tune:0 in a Silent Night
かつて別サイトにて展開していたお話をリメイクしました。
テーマは「人はどこまで人を愛せるか?」です。
どことなくそんな感じを味わって下されば幸いかと。
それでは、どうかお楽しみ下さい。
誰かに呼ばれたような気がして、俺は目を覚ました。
しかし勿論そんなことはあるはずも無い。今は深夜だ。呼ぶとしたら幽霊とかそんな類のものしかいないだろう。
辺りを見渡す。窓からは暗い闇が流れ込み、雑多にものの散らばった室内を黒く染め上げている。静寂が世界を包み、耳鳴りがやたら大きく聞こえた。
(煩い)
夜は馴れ馴れしい。空間がじっとりと、粘つく液体の様に肌を這い回る。
闇が嫌いだった。夜が嫌いだった。光の無い世界が、異様に不安を掻き立てるからだ。
こういう時、無力な自分が露呈する気がして、それに酷く嫌悪感を覚えていた。
苛々と髪を掻き混ぜる。数本が音を立てて切れた感触、その微かな痛みが自分の存在を叫ぶ。
生きている実感。痛みを感じる。腹が減る。喉が渇く。死ねばそれは全て消え去る。
感じられるだけ、自分はまだマシだということなのだろう。――死者から見れば。
(――くそ、)
口の中がどうも気持ち悪い。水でも飲もうかと起き上がると、不意に隣で身じろぐ気配。
――敵か、
一瞬身構え、そしてすぐに正気に戻った。敵では無い。
漸く暗闇に慣れた目が、隣で横たわる肢体のぼんやりとした輪郭を捉えた。
「……寝てろよ、まだ夜だ」
声が届いたのか、ぼんやりと光る銀髪が、呻きながらもそりと布を被った。
暗い色の布に包まったその肢体は、紛れも無く、よく見知った“彼女”のものだ。
寝相が悪い為に剥き出しになった白い脚を、目のやり場に困りつつ布で覆ってやりながら、思う。
――今はもう、独りでは無いのだ。
今でも信じ難い。ついこの間まではそうだったというのに、未だにこの感覚に慣れない。喜べばいいのか、それとも煩わしがるべきなのか。
こうして隣に居るのが赤の他人ならば、きっとここまで悩んでは居なかったのだろう。しかし“彼女”は違う。
少なくとも“彼女”は俺にとって、特別な存在であった。
そして今も、そう在り続けている。
「――トニア」
小さな声で名を呼んだ。無論反応は無い。この名は“彼女”のものであって、そうではないのだから。
思わず自嘲した。神様とやらは、随分と俺を嫌ってくれているらしい。俺が何をしたのかは知らないが。
真面目に崇拝しなかった罰が今更下ったのだろうか。馬鹿馬鹿しい。
もう一度布団に潜り込み、目を閉じた。まだ朝まで時間はある。喉は渇いたままだが、それでいい。
自分がまだ人間で、咎を負って生きているのだという事実を、身を以て感じていられるのだから。
(逃げられないことぐらい、もうとっくに知ってんだよ)
その罪は、罰は、今も自分の横で寝息を立てている。
かつての死者が隣で息をしている矛盾を、俺は呪い、そして嗤った。