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『勇者リリアと記憶の王都ミルフェリア』Eden Force Stories Ⅲ(第三部)  作者: 瀬尾 碧


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『第五話・2 : 師として赦せなかったもの』

背後で揺らめいていた白灰の景色が、“文の行頭”のように静かに折れ曲がった。

空はねじれ、地表は反転し、遠くの木々が“上へ沈む”という、因果の軸ごと歪む挙動を見せる。

その異変とともに、世界の手触りが変わった。


セラフィーが息を呑む。


「……この戦い、もう避けられないわ。」


その言葉が終わるより早く、リリアの剣が上段に閃いた。

――空気が沈む。

足元の大地が、音もなく張りつめる。


大地が震えたのではない。

ここから先は、退路のない《決闘》だと――

世界そのものが告げていた。


「――上等だよ、ラムタフッ!!

 デモリオンごと、まとめて叩き潰してやる!!」


ラムタフは、その宣言にも微笑を崩さない。

愉悦の影だけが、わずかに揺れた。


「……師匠。

 あなたに、私の歩む“野望”は砕かせませんよ。」


ラムタフはゆっくりと、愛刀ゴラリスを上段へ掲げる。

その動きだけで、空気が低く重たく鳴動した。


「あなたに教わったすべてを……私は魔王様と歩む“別の未来”で完成させたのです。」


淡々と紡がれた声。

しかし、その中に――かつて少年だった頃の影は、一粒も残っていなかった。


次の瞬間、ラムタフの口元が、ゆっくりと歪む。

笑い声は高くも荒くもない。

ただ、結果を知っている者だけが浮かべる嗤いだった。


「──哀れな師よ。

 ここで終わるのは、あなただ。」


その嘲りに条件反射するように、リリアは言い返すこともなく一歩踏み込んだ。

レーバティン・ゼロを上段に掲げ、息をひとつだけ整える。


「――聖天に座す光の律よ」


刃が、応えるように白金へと燃え上がる。

夜気が裂け、光が集束し、剣先に“完成された答え”が形を結んだ。


「──《光輝衝破》ッ!!」


振り下ろされた一閃が、夜を断ち割る閃光となる。

白金の軌跡が地表を削り、空気を灼き、砦の影さえ押し潰すように突き進んだ。


だが──その刹那。


ラムタフの口から、まったく同じ詠唱が吐き出された。

「──《光輝衝破》ッ!!」


紅晶の陣が血のように脈動し、同質の光束が対向して放たれる。

二つの光が正面衝突した瞬間、世界が軋んだ。

閃きと閃きが噛み合い、雷鳴のような轟きが大地をえぐる。

白金の閃光が蒼白に揺らぎ、紅晶の光は血濁りのように脈打った。

──天と地が逆向きに叫ぶような、破滅の対位法。

やがて二つの光は、互いを喰い潰すように消え失せた。


「くっ……!」

リリアは剣を軋ませ、足を大地に縫いとめるように踏ん張った。

額に汗が滲み、喉の奥が焼けつく。


(……はぁ!? 何だその軌道……!

 刃に魔力を“乗せる”順が、俺と同じだ……ッ!!

 踏み込み→返し→収束……

 全部、俺の“断流斬”の通し方そのものだ)


(……いや、待て。クソ……あいつ、一ミリも成長してねぇ。悪い癖、何ひとつ治ってねぇ)


(この三年間、何してた……?

 どこで、誰の下で……

 お前は、いったい……

 “どんな未来”を選んだんだよ……)


胸の奥で、リリア──いや、その深層に潜む颯太そのものの怒気が弾けた。

それは言葉になるより先に血流へ叩きつけられ、心臓の鼓動を一拍だけ乱す、むき出しの“生の憤怒”だった。


「……クソがッ。ほんとに……腹立つわ、お前。」


衝突の余波が火花となって光波の裂け目を暴れ散り、砕けた樹々は、炭の羽根が空中でほろほろと解け落ちていく。


その光の嵐の中心で――

リリアの内で渦巻く魔力が、ついに“声”を得た獣のように低く唸り始めた。


怒りではない。焦りでもない。

ただ――これから放つ“一撃”のためだけに存在を昂らせる、氷刃めいた純粋で獰猛な衝動。

肺を灼く呼吸とともに、術式の核へ火種を叩き込み、リリアは静かに詠唱を放った。


「聖天に座す光の律よ――」


その時、わずかに遅れて響く。

背後から、かつての少年の声を思わせる、寸分違わぬ“写し声”。


「……聖天に座す光の律よ――」


リリアの眉が、わずかに震えた。

ラムタフの詠唱が追ってくる。

ただの模倣じゃない。

息の速さも拍も、心臓の鼓動すら合わせるように――完全に一致している。


胸の奥が鈍くきしんだ。

怒りとも焦りとも呼べない何かが、軋みの奥で静かに割れた。

詠唱を“奪われる”――それは、師として決して触れさせてはならない魂の核を、素手で握られるような感覚だった。


(……でも違う。

 同じじゃない。

 あいつの詠唱には、霊が通っていない。

 俺の“表面”だけをなぞっているだけだ。)


(――なのに。

  どうして“そこ”だけは変わらない……?)


そして――二人の声が完全に重なった。


「世界の歪みを断ち割る刃と成らん……!」


世界が一拍だけ息をひそめる。

そしてその静寂を裂くように、同時。


「――《 聖光崩雷 (せいこうほうらい) 》ッ!!」


白金と紅晶の雷閃が、

《レーバティン・ゼロ》の剣先と、《ゴラリス》の刀身から同時に迸った。


だが二つの雷閃が衝突した、その瞬間――

白金と紅晶の光は、完全に同じ速度で噛み合わなかった。

ほんの一瞬。

どちらが速いとも、強いとも言えないほどの誤差。


かつて同じ流派に連なっていた、二つの刃。

だが確かに、

衝突点が“ずれた”という感触だけが、リリアの掌に残った。

そのずれは、痛みでも衝撃でもなかった。

ただ――剣だけが、納得していない感触だった。


そのとき、リリアの胸裏に煮えたぎったのは、

この男が選んでしまった未来を、ひとりの人間として――

そして師として、どうしても赦せないという“痛烈な憤り”だけだった。


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