第6話 婚約の予定の申し込み
このままでは、誰の見合いだかわからない。さすがに義母が割って入って、義姉たちに部屋を出るよう促した。
「だめよ! 私たち、お茶がまだなの! ここにいるわ!」
二人はごねた。
すると、かわいらしい少年が言った。
「ハワード嬢、お庭に出ませんか?」
そう言うと、彼は立ち上がって、作法通り私に手を差し伸べた。
賢い!
そうよ。こんなところに居られないわ!
私はその手に手を乗せて、庭に出ることにした。
外に出て、姿が見えないところまで来た途端、彼は私の手を離した。
「失礼しました。不躾に手を取って」
「全然かまいませんわ。連れ出してくださってありがとうございます」
モートン様は、うっすら皮肉そうに微笑んだ。
あ、あら。
私はその時、ようやく気づいた。
まだ幼い感じがあるけれど、とてもきれいな顔立ちだった。改めて見ると、とてもかわいい子だ。濃い色の髪と白い肌が印象的で、灰色の目が美しい。
「義姉たちが失礼を申し上げまして、お詫びのしようもございません」
なんとも失礼で呆れた態度だった。この人を子どもだと思って、ぞんざいな扱いだったわ。この人はこんなに大人で賢いのに。
「あなたが謝ることじゃないでしょう。短絡的なバカですね」
ん? 短絡的なバカ……
私は何も考えずに、思わず声を上げて笑ってしまった。
モートン様はニヤニヤしている。
私はモヤモヤした気持ちが吹っ飛んだ気がした。
うん。義姉たちはバカだ。
彼女たちは身分を鼻にかけるけど、他に自慢するところがないからだ。
義母も似たり寄ったり。
あの三人をバカとバッサリ切って捨てたモートン様を、私は尊敬のまなざしで眺めた。
見る人が見れば、そう言うことよね。
私は、義母だ義姉だと遠慮が勝ってしまっていた。違和感はあったけれど、バカだとか思っていなかった。
この人たち、バカなんだと、認めてしまえばいいのよね。
まともに相手をしようと思うから、神経が疲れるんだわ。
私たちは我が家の庭の小さなガゼボに座った。
ここからなら誰かが近付いてきても、すぐにわかるからだ。
義姉たちは本当に遠慮がなさすぎる。婚約者(になるかもしれない男性)とのお茶会に、本人の了解も得ずに同席するだなんて、プライバシーの侵害よ!
「それで、あなたとの婚約話ですけれど……」
モートン様は切り出した。
あ。忘れていた。
婚約しようかと言う前段階のお見合い的なお茶会でした。
でも、これはうまくいかないと思うわ。
だって、結婚しようものなら、一生あの義母と義姉たちが付いてくるのよね。絶対いやだと思う。
それに私は年上だし、美人と言う訳でもないし、メリットがなさそうだと思う。どうしてお父様はこんな話をモートン様に持ち込んだのかしら。
さすがにモートン様は続きを言いあぐねていた。
ああ、断るつもりなんだわ。
そう思った途端、ちょっとだけ残念に感じてしまった。
この少年は、義姉たちをバカだと呼んだ。その感性が気に入ったんだわ。私と同じですもの。
それに、きれいな目をしている。
「僕としては、このまま進めていただきたいのですが、いかがでしょう?」
え?
私はびっくりして 声が出なかった。
モートン様はちょっと聞いてくださいみたいに手を動かして、私が喋るのを止めて続きを言った。
「条件を付けましょう。僕には一つ予定があるのですが、それが本決まりになったら、あなたに正式に申し込もうと思います」
「よ、予定?」
彼は少し早口になった。
「すみません。中身を今は言えないんです。でも、あなたにとって有利な条件だと思います。その予定が順調に実現すれば、今は財産や爵位がない僕でも、あなたにとってよき夫となりえると思うのです」
「十四歳に夫とか言われても」
なにか答えを待っているようだったが、うっかり言ってしまった。モートン様はこの答えにショックを受けたように唇をゆがめた。
モートン様は実は緊張していた。なんだか本気らしい。これは、本気で答えないといけない場面だったのか。私は真剣に考えることにした。
「そのご予定ですが、いつわかるのですか?」
「それが言えないのです。内容もちょっと言えません。申し訳ない」
「条件が整えば、結婚を申し込みたいとおっしゃいましたね? でしたら、条件が整った時に申し込んでいただければいいのではないでしょうか」
「もちろんです。ただ、それまで待ってほしいのです」
それまで待つって、どういう意味?
「決断しないでほしいのです」
「何をですか?」
「婚約をです」
「あなたとの婚約を待つのですか?」
「いえ。つまり、他の方との婚約をですね」
他の方との婚約を決めないで欲しいですと?
「それはつまり、婚約と一緒の意味ではありませんか」
「まあ、そうですね。では、言い方を変えましょう。婚約を白紙に戻せる条件付きでもいいですと言う意味です。その僕の言う予定が実現しなかったら、白紙に戻せる条件付きの婚約でもかまいません」
何を言ってるんだろう?
モートン様は必死に言い出した。
「今の僕の条件が悪いことは承知しています。爵位もお金もない。ですが、あなたの父上とご相談の結果、婚約の予定という格好でもいいと言っていただけたので、本日は参りました」
「父と会ったのですか?」
父は隣国に赴任しているのだけれど。
「少々隣国に用事がありましたもので、その用件ついでにお願いいたしました」
「少し考えさせてくださいませ。私も父と相談したいと存じます」
この少年と父はどんな話をしたのだろう。それがわからないと、婚約なんか決められないわ。
「もちろんです。よい返事を期待しています」