第96 話 渋谷カフェの決斗
渋谷のショッピングビル。
水着の買い物は済んだ。オレは3人の女子の水着の審判をした。これでよかったのかな。女子たちはみんなニコニコしている。蘭鳳院はやや恥ずかしそう。でも、微笑んでいる。これでいいのだ。
みんなで、カフェに寄って行こうとなった。
満月が、
「麗奈、勇希に何かおごってあげなよ。せっかく君が1番!って言われたんだから」
「うん、いいよ」
と、蘭鳳院。
いや……君が1番! っていうか……あれはあくまでも水着の審判で。
まぁ、せっかく奢ってくれるって言うので、オレも行くことに。結局ついていく。
ずっと長身女子に囲まれている。ちょっと息苦しいんだけど。華やか女子たちの圧。とにかく凄い。中学の頃は、女子に囲まれて圧を感じることなんてなかったんだけど。
オレたちは、4階の飲食エリアへ。ここも賑わってるな。
手軽でおしゃれなカフェを見つけて入る。
オレの隣に蘭鳳院が座る。
「勇希、何を頼むの?」
「え?」
「おごってあげるから」
「あ、そうだったね」
オレは、オムライスを頼んだ。
蘭鳳院は、ドリンクに、ケーキを頼む。
「今日はお昼もあんまり食べてないし、夕食の代わりにケーキにしよっかな」
「大変ね、コンテスト1位のスタイルを守るのも」
満月は、ホットケーキにハチミツをドバドバかけて、ご満悦だ。いくら燃料補給しても、すぐに使っちゃうから、まだまだ補給が必要なんだな。
剣華は、クリームプリン。
注文した品が届き、みんなで食べながらおしゃべりが始まる。
いや、女子たちのおしゃべりを、オレはオムライスを食べながら、ぼんやり聞いていたんだけど。
やっぱり男子として女子のワイワイキャッキャに混じるのって、難しいな。
3人の女子。とにかく賑やかだ。沖縄旅行の話をしているんだけど……
オレも沖縄には行ったことがあるけど、なんだか、この3人の旅行の話。オレの知ってる沖縄旅行とはだいぶ違うな。
ホテルとかクルージングとかテニスとか。
テニスか。そりゃ、沖縄でテニスしたって問題ないんだけど。やっぱり、住む世界が違うんだなあ。
キラキラお嬢様たちに、オレは少し感心していた。
満月と、剣華が、トイレに立った。
オレはぼんやりと。
ん?
隣の蘭鳳院オレを見ている。
なに? なんなの?
蘭鳳院の白い指が伸びる。オレの顔に。
え?
ちょっとどうしたの?
蘭鳳院のお澄まし顔。
オレは、ゾクッとなる。
「ケチャップついてるよ」
「え?」
蘭鳳院の指が、オレの右の頬を拭う。
蘭鳳院の指が、オレの頬に。
うぐっ、
電流が走ったような。右の頬が熱い。
い、いきなり、また、なにを……
オレは、目をつぶってちゃった。
頭が、かーっと熱くなる。心臓の動悸が。
いつもだけど驚かせてくれるな。
オレはやっと目を開けた。
蘭鳳院の白い指に赤いケチャップ。
オムライス、ぼんやり食べてたからな。頬にケチャップ付いてたの気づかなかった。
蘭鳳院、微笑んでいる。
あっ、
オレの見つめる前で、ケチャップのついた指を口に。
なにしてるの?
オレの頬についてたケチャップを指で拭って、それを口に。
なんだろ。これ。
高校生になるとこういうのってよくあることなのかな。オレ、全然想像しなかった。
オレについていけないことが、いっぱい起こりすぎるな。
「ああ、恥ずかしかった」
蘭鳳院がいった。悪戯っぽく笑って。
「男子のほっぺのケチャップ、自分の口に入れちゃうなんて。すっごく恥ずかしい。人に見られたらどうしよう」
え?
