tune:1-1 Dark on Dark
※人外との戦闘シーン有。グロテスク表現の苦手な方はリターンして下さい。
寂れた石造りの街。夜。静寂を壊すように、荒い息遣いがどこからともなく聞こえる。
街灯は光を発しておらず、辺りを照らすのはおぼろげな月明かりだけだ。
通常の人間ならもう眠りに就いている深夜2時。俺は冷たい石畳に足を突き刺すようにして立っていた。
“普通じゃない”俺たちは、この時間帯でも起き続けていなくてはならない。
「……畜生が」
俺は舌打ちをした。最初は一体だった敵が増援を呼びやがったのだ。
今朝だってスクランブル・エッグを落っことして本当の意味でスクランブルにしたばっかりだってのに、俺はとことんついてない。
反対に、俺と対峙している連中は獲物を見つけて嬉しいのだろう、口から涎を垂れ流している。
汚ねえ。是非とも食事中にはお目に掛かりたくない連中だ。いや食事中でなくとも見ていたくは無い。
見た目のグロテスクさもさることながら、奴等は人に吐き気を催させる何かを持っているのかも知れない。
(1、2、……8体ってとこか)
追い詰められた状況だというのに、不思議と頭は冷静に働く。
こういう事に慣れてしまった所為か、それとも人間の心理なのか。
何にせよ、落ち着いているのは良い兆候だ。いつだって焦っては事を仕損じる。
今朝のスクランブル・エッグから学んだ事だ。
(……取り敢えず、“これ”は使わなくて済みそうだな)
半ば無意識に、喉を覆うように巻かれた黒いチョーカーに触れた。
なるべくなら手札は隠しておきたい。というより――使った後の状況を考えると、ここでは控えた方が良いだろうと思った。
『tyilkgo@@-9o::swyffyk!!』
「っ」
危ない。咄嗟に飛び退いた瞬間、今まで俺の居た場所を鋭利な爪が切り裂いていた。
あのまま考え事を続けていたら、俺は今頃切り身になって転がっていたことだろう。背筋に鳥肌が走った。
“こんな死に方だけはしたくないランキング”のトップ10に入りそうな勢いだ。
「……っぶねぇな、この野郎が!」
――奴らの弱点は頭だ。そこさえ狙えれば、後はどうにでもなる。
そう言われた事を思い出しながら、俺は腰に差した愛銃を抜いた。月の女神――アルテミスの名を持つ、銀色の銃身が月光を浴びて鈍く煌く。
安全装置を外しながら、先程俺を三枚おろしにしようとした長い爪の野郎に照準を合わせる。
そして奴が反応するより早く、その頭を撃ち抜いた。
『wsyi-lji@;uh-3ert!!』
訳の解らない言語で絶叫しながら、奴は傷口を両手(と思われる部位)で押さえた。
しかしその程度で血を止めることはできず、黒い体液が辺りにぶち撒けられる。
悪臭を放つそれに俺は眉を顰めた。
「てめえら、本当に人を不快にさせる天才だな……!」
狼狽えるそいつの肩、腹、腿の三箇所に、駄目押しの銃弾を撃ち込む。
腿に喰らわした一撃が奴の片脚を吹き飛ばした。ぐらりと身体が傾ぐ。
重心を失った肉体に渾身の力を込めて蹴りを喰らわすと、そいつは派手に吹っ飛び、仲間にぶつかって数体を薙ぎ倒した。
もう起き上がれないのだろう、びくびくと身体を跳ねさせたと思うと、そいつは仲間を下敷きにしたままで絶命した。
「へっ、ざまあみやがれ」
無様なその姿に中指を立ててやる。
一般人の蹴りならそこまでのダメージは受けないだろうが、この靴は特別製だ。何たって靴底がダマスカス鋼でできている。
ダマスカス鋼はかつて、あらゆる霊物に攻撃を加えることができる“伝説の鉱物”と呼ばれた金属だ。現在の技術で復活されるまで、その製造法は謎に包まれていたらしい。
人間には勿論、こいつらのような“化け物”にも通用する万能武器。解り易く言えば、吸血鬼に対するロザリオ、狼男に対する銀の弾丸といった所か。
俺たちはこれなくして奴らとは戦えない。貴重な武器の一つだ。
『wttkk,98g;;@:u/6ti9e8if』
『viihw,;g:fpnt0u4rdyh』
倒れた仲間を見るや、周りの連中が一斉に牙を剥いた。
(右から2、左から3!)
瞬時に見極めると、俺は大きく上へ跳躍した。俺の方へ向かって来ていた連中が激突する。
何があったのか理解できない奴らが怯んでいる隙に、アルテミスを腰のホルダーに戻すと、別のホルダーからもう一つの銃を抜いた。
輝く太陽神――アポロンの名を持つ金色の銃。対になる銀の銃よりやや銃身が大きなそれを左手に構える。
この間、恐らく1秒も経っていないだろう。身体が落下を始めると同時に、引き金を連続的に引いた。
弱点をすぐ上から狙われてはどうしようもない。見上げる充血した一つ目に、肥大した唇に、長く伸びた鼻に俺は容赦なく弾丸を撃ち込む。
悲鳴。迸る鮮血。噴き上がる血液が、落下し続ける俺の脚を濡らしていく。
「死ねぇぇぇぇっ!!」
呻くそいつらの頭を、俺はとどめとばかりに重力を掛けて踏み抜いた。
腐った果実を踏んだような、ぐずりとした感触が足の裏に伝わり、背筋に寒気が走るのを感じた。
『――――――、』
何も言えないまま、そいつらはどさりと崩れ落ちる。
そして最期に微かな呻き声を上げると、事切れて動かぬ死体と化した。
辺りに再び静寂が満ちた。
散らばる死体はぴくりとも動かず、ただ黒い体液が石畳に広がっていく。
先程までの喧騒が嘘のように、世界は時が止まったかのような静けさを保っていた。
「は、……」
深い深い溜息を吐き、俺は空を仰いだ。
先程と同じ銀色の月が、冷たい光を地上に投げかけている。
いつまでこれを続ければいいのだろう。虚脱感と同時に訪れる疑問は、誰にも聞かれずに霧散していく。
あの日、架せられた俺の罪は、こんな形でしか償っていけない。
左手の甲が鈍く痛んだ。この下には、俺の罪の証がある。
(――くそっ!)
壁に左手を打ち付ける。鈍痛はじんと走る痛みに塗り替えられた。
それが消えぬ内に歩き出す。自分に向けられる全てを振り払うように。忘れていられるように。
左手の痛みは、壁にぶつけた所為なのだと、痛々しい言い訳を繰り返しながら。
まだ続きます。
気持ち悪くてすみません。こんな感じの話が続く予定です。
奴らの説明は後ほど。