緑結び
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
空を斬る。
これ、なんだかとてもかっこいい響きがありませんか? 空振りしていることなのに。
私たちは競技にせよ喧嘩にせよ、この世界においてはごくごく小さな点を相手にしているわけですから。百発百中なんていうのは、ごく限られた時間と環境ないでしか起き得ません。
外した分は、すべて空が受け止める。これまでその身に受け続けてきたものの数は、計り知れないでしょうね。なにせ、練習のときの素振りでだって、その身体を打ちのめされるのですから。
その身、あまりに大きすぎて逃げ場がない。
想像するにとてつもない痛みを負い続けていて、どうにかしてしまうかもしれませんね。
私たちは、自分になじみのあるものには気をつかう場合もありますが、そうでないものには冷徹なほど無関心だったりします。
そうやって思わぬ不興を買い、不幸につながる恐れもあるから、あなどれないもの。様々なものへの感謝の気持ちのあらわしかたが残っているのも、そのためかもしれませんね。
私が以前に祖母から聞いた話なのですが、聞いてみませんか?
祖母が小さいころ、住んでいた地域では「緑結び」というものがよく行われていたらしいです。
――え? 縁結びの間違いじゃないかって?
いえいえ、「みどりむすび」ですよ。漢字で書くと、ぱっと見で判断しづらいですけれどね。
この結びは、何かしらみんなが集まって行うときに、その近辺に用意されるべきものなのだとか。
結びとは、終わりを意味する。終わるということは、それより先と後とでは別の世界が広がることに相成る。
いつも疲れている世界に、これ以上の負荷をかけないために、お稽古ごと専用の空間を作り出して、そこに任せてもらう。そうして世界に休んでもらおうとする考えなのだとか。
まあ、科学的に調べたところで、そこが別世界だなんて判明するわけではないですけれどね。あくまで気持ちの問題であると。
しかし、この緑結びを行わなかったがために起こったとされる、奇妙な出来事が祖母にはあったんです。
そのときの祖母はかくれんぼをすることになったそうです。
本来なら、これもまた緑結びをするところを、友達の何名かはあまり長く遊ぶことができないだかで、わずかな手間にもかかわらず、省いてしまったらしいのですよ。
――緑結びの方法ですか?
そうですね、正式な方法は別にあるらしくて、私は簡単なものしか教わっていません。
簡略化したものだと、そこに集まった代表者の髪の毛を用いるそうです。一本の髪の毛で結び目を作った後、その近辺にある草の汁をまぶして、結び目を草に通しておく……といったものです。
人工的な空間の中に限定するならば、必ずしも求められるわけではないようです。なぜなら厳密に区切られた空間では、すでにそこは「異なる世界」だから。
ゆえに屋内で不思議なことが起こる例も枚挙にいとまがありませんが……まあ、先輩はすでにその手の話はいくつもご存じでしょうし、今回の軸から外れますから、次の機会にいたしましょうか。
厳正なじゃんけんの結果、祖母が鬼の役目を引き受けます。
時間的に、おそらくこのメンツでできるかくれんぼは、一回こっきり。みなが悔いのない隠れ方ができるよう100を数えてのスタートとなります。
場所は、地元でも大きめの神社。その広さは学校の校庭と同等以上はあり、本格的な勝負となります。
祖母は大きい木に顔を向け、目隠しをしながら、もう何度目かになる「もうい~かい?」の声を発します。
「ま~だだよ」
だいぶ遠のいたのですが、声がわずかにします。
もう何秒かを待った後。あらためて声をかけてみて、ようやく返答なし。
ぱっと振り返った祖母は、目まいを感じます。浴びる日差しのまぶしいこと、しばらくまともに前を見ることができないほどでした。
ずっと木に顔を伏せていたからかな? そうのんきに考えながら、祖母はみんなを探しに行ったのですが、異変に気付くのに時間はかかりませんでした。
ここでは、たける君としましょうか。
祖母は真っ先に、たける君を発見します。文字通り、頭隠して尻隠さずといいますか、茂みの裏側からお尻がはみ出ているのです。たける君の履いていたズボンのものでした。
「たける君、みっけ!」
名前を当てられたら、すみやかに立ち上がって遊びを離脱しなければならない。それがかくれんぼの掟でした。
しかし、たける君は微動だにしません。祖母がそれから三度、同じことをしても反応は皆無。
遊びをするなら、約束くらい守りなさいよ! と祖母はたける君のおしりを蹴り上げる……はずでした。
すかっと、その足が空を斬りました。
思わず尻もちをつきかけるところを、どうにか持ちこたえた祖母ですが、にわかに信じれられません。間合いを見誤ったわけでは、ないはずなのです。
足をつき出して、尻に触れようとして察しました。祖母の足はたける君の尻に埋まるばかりか、反対側からつき出していくではありませんか。
あわてて周囲のいろいろなものに触れてみる祖母ですが、木などには触れることができ、壁などがあれば受け止められてしまいます。
ただ自分は人と、人が身にまとうものに触れることができず、声も音も伝えることができないのだと。
そして、祖母は確かめています。自分とそっくりな身体をした少女が変わらず、木へ顔を向け、身体を預けて目隠しをした状態のまま、まったく動かずにそこへいることを。
ほかのみんなが習慣になじみがあったがゆえに助かったといいますか。
しばらくして、祖母が探しに来ないことを不審に思った、たける君たちをはじめとする参加者たちが、木へ背を向けたまま微動だにしない祖母のもとへ寄っていきました。
そのときの祖母は、いかなる呼びかけや衝撃にも反応しないという点をのぞけば、眠っていることと変わりなかったとか。そして、人をことごとくすり抜ける祖母も、みずからその状態を見下ろしていました。
「緑結びをしよう。しないから、こうなっちゃったんだよ」
そう誰かがいい、すみやかに緑結びを終えます。
すると、祖母がぐんと体中が引っ張られる感覚を覚え、次の瞬間にはみんなに囲まれているところで、目を覚ましたのだとか。
あのかくれんぼをする空間も、緑結びなしでは、受け入れる気にならなかったのでしょう。
ゆえに、おろそかにした祖母を代表として、かくれんぼを行えなくしたのだと。