『第六話・3 : 存在していい領域の終わり』
桁違いの数値が次々とスクロールし、UIの枠そのものが軋み、ノイズ混じりに震えた。
それはもう“数値”ですらなく、
現実の理を侵食していく何かだった。
「──突き抜けろォォッ!!」
リリアの咆哮が響いた瞬間、紅と白の稲妻が膨張し、勢いが一気に逆転する。
漆黒の壁に走ったひび割れが炸裂し、抵抗の余地なく障壁は崩れ落ちた。
黒炎は霧散し、天地を揺るがす閃光が奔流となって押し寄せる。
──止まらぬ光は、なおも突進した。
残骸を踏み砕き、轟音と共に巨影の肉を貫き裂く。
紅晶の欠片と黒炎が爆ぜ飛び、天地を揺るがす閃光の中──
巨体の腹に、巨大な穴が口を開いた。
いや――
穴ではない。
“存在していい領域”そのものが、
世界から抉り取られていた。
デモリオンが断末魔のような咆哮を上げ、天地が悲鳴に震える。
裂けた単眼が歪み、空間そのものが悲鳴を上げる。
天地が震えたのではない。
「存在していた事実」が、崩れていった。
だが。
デモリオンは──
まだ、生きていた。
裂けた単眼がぎらりと光り、
発せられるはずだった“声”は、
音になる前に砕けた。
それでもなお、
世界を割ろうとする“意思”だけが、
暴力のように噴き上がっている。
「嘘……あれで倒れないの……!?」
セラフィーの声は戦慄に震えていた。
その瞬間、リリアの胸裏で颯太の怒号が弾ける。
(……ラムタフを、無駄死にさせるかよ……ッ!)
(この野郎……!
そもそもなんのために、破壊神なんて名乗ってやがる……!?)
(なんの目的で壊してんだよ……!!
リシアルキラーか何かか!?
ふざけんな……ッ!!)
その瞬間、リリアの身は、瞬きの間にデモリオンの頭上へと跳んでいた。
空間を裂いたのか、飛翔したのか──誰にも見えなかった。
そして
リリアの口から、雷鳴を裂くような声が迸った。
「──《終焉超過領域・断絶零式》ッ!!」
天より振り下ろされるレーヴァテイン・ゼロ。
刃が触れるより先に、
世界の“上”が裂けた。
次の瞬間、
白金と紅蓮の閃光が一直線に走り、
デモリオンの巨体を──
頭上から、存在の芯ごと、断ち割った。
肉体ではない。
装甲でもない。
殲滅神という“定義”そのものが、
上下に引き裂かれた。
紅晶は悲鳴を上げて粉砕され、
黒炎は衝撃に耐えきれず、裏返るように爆ぜる。
轟音は遅れて到達し、
天地そのものが、一拍遅れで秩序を失った。
裂けた巨体は、なおも空を支えようとした。
──だが、その形はもはや「支える理由」を失っていた。
次の瞬間、
巨影は重力に引きずり戻されるように、地へと落ちた。
地平を覆い尽くす衝撃が、大地を叩き割る。
ドォォォォンッ!!
その肉体は岩でも鋼でもなく、粘性を帯びた液体のように崩れ広がっていく。
紅晶の破片は溶け、黒炎は泥流となって地を染めた。
かつて「殲滅神」と呼ばれた存在は、もはや形を保つことすらできず──
世界の残骸のように、どろりと流れ落ちていった。
……やがて音も光も消え、残ったのは、どろりと広がる黒い湖だけだった。
リリアは剣を収め、黒い湖を見下ろした。
波ひとつ立たず、ただ沈黙だけが広がっている。
その静けさは安らぎではなく、世界から色を奪うような虚無だった。
湖面に映るのは、砕けた砦の残骸と、立ち尽くす自分の姿。
そして──弟子の笑顔の残像。
まだ幼かったあの日、「師匠、もう一回だけ!」と拙い詠唱で火花を散らしていた少年の影が、まるで湖に揺れているかのように思えた。
胸裏に刻まれた痛みは、師としてでも勇者としてでもなく──
ただ一人の人間としての叫びだった。
(……バカヤロウ。
せめて、最後くらい……
同じ景色を、見てくれればよかったのに……)
声にならない嗚咽が喉を震わせ、瞳の端から熱いものが零れる。
その滴は、黒い湖に落ちて小さな輪紋を描き──やがてすぐに呑まれて消えた。
夜風が静かに吹き抜ける。
瓦礫を撫で、焦げた大地を冷やし、涙の跡さえも乾かしていく。
その音だけが、決着を告げていた。




