした――その腰が、不意に遠ざかった。
「俺抜きで、随分と楽しそうな話してんなァ、お二人さんよ?」
密度を失った顔の辺りが涼しくなる。
次の瞬間には、チロルは別の奴に腰を抱かれていた。
「悪いがその話、俺も乗らせてもらう。金はやるからアンタは下がりな」
「はぁ? ふざけないでよっ……」
「ふざけてなんかねえさ。あいつは俺の相棒だ、当たり前のことだろ?」
透き通る銀の髪、紅い瞳、チロルよりやや高い背。
見慣れたその姿に、思わず溜め息が漏れそうになる。
――何でこいつはいつもいつも、最悪のタイミングで来やがるんだ。
「それとも……三人でするのがお好みかい? お嬢さん」
その一言に、チロルは顔を真っ赤に染めて俺を睨んできた。いやそこは俺の所為じゃねえだろ。
俺が首を横に振ると、彼女は露骨に失望した顔をする。
しかし遂に諦めたのか、乱雑に腰の袋に手を入れ、巻かれた紙を奴の手に押し付けた。
そして最後に一瞥をくれると、彼女は早足で出て行ってしまった。
「……お前なあ」
「話なら外でしようぜ、ブラザー。ここは煩すぎる」
俺の言葉を遮るように、奴はにやりと笑う。
颯爽と裏口に向かう奴を見て、今度こそ俺は深い溜め息を吐いた。
(何だってあんな奴が、俺の恋人に入っちまったんだ……)
神様なんて居やしない。
寧ろ、居てたまるか。
ドアを蹴り開けて外に出る。冷たい空気に、熱気の余韻が虚しく疼く。
背後で、壊れたであろう蝶番がキィ、と音を立てた。
皆さんお待ちかね(?)トニア登場編。
何か色々とごめんなさい。