「姉の夫を誘惑した」と冤罪で追放されましたが、拾った第一王子様は私を手放す気がないそうです
王宮の庭で、血を流し、エメラルドのネックレスだけを手にしていた私。
第一王子様に拾われて、王子様の城から出られない。
「夫に色目を使うなんて! 5歳下の可愛い妹だからって、散々可愛がってあげた恩を仇で返して、あなたなんか可愛がってあげるんじゃなかったわ!!」
美しいドレスと宝石を身にまとった姉が、身につけた宝石たちよりも大粒のエメラルドのネックレスを私に投げつける。
碧星の涙と碧星の涙と名付けられたネックレスは、特別な女性に贈られるもの。
持っても普通の宝石より重く、見た目の繊細な細工からは想像できないほど硬かった。
手で顔に当たるのは防いだものの、当てられた手の甲が痛い。
「もう二度と顔も見たくないわ! 出て行きなさい!!」
優しかった姉の激怒した顔に怯えながら、床に落ちたエメラルドのネックレスを拾って屋敷を出る。
でも、その顔があなたの本性じゃなかったかしら? お姉様。
——私が、この世界に転生してきたことに気づいたのは子供の頃だ。
没落貴族の家に生まれたが、美しい姉に可愛がられて幸せだった。
でも、本当の姉の姿は違う事に転生者だから気づけてしまう。
姉は自分をよく見せるために小さい妹を利用していた。
「この服が着たいの?」
私の意思は無視されて、本当に着たい服も遊びも食べたい物も手に入らない。
姉の優しさの演出の為の可愛い妹。
それでも、私は姉と同じく可愛い容姿に恵まれていたから、この転生は当たりだと思った。
優しく可愛がってもらえるし、いずれ姉が結婚したら自由になれる。
そう思っていたんだけど……。
姉は私を手放す気はなかった。
結婚しても、妹思いの優しい姉を演出する為に、私を夫との新居に居候させたのだ。
姉は私の結婚にも前向きで、姉の夫の第三王子の部下を紹介してくれた。
いつまでも姉が、私を自分より下の可愛い存在としておきたい事がよく分かった。
でも、いい人だったから結婚して仲良く暮らせるなら悪くないと思ったの。
——好きな人と結ばれるなんて、どの世界でもおとぎ話だもの。
でも、第三王子から碧星の涙を贈られて、私を表向き部下の妻にして、自分の愛人にするつもりだと知る。
姉も第三王子も私を自分の欲望の投影装置としてしか見ていない。
愛人なんて絶対に嫌だけど、夫になる人は第三王子の言いなりだ。
姉に見つかった事で、逃げられた——。
第三王子の住まいは王宮内にある。
外に出たけれど、どうしよう?
外はもう夕闇に包まれて、今から門を通してはくれないだろう。
私の手には、第三王子から贈られた碧星の涙があるだけ。
さっき姉にぶつけられた手の甲から血が出ていた。
こんな状態の私を誰かに見られたら姉の評判も落ちる——。
せめて朝まではお姉様の所に置いてもらおう。
人に見られる前に、屋敷に戻ろうと踵を返す。
「どうしたんだ!」
ビクッ!
声に驚く。
見つかってしまった……。
なんて言い訳すればいいんだろう?
恐る恐る振り返ると——、
「王子様——」
この国の第一王子がいた。
「君は第三王子の妃の妹君だね。手の怪我はどうしたんだ?」
第一王子は心配そうに私の手を見て、私の顔を覗き込む。
とっさに言い訳が出て来なかった。
あなたの弟に送られたエメラルドのネックレスを姉に投げつけられたなんて、言えない。
俯いて黙っていると、王子が言う。
「第三王子と城下町の宝石店に行った時に、一緒にこのエメラルドのネックレスを見たよ」
——!
私は顔を上げて、ジッと王子の顔を見た。
碧星の涙と同じエメラルドの瞳が私を映している。
「君につけて欲しいと思ったんだ——」
……私?
なぜ? 王子様が?
……でも、
「あの……。こんな事を王子様に頼むのは失礼なのは知っています。でも、どうすればいいか分からなくて……。このエメラルドのネックレスを第三王子に返して頂きたいんです!」
私は深く頭を下げてお願いした。
「返していただけたら、私はすぐにでも王宮を出て行きますから!」
「じゃあ、返すわけには行かないな。君に出て行って欲しくない」
え?
