ターボババアは眠らない
※本作はフィクションです。実在の法律・人物・団体とは一切関係ありません。
夜な夜な峠に集まっては、我こそは公道最速とうそぶく男達。そんな彼らを圧倒的な脚力でぶち抜き、鼻をへし折りハートを奪う。そんな老女の妖怪。
峠の男たちは彼女のことを、畏怖と尊敬そして愛情を込めて『ターボババア』と呼んだ。
ターボババアが初めてその姿を現したのは1980年代のこと。
世の中は日本経済の絶頂期。
個性的な車が次々と生まれ、その車を駆り公道でそのスピードを競う迷惑な若者…もとい走り屋が各地を賑わせた時代。
それに強烈なカウンターを食らわせるように現れたのが始まりだ。
走り屋の操るマシンの遥か後方から現れ、一呼吸の間をおいた後、急激な加速で一気にぶち抜く。
あたかもドッカンターボのような挙動のため、いつしかその脚力お化けのことを、人はターボババアと呼ぶようになったのである。
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山奥の廃村、うち捨てられたあばら家の一軒に住み着く老女、ターボババアである。
モンペ姿に足袋という出で立ちで、湯呑みに注いだ安酒をあおる。
周囲に漂う煙草の煙。銘柄はもちろんエコーである。
彼女は、今となっては珍しい『第一世代』のターボババアだ。
バブル期に現れた、派手な色のタイトな衣服に身を包んだ『第二世代』。
大手スポーツシューズメーカーをスポンサーに付け、足回りを強化した『第三世代』。
ダウンサイジングターボを参考に最新医療により緻密な出力調整を可能にした『第四世代』…。
まあ、どれもババアなのだが。
次世代ババアが出るたび、旧世代ババアは徐々にその姿を消していく。
その中で、未だ新世代の挑戦を退け続ける歴戦のババア。それが彼女である。
寄る年波にも負けず、現役を続けるババア。
拡張型心筋症と診断されても、「排気量をアップしたんだよ」とうそぶき、不整脈には「VTECさ」、若干もつれはじめた足下は「ABSさね」、とおどけて笑う
これで、走力は衰えるどころか今も増し続けているのだから、彼女の戯言には真実味さえ帯びていた。
そんな衰えを知らないババアであるが、時代の波は確実に押し寄せる。
第五世代、『電動アシストターボババア』の台頭である。
第四世代すら軽くぶち抜く圧倒的な速さを武器に彗星の如く現れた第五世代。次々と敗れ急速に姿を消す第三世代、第四世代…。
※因みに、第二世代は元々速くなかったので、遥か昔に絶滅している。
「フンッ、気に入らないね…。」
煙草の煙を吐きながら独りごちる第一世代ババア。
「あんなもの、介護老人と何が違うって言うんだい?」
時代の進化に取り残されるとか、速さに対する嫉妬とかではない。
彼女は純粋に、外部デバイスに補助されることに疑問を抱かない第五世代に対し、憤りを覚えていた。
「ちょっとお灸を据えてやらないといけないかねぇ…」
とはいえ、第五世代は速い。
彼女自身、第五世代に勝つには、さらなる武器が必要という認識はあったのだ。
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普段よりひときわ明るい満月の夜。
峠を攻める走り屋の遥か後方に、その姿を現した人影。
第五世代ターボババアである。
しわがれた笑い声を上げながら、タイムラグゼロの急激な加速で、走り屋達のマシンを次々とぶち抜いていく。
今日もアタシの敵はいない。ご機嫌な第五世代。
…と、突如横の茂みから現れ、第五世代に並走する老女。
第一世代ターボババアである。
「あら。誰かと思えば骨董品じゃあ無いかぇ。身の程知らずにもアタシと戦おうって言うのかい?」
「はんっ。ポッと出の小娘が。(←ババアである)
笑わせんじゃないよ。
これはね、ただの『出来の悪い娘っ子への躾』だよ。」
「こんのババァ…(←こいつもババアである)。
…いいよ、スクラップにしてやるよ。
付いてきな!!」
言うやいなや、ゼロ秒加速で先行する第五世代。
一呼吸置いて加速する第一世代。
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ターボババアは、加速する時、息を大きく吸い込んでから止め、そのままの状態で横隔膜を上に引き上げる。
それにより肺の中で数倍に圧縮された空気が、体内の代謝を爆発的に引き上げるのだ。
これは世代を問わずターボババア共通の特徴である。
そして、それは奇しくもターボエンジンの原理と酷似していた。
しかし、それは加速までのタイムラグを生じる事に繋がる。
直線だけならともかく、アップダウンや急カーブが続く峠道。減速からの加速を多用する場面ではこのタイムラグが重い。
第一世代は熟練の技術によって極限までタイムラグを無くしてきたが、ゼロではない。
対する第五世代。
電気モーターによる強力なアシストがタイムラグの無いゼロ秒加速を可能にする。
立ち上がりの速さは歴然だった。
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コーナリング、位置取り、ギリギリまで減速しないテクニック。
この辺りは第一世代に一日の長がある。
しかし、それを帳消しにする加速により、コーナーの出口で大きく引き離す第五世代。
片や追いついては突き離され、片や追いつかれては突き離し。
リードを譲らない第五世代。後ろからプレッシャーをかけ続ける第一世代。
勝負は終盤に差し掛かった。
「遂にあんたの負けだよっ!老いぼれぇ〜っ!!」(←繰り返すがコイツもババアである)。
最後のヘアピンを曲がり、急加速する第五世代。
しかしその直後、コーナーの出口。制限速度で走るタクシーが目前に現れた。
「!!!!ヤバいっ!!」
急制動をかけるが間に合わない。
タクシーをすんでのところで避けたものの、勢いを殺せぬまま脇の崖に激突した第五世代。
全身を強かに打ち付け悶絶する第五世代。見上げると、悠然とこちらを見下ろす第一世代の姿があった。
「そんな!?あんただってあのタクシーは避けられ無いはずっ!!」
そう問いかけられた第一世代。その目元には光るものが…
「アイサイト…だよ。お嬢ちゃん♡」
遠近両用眼鏡をかけた第一世代ターボババアの姿がそこにあった。
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戦いから数時間後。廃村のあばら家。
「あーはっはっはっ。あの小娘の悔しそうな顔ったら最高だったね。あ〜愉快愉快。」
心底楽しそうに笑い、湯呑みの安酒を煽り、旨そうに煙草を吸う。銘柄はもちろんエコーである。
「今日も勝っちまったよ。なああんた。
あんたも見てくれたかい?」
そう言うババアの視線の先には、長押に飾られた額縁の写真。ターボババアと酒を酌み交わす男の姿が写されていた。
彼こそはターボの父、スイスの技術者、アルフレッド•ビュッヒ(1879-1959)である。
「あんたと夜通し語り明かしたターボ理論…。まだまだ捨てたもんじゃあ無いさね。」
ターボババアとエンジンのターボ原理が酷似していたのは偶然ではなかったのだ。
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第一世代のさらに元祖、原初のターボババア。
ターボの可能性を信じ、その技術を今も磨き続けるババアの中のババア。それが彼女だ。
今宵もどこかの峠で、走り屋と他のババアを魅了し続けている。
完




