tune:1-2 Monochrome Memory
説明パート。
いくつか複線拾いたい。
そして早くトニアを出したい。
雨音。ノイズ。静寂。灰色の空。
薄闇に染まる丘の上に、その共同墓地はあった。
手入れされていないそこには草が茫々に生え、ぞんざいに配置された墓石はそこらに転がる岩と殆ど変わらない。
名が彫ってあることで、辛うじて墓石と認識できるくらいだ。
近頃は頻繁に人が死ぬから、葬儀屋も忙しいのだろう。一人一人を手厚く葬っている時間など無いのだ。
ただ埋めて、申し訳程度に名だけを彫った石を置いておく。時にはその名すら彫られていない時もある。
そうして名も無き死者たちは、人々の記憶の隅から排除されていく。
黒いコートを羽織った青年が、ある白い墓石の前に立っていた。
周りと比べて真新しいその墓石は、黒ずんだ墓石群のなかで一際強くその存在を主張している。
きちんと手入れされている証に墓石の表面は滑らかで、その墓前には常に新しい花が供えられていた。
丘から街を見下ろす位置に建てられたその墓は、周りとは違う特別さ――或いはある種の神聖さの様なもの――を感じさせる。
それはこれを建てた青年の願いだった。ここに眠る彼女が天使になれるようにと。
青年はそっと、手に持っていた数本の花を墓の前に置いた。極彩色の花々が、モノクロームの風景に色を付ける。
近くで摘んできたものだが、彼女なら喜んでくれるだろう。世界中のどんな花より美しく笑ってくれる。
――例え自分がもう、その笑顔を見ることは出来なくても。
青年は墓石に手を置いた。白い大理石のそれは雨に濡れて光っている。
自分が必死で頼み込んで作ってもらった墓。彼女を汚い所に寝かせる訳にはいかなかった。寝かせたくなかった。
彼女には常に綺麗な所に居てほしいのだ。例え死んだ後であっても。
彫られた名をなぞる。丁寧に一文字一文字を指で辿り、彼女の名を再び脳に刻みつける。
ふと享年を見て、気付いた。――あれからもう、3年も経ってしまったのだ。
故郷を、彼女を、全てを失った、あの運命の日から。
絶望と苦悶が凝り固まった光景。地獄とはこういうことを言うのだ。
燃え盛る町、逃げ惑う人々、悲鳴、血塗れで微笑む彼女――
青年は頭を強く殴った。噛み締めた唇から鉄錆の味。
自分はあの光景を未だに夢に見る。悪夢はきつくきつく縛り付ける鎖となり、自分をあの瞬間に繋ぎ止めている。
この罪からは、逃げられない。決して。背負い生き続け、償うより他に道など無い。
「……トニア」
ぽつりと呟いた名前は雨音に掻き消される。
トニア・スカーレット――3年前に失った、恋人の名。
白い墓石の下で深い眠りに就く、最愛の人。
自分の所為で死んでしまった。穢れを知らない天使。いつも傍に在った笑顔に、どれほど救われてきたのだろう。
ただ共に居られれば幸せだったのに――それももう、叶わない。
溜息ひとつ。墓石から離れる。失われたものを追い求めても虚しいだけだ。
それでも求めてしまうのは、それほどまでに自分が彼女を愛していたということの証なのだろう。
また来る。心の中で呟いて、踵を返した。
『ニィロは悪くないよ』
――ふと、懐かしい声が聞こえた気がして、思わず振り向いた。
しかしそこには誰も居ない。ただ白い墓石が、雨に打たれてそこに在った。
ついに幻聴が聴こえるなんて、末期だ。青年はばさりとコートを翻した。弾かれた雨粒が宙を舞う。
もう忘れよう。また“奴ら”の相手をしてやらなければならない。
心の隙は奴らにとって、絶好の好機となるだけだ。
酒でも飲めば身体も温まるだろうか。日暮れの暗い丘を、青年は再び下って行く。
孤独と罪過を背に負って、湿った塒へ帰るのだ。足取りは酷く重い。だが歩まなければならない。
決意は常に、固く持たねばならないのだ。中途半端では確実に、大事なものを失ってしまう。
露の溜まる草を踏み締める。そして足を速めることで、後ろ髪を引かれる思いを振り切った。
だから青年は気付かなかった。
冷たい土の下で息吹く異変に。
墓石の下、土がもぞりと、何かを呼ぶように動いたことに。
訂正やめて次の話に移ります。
それとタイトル変えました。