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『勇者リリアと記憶の王都ミルフェリア』Eden Force Stories Ⅲ(第三部)  作者: 瀬尾 碧


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『第五話・5 : 世界に還る魔法』

リリアは息を呑み、剣を握り直す。

(……おいおい、マジでやめろって……!制御できてねぇだろ、それ!)

(……これ以上は、術者ごと潰れるぞ……!)


紅の奔流は術者自身をも侵し始める。

肉体からは紅霧めいた靄が立ち昇り、世界を呑むはずの術が術者そのものを喰らっていく。


――まるで、

『お前は世界を壊す資格がない』と、

術そのものに裁かれているかのように。


だがラムタフは笑っていた。

「はは……ははは……ッ! 見ろよ師匠……! これが……俺の、力……! 師を超える力だ……!」


その笑みは、崩壊の淵に立たされた狂気のものだった。

紅光がさらに膨張し、もはや術ではなく――

“結果”として、ラムタフ自身の身体を蝕み始める─


リリアが剣を握りしめ、必死に叫ぶ。


「やめろ、ラムタフ!!

 それは力じゃない!!


 血界系は――完成してない。

 制御できないまま踏み込めば、

 術じゃなく、ただの自殺だ!!


 今すぐ止めろ!!

 それ以上行けば――

 戻る場所が、なくなる!!」


だが、ラムタフは耳を貸さなかった。


「制御……?

 そんなものが必要だって言うのか?」


血走った目が、歪んで笑う。


「笑わせるなよ、師匠。

 力が絶対なら――制御なんて、いらねぇ」


紅と黒が入り混じる魔力が、身体の内側で唸りを上げる。


「俺には……デモリオンがいる。

 世界の外側の“本物”が、ここにある」


声が裂ける。


「理屈も禁忌も関係ねぇ!!

 力があるなら――

 世界は、従うしかないんだ!!」


紅の陣環は悲鳴のように脈動を速め、大地を何度も叩きつけた。

ひとつ、またひとつと紋様が砕け、

裂け目から血色の光が這い出していく。


それはもはや魔法陣ではない。

大地そのものが――

内側から裂け、出血しているかのようだった。


ラムタフは笑った。

だが、その喉から漏れた音は、笑いというにはあまりに濁っていた。


「ハ……ハハ……ッ……!

 ど、どうだ……師よォ……ッ……!」


口元から、赤黒い血が垂れる。

それでも、視線だけは歪んだまま輝いている。


「もう……あなたの知る……俺じゃ……ねぇ……!

 こ、これが……俺の……」


息が詰まり、声が途切れる。

それでもラムタフは、肺の底を引き裂くように言葉を押し出した。


「――真の……最強魔法だァァ……ッ!!」


(クソッ……あれはダメだ!)

リリアの思考が、刃より先に走る。

(そもそも――依代が足りない! あれじゃ……)


踏み込みながら、叫ぶ。


「バカッ!!

 それは──オリジナルですらない!!

 未完成の、ただの自爆装置だ!!」


紅の渦が、答えの代わりに唸りを上げた。

制御を失った光が反転し、引き寄せられるように、すべての魔力が“術者自身”へと跳ね返り始める。


「やめろ、ラムタフッ!!

 今止めなきゃ――お前が喰われる!!」


魔法陣が、悲鳴を上げた。

陣を構成していた紋様が次々と砕け、緋色の奔流が、逃げ場を失ったままラムタフの身体を包み込む。


骨が鳴り、血が蒸発し、

声にならない音が、喉の奥で弾ける。


それでも――

その中心で、ラムタフは笑っていた。


歪んだ笑みのまま、

震える声を、血と一緒に吐き出す。


「師匠……!

 受け取れ……これが俺の“答え”だ……!」


魔力が、完全に反転する。


「――《血界反響陣ブラッド・リゾナンス》ッ!!!」


ラムタフの絶叫と共に、紅蓮の靄が夜空を引き裂き、朱光が戦場すべてを塗り潰す。

轟音が遅れて落ち、衝撃波が大地を叩き割り、砦の残骸が吹き飛んだ。


砕けた紋の残滓は、無数の矢となって四方へ散る。

だが、そのすべてが――

ひとつの意志に引き寄せられる。


深紅の閃光が束ねられ、

獣が獲物に跳びかかる瞬間のように――

一直線に、リリアへと殺到した。


紅の奔流が、空気を引き裂きながら迫る。

それはもはや“魔法”ではない。

喰らい尽くすための、衝動そのものだった。


リリアは剣を握り直し、深く息を吸った。

詠唱は、短い。

だが――一切の揺れがなかった。


「……世界よ」


その声に、夜が応える。


「在るべき流れに、還れ」


白金の光が、剣身から静かに滲み出す。

術式は展開しない。

陣も、紋も、魔力の奔流もない。


ただひとつ、

“世界が是とした結果”だけが、そこに生まれた。


「――《カリンダム・ヴィンセント》」


名を告げた瞬間、白金の光は境界となった。

リリアは、剣を下ろしたまま一歩踏み出した。


刹那、

白金の光が、彼女の足元から静かに立ち上がる。

それは防壁ではない。

拒絶でも、逃避でもない。


――“世界に還す”ための制圧。


紅の奔流は、触れた瞬間に軌道を失い、白金の光に噛み砕かれ、引き剥がされ、反転したまま――魔法陣の中心へと押し戻された。


紅の攻撃魔法は、触れた途端に形を失う。

砕けたのではない。

打ち消されたのでもない。


行き場を失い、あるべき場所へ――還された。

一瞬の静寂ののち、反転した魔力は、逃げ場をなくし、血界反響陣そのものへと雪崩れ込む。


その光景を、崩れゆく陣の中心で、ラムタフは見ていた。


「……ああ……

それだ……

俺が……“なれなかった”……魔法……」


その言葉が、彼の中で“答え”になった瞬間だった。

視界が、赤と白に溶けていく。

彼は――笑ったのかもしれない。


次の刹那。


円環が崩れ、紋様は逆流し、ラムタフの全身から血飛沫が噴き上がる。

骨が軋み、肉が裂け、肉体そのものが――術の燃料として引き剥がされていく。


「ぐっ……は、はは……これが……俺の……」


言葉は、最後まで形にならなかった。

陣は内側から爆ぜた。


「……っ!?」


ラムタフの身体が、びくりと跳ねる。

跳ね返った魔力は、もはや術ではなかった。

暴走した“答えの残骸”が、逃げ場を失い、術者自身へと雪崩れ込む。


その瞬間、ラムタフの身体は、内側から崩れ始めた。


血が噴き、骨が砕け、紅晶は悲鳴を上げて粉砕される。

叫びは、音になる前に引き裂かれた。


――そして。


術者の命が完全に途切れた、その刹那。

暴走していた魔力は、行き場という概念を失い、

悲鳴のような余韻だけを残して、霧のように霧散した。


そこに残ったのは、焼け焦げた大地と、血の匂いと――

誰にも完成させられなかった“禁忌”の、空虚な残骸だけだった。

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