「僕の城に行こう」
私は王子様に手を引かれて、なぜか王子様の城に来ていた。
私の指を束ねて握る王子様の手は温かくて、さっきまでの不安な気持ちが消えていった。
豪華な応接室に通されて、王子様が私の手の怪我を手当してくれる。
「あの……、王子様に手当させてしまうなんて……」
王子様の顔が、私の息がかかる距離に近づいている。
私の声が緊張で震えた。
「剣の稽古で怪我をする者も多いから、僕が手当する事も多いんだ、手当くらい王子でも出来るさ」
イタズラっぽく笑う王子様に、思わず笑ってしまう。
王子様の真っ直ぐな瞳に私が映って、なにか切ない望みが見えた。
視線を手の甲の戻すと、傷に向けて淡々と王子様は包帯を巻く。
私の鼓動が早くなる。
手当された手から、痛みがすっかりなくなった。
「ありがとうございます……!」
私はあまりの手際の良さに感動して、手当してもらった手を見つめた。
王子様はそんな私を見つめて満足そうに微笑んでいる。
「じゃあ、夕食の前に部屋に案内するよ」
そう王子様に言われて、現実に引き戻される。
「いえ! 私は姉の所に戻ります!」
「それは絶対にダメだ」
王子様の声が唐突に低くなる。
「君に怪我させたのは彼女だろう。弟の悪い噂も知っている。君をあんな場所に帰すわけにはいかない」
険しい顔で言う。
……。
私の為に王子様が怒ってくれている……。
本当はあんなところに戻りたくないけれど……。
「……でも、ずっとここにいる訳にはいきませんから。王子様の所にいたと後で変な噂になったら困るんです……」
流されて、誰かの気持ちの投影装置になるのはもう嫌。
「……明日、碧星の涙を持って話を聞いてくる。君に怪我させた相応の罰は受けてもらう。明日になれば事情は伝わるし、僕はただ君を保護しただけだよ」
……それなら……。
でも、
『君につけて欲しいと思ったんだ——』
あれはどういう意味だったんだろう?
それから、王子様に部屋を案内していただいて、一緒に夕食を食べて、部屋に戻って一人で朝まで過ごした。
必要以上に干渉されずに、一人で過ごす時間がとても心地良かった。
翌朝は私が起きるともう王子様は出掛けた後だった。
こんな早くから用事があるくらい忙しいのに、私の事まで頼んでしまって……。
何かお礼できる事があるかしら?
……いえ、早く出ていくのが一番迷惑にならないわね……。
朝食をいただいて待っていると、王子様が戻ってくる。
「第三王子と姉君には、辺境にある王家の別邸へ行ってもらう事にしたよ」
これからお姉様の所に行くんだと思っていたから、王子様の言葉に驚いた。
「こんなに、朝早くから……?」
お姉様は朝が苦手なのに……。
「反省するまではずっとそこにいてもらうから、君は安心していいよ」
王子様が優しく微笑んで、エメラルドのネックレスを差し出す。
碧星の涙は王子様の手の中で、前に見た時よりも輝いて、本当の涙にように艶のある光を反射する。
「これは僕が弟から買い取った。嫌な事を思い出すと思うけど、僕が君に贈りたかった物だから、受け取って欲しい」
「……受け取れません」
私ははっきりと言う。
王子様は少し悲しそうに眉を寄せる。
「王子様から頂く理由がないもの。……でも、そのネックレスの怪我のおかげで、王子様に手当てをして頂いて泊めてもらえた。とても安心して夜を過ごせました」
私は、王子様の碧星の瞳に映った自分を思い出す。
「嫌な思い出なんて消えて、良い思い出しかありません」
王子様の瞳と同じ碧星の宝石が輝くネックレス。
嫌になんてなれないわ。
私が碧星の涙を愛おしく眺めると、王子様も同じ瞳で微笑んでくれた。
「君が受け取ってくれる気になったら、いつでも言ってくれ」
そう言って王子様は碧星の涙をしまう。
「これから君は第三王子の屋敷に住むといい。第三王子たちは、表向きは仕事で辺境に行く事にするから、君が留守番してくれると助かるよ」
それは……。
「私は実家に帰ります。王宮は私がいていい場所じゃありませんから……」
「そうか……、君がそうしたいなら一度帰るといい……」
王子様はいっそう悲しそうな顔をして言う。
王宮の馬車を貸して下さることになった。
「ありがとうございます……」
私は少し名残惜しい気がして、王子様から目を逸らしてしまう。
