『第六話・1 : 合葬鎮魂聖櫃(レクイエム・アーク・ゼロ)』
リリアの腕の中で、ラムタフの肉体はすでに冷え始めていた。
もう声はない。魂も尽きた。
残っているのは──弟子として培った「血脈」だけだった。
セラフィーもブッくんも、言葉をなくして立ち尽くしていた。
それを、誰も直視できなかった。
だが次の瞬間、セラフィーが蒼白な顔で叫んだ。
「リリア……っ!
デモリオンが……動き出したわ!
術の残滓を取り込んでる……制御がない……!
このままじゃ――王都ごと、消える!!」
ブッくんは頁をばたばた震わせながら絶叫した。
「アホかァァァ!! 封印ぶっ壊したのアイツやろ!?
よりによってデモリオン解放って、師匠超えどころか人類戦犯やんけ!!
おい運営!! リセマラやり直しやァァ!!」
砦の奥で、崩れた魔法陣の残骸を踏み破りながら、
長く静止していた巨影がのそりと動き出した。
音はなかった。にもかかわらず、空気だけが軋んだ。
全身を黒炎に包み、紅晶の破片を鎧のようにまとった怪物。
裂けた単眼から溢れる光は、怒りとも哀哭ともつかぬ色で脈動していた。
次の瞬間、リリアの視界の端にウィンドウが弾けるように展開される。
【NAME:デモリオン(世界殲滅神)】
【Lv:500】
【属性:深淵/殲滅】
【HP:?????】
【攻撃:世界圧壊/紅晶共鳴/黒炎吸収】
【特殊:存在侵食(物質・魔力・生命を強制吸収)】
【耐性:物理・魔法全系統 無効】
【弱点:旧約コード999による封印干渉のみ】
《警告:対象は封印指定“旧約コード”由来存在》
(はぁ!? 久々に出たなUI!このタイミングで!?
ランダム表示か?いや違う、作者が忘れてただけだろ!!つか、なんだ?このステータス?どうしろっていうんだこれ?)
視界の端でウィンドウがチカチカ瞬く。
そのフォントすら、悪意を帯びた赤に染まっていた。
だがツッコミは、現実を和らげてはくれない。
黒炎をまとった巨影が一歩動くたび、大地は呻き声を上げ、空気は肺を潰すほどの重圧に変わる。
砦の石壁は音もなく砂塵へと崩れ、夜空の星々は一つ残らず掻き消された。
デモリオンの単眼が開く。
――それを「見た」と認識した瞬間、視界はもう遅れていた。
彗星のごとき光が奔り、視界に映るすべてを呑み込む灼光の奔流となる。
森は音もなく蒸発し、大地は白骨のように崩れ、夜そのものが赤に塗り替えられていった。
セラフィーが震える声を絞り出す。
「リリア……!デモリオンに普通の攻撃は効かない!
あれは存在そのものが“殲滅の理”……
けれど、あなたの旧約コードなら、干渉できるはず……でも依代が……」
その先を、セラフィーは言えなかった。
リリアは答えず、
腕の中の重さを一度だけ、強く抱きしめる。
(……分かってる)
(旧約コードに触れるには、“魔”の依代が要る。
人の命じゃ届かない。
今この場で“殲滅の理”に触れられるのは――
あいつの血脈しかない。)
そう心の中で告げて、
ラムタフの亡骸を、静かに大地へ横たえた。
その仕草だけで悟り、セラフィーが叫ぶ。
「リリア……!
それは……死者を依代にするなんて、正気じゃ……!」
「せやけどタイムリミットや!
このままじゃ王都が蒸発するで!?」
ブッくんが、頁をばしばし叩きながら叫ぶ。
だが、その声を打ち消すように、
デモリオンの咆哮が轟き、宙気そのものが砕け散る。
「──ラムタフ。お前の身体、使わせてもらうぞ」
リリアは剣を構え――
ほんの一瞬だけ、刃先を止めた。
(……すまん。)
次の瞬間、リリアは、最強の魔法剣レーヴァテイン・ゼロを、ためらいなくその胸に突き立てた。
――血は、流れなかった。
代わりに、ラムタフの亡骸の内側から
赤黒い光が脈打つ。
砕けたはずの血脈が、剣を核に再編され、
死体だった身体が、“魔の依代”として応え始める。
「……反応してる」
セラフィーが息を呑む。
「血脈が……旧約コードに届いてる……!」
リリアは剣を握ったまま、短く言った。
「――全員、依代に叩き込め。
制御は、俺がやる」
セラフィーは一瞬だけ目を閉じ、
覚悟を決めたように黄金の光輪を背に広げ、詠唱する。
「──神よ、絶望に沈む魂をすくい給え。
悲哭を浄め、光に変えて降り注げ……
《セラフィック・ベネディクション》!」
純白の輪がラムタフの亡骸を覆い、神の祈りが大気を震わせた。
続いてブッくんが全身の頁を震わせ、呪詛のような声を吐き出す。
「呪いや呪いや呪いやァァ!
悲しみを呪いに転じ、喰らい尽くせ……
《カース・マキシマム》ッ!!」
黒紫の炎が書の頁から噴き上がり、セラフィーの光と絡み合って、奔流となりリリアの魔力を押し上げる。
ワン太も静かに一歩前に出た。
ただリリアの隣に立ち、毛並みを逆立てて黒炎の風圧に耐える。
リリアは仲間たちの力を束ね、剣を掲げて叫ぶ。
「祈りと呪い、悲しみと絆──すべてを重ね、今こそ断罪の刃へ!」
赤黒い陣がラムタフの血脈を核に再び浮かび上がる。
だが今度は暴走ではなく、三者三様の力で制御された巨大な魔法陣だった。
リリアは剣を掲げ、胸の奥から声を解き放つ。
「──悲しみを弦に、祈りを旋律に……!
呪いを刃に、絆を……ッ!」
言葉が、そこで一度、詰まった。
夜空が悲鳴をあげ、魔法陣の光が一点へと収束する。
「──合葬鎮魂聖櫃ッ!!」
陣が轟烈に唸りを上げ、慰撫の光、噛み砕く呪炎、そして無言の盾の力までもがひとつに結晶した。
慟哭の咆哮は天地を切り裂き、爆ぜるような熱量を伴って解き放たれる。
空気は叫びを上げて沸き立ち、夜空は白炎の光槍に貫かれた。
その輝きは影を拒み、森を焼き消し、大地の骨までも融かし、砦の残骸を白い灰へ変えていく。
蒼穹そのものがひとつの楽器の弦のように鳴動した。
その光槍の中心に立つリリアの胸裏では──心臓が凄絶に打ち鳴らされていた。
その響きはもはや彼ひとりの鼓動ではなく、万象そのものが鳴り渡る雷鳴。
宇宙の拍動と共鳴し、あらゆる命の息吹を貫き、
それは──蒼穹を震わせる交響へと昇華した。
(……終わらせる!)
だが、その光槍が巨影へ届くより前──
デモリオンの裂けた単眼が、ぎらりと輝いた。
世界殲滅の眼光が、光槍を迎え撃とうと脈動する。
殲滅の理が逆流するように大気を裂き、
天地そのものが悲鳴をあげた。
(ちょ、ちょっと待て!? この衝突、絶対バグでワールドデータ吹っ飛ぶやつだろ!?)
──世界そのものが、心臓を止めた。