蘭鳳院。君は、時々オレに理解不可能なことするな。
蘭鳳院、オレをまじまじと見つめて、
「誰だって人に見られたくない、恥ずかしいことしちゃうことあるよね」
うん? なんだ?
「今日、勇希の恥ずかしいところ見ちゃったから。それで勇希が、もし、重くなっちゃったらって思って」
オレの恥ずかしいところ? 長ランの背中の文字のことか。
「勇希、今、私の恥ずかしいところ見たよね。2人の秘密だよ。これでお互い様。お互い黙っていようね。もう何も気にしなくていいよ。クラスの女子はみんな勇希のこと応援してる。みんな勇希のことが好き。みんな、勇希の味方」
なに? なにいってるんだ?
蘭鳳院、君はいったい。
長ランのことでオレはおまえに頭を下げてみんなに言わないようにと言ったけど、オレが恥ずかしがってる? それでオレのこと気にしてくれたっていうの?
水着ショーも、オレのために? 女子と仲良くなるようにって?
なんだ。さんざん振りまわしたかと思うと、優しくしちゃったりして。
急にいい人みたいに。
オレはなんだか腹が立ってきて。
蘭鳳院、おまえはなんなんだ?
オレのことを気にしてくれてる? 必要ねえよ。
おまえの上から目線の態度、オレには必要ないんだ。いつまでも続けられると思うなよ。オレが女子にびくついたり怖がったりしてると思っているのか。
そんなことねーよ。あるわけねー。
オレはヒーローだぞ。男の中の男、真の男だぞ。最後の硬派だぞ。
長ランのことだって……あんまり女子を怖がらせたらいけないからな。それでこっそり着てようと思ったんだ。
それだけだ!
おまえに心配されることなんて、なにもないんだ!
おまえは、オレと何の関係もないんだ!
うむ。
オレはヒーロー。
男の坂道を上るヒーロー。
女子などに後れをとってはならぬ。女子など知らぬ。女子などに目もくれぬ。お前たちがまとわりついてくるから、オレは色々と……
ここはひとつ、ビシッと決めてやろう。
隣のテーブル、蘭鳳院のケーキ。
よし。
オレは、ケーキのクリームに、指を突っ込む。
あっ、と驚く蘭鳳院。
オレはすかさず蘭鳳院の頬に、クリームを塗りつける。
フッ、
どうだ。
これでお澄まし顔もできまい。
これでもまだ、上から目線ができるかな?
お嬢さん、ほっぺにクリームをつけて、また一段と綺麗になりましたね。
「ちょっと! なにするのよ!」
蘭鳳院がブチ切れた。こんなの初めて。怒りで瞳を燃えあがらせた蘭鳳院は、ケーキを掴むと、
べしゃっ!
オレの顔に叩きつける。
「やったな!」
オレも、目の前のオムライスやケーキや、果ては、満月のホットケーキや剣華のプリンやらを、つかんで、ぶつけて、蘭鳳院の顔に塗りたくって、蘭鳳院も、猛然とやり返して、オレの顔にあれこれぶつけて、塗りたくって……
泥仕合。もう、ぐちゃぐちゃ。
「ちょっと、なにやってるの!」
剣華の声がした。
「一文字君も、それに麗奈まで! みんな見てるじゃない。みっともない。迷惑になることはダメ。食べ物を粗末にしちゃだめ。天輦学園の名に泥を塗るのは、絶対許さないんだから!」
満月が、ニヤリとして、
「あー、お二人さん、ほんと仲いいのね。でも、泥んこ遊びなんて幼稚園で卒業しときなよ」
クリームだジャムだカスタードだ、ハチミツだで。べとべとぐちゃぐちゃの蘭鳳院の顔。笑っている。なんだろう。自然で素敵な笑顔だ。本当に素敵な笑顔。オレのすぐ目の前に。
すごく綺麗だ。君が1番だよ。蘭鳳院、やっぱりオレの審判正しかっただろう。
( 第11章 ヒーロー魔剣少女は長ランを翻す 了 )