午後に、私は一人で荷物を取りに第三王子の屋敷へ向かう。
姉たちは昼までに屋敷を出て行ったはずで、鉢合わせする心配はないと思っていたのに……。
「あなたは……!」
姉と第三王子が屋敷から出て馬車に乗り込む所に居合わせてしまった。
「なんて子なの!? 私の夫だけじゃなく、第一王子まで誘惑していたなんて!」
姉が昨日と変わらない激しさで、私に詰め寄る。
姉の手が私の頬に何度も何度も当たる。
美しいお姉様には辺境送りなんて罰は耐えられないのだ。
第三王子は後ろから私を嫌悪するように見つめるだけ。
お姉様の激しい怒りに抵抗する力も湧かない。
私はお姉様にとって可愛がるのも殴るのも同じ、人形でしかないんだ……。
「ごめんなさい……」
やっとの思いで私が口に出すのと、
「何してる!」
王子様が現れるのが同時だった。
王子様は姉を止めようとする。
「聞きましたか! 王子! 妹は夫とあなたを誘惑した事を認めて謝りました!」
姉が激しく王子様に抗議する。
「そうだ……、僕は誘惑されたんだ! この女に!!」
後ろで見ていただけの第三王子も便乗する。
また、私に彼らの欲望が映し出された。
第一王子の前なのに、私は何も言えない——。
「見苦しいぞ!」
王子様が大声で言う。
「彼女は自分の行為を謝ったのではない、お前たちが彼女にした事で出ていかなければならない事を不憫に思ったのだ!」
よく通る声に、姉たちは震え上がった。
「もう行くんだ。二度と戻って来られると思わないことだ!」
王子様がそう冷たく言い放ち、馬車の扉が閉められた。
お姉様と第三王子が言う争う声が漏れた。
今度は私じゃなくて、お互いに罪を投影し合うんでしょう。
二人の罵り合う声を無数の王宮の人々が見ていた。
お姉様の真実の姿をみんなが知る時が来た事が嬉しい。
「なんて、薄汚い奴らだ……! 辺境に手紙を書いて、この件についての罰を与えるように言わなくては……」
門から出て行く馬車を見つめて、王子様が吐き捨てるように言う。
「大丈夫か?」
さっきとは打って変わって、王子様が優しく私を見る。
姉に叩かれた頬をじっと見つめる。
「キズはないようだけど……、酷いな……」
私は目を逸らして王子様を見ることができない。
聞かれてしまった——。
私が王子様を誘惑していた事を……。
「二人が言ったことなど、僕は信じていないよ」
王子様はどこまでも優しく寄り添って下さる。
でも、彼が見ているのは、お姉様や第三王子に都合のいいイメージを植え付けられていた私。
自分がなくて、可哀想な私。
嘘の私——。
私は私が羨ましい、だって、本当の私は……。
「……僕も手伝うから、荷物を取ってこよう」
王子様はそう言って、私の手を取る。
大きな手のゴツゴツした手触りと温度が伝わる。
「……本当は、君に帰って欲しくないけど……」
王子様が私を抱きしめる。
「震えてるね。こんな目にあった君をもう返したくない」
私は怖くなる。
だって、王子様が帰したくないのは姉に虐められた可哀想な——。
「姉が怒ったのは、きっと、私が誘惑していたからです……」
「え?」
私の言葉に、王子様は戸惑っている。
「お姉様の言った事は嘘じゃないんです……」
初めて姉に連れられて、あなたに会った時から——。
「私は、ずっと王子様の事だけは誘惑していたんです!」
王子様の腕から逃れて言う私。
王子様の目が見開かれて、呆気に取られている。
「ずっと遠くから振り向いて欲しくて、あなたを見ていたの。だから、私は王子様が好きだと思っている女じゃないんです!」
ずっと、王子様を見つめているだけで、私の身体は熱くなった。
……。
「じゃあ、君は僕の事を——」
「ずっとずっと大好きでした」
半ばヤケになって言う私の手に、王子様の両手が重なる。
指先から、熱い体温と鼓動が身体に響く。
「君が今、僕にしたい事って何?」
王子様は笑っている。
優しい言葉に、迷ったけど——私は思わず彼の顔に震える指先を触れさせてしまう。
このエメラルドの瞳でずっと私を見て欲しかったの——。
王子様も、私に優しく触れた。
「僕が先に大好きな君を誘惑したんだよ。何度も目が合っていただろう?」
王子様の碧星の瞳に映る私が、小さく頷いていた。




