第92話 蘭鳳院、君は何者なの?
渋谷のショップ。パンツ売り場。女子の。
パンツを買おうと手に取ったオレの目の前に現れた蘭鳳院麗奈。
オレを見つめている。
お澄まし顔。セーラー服。学校の帰りなのか。
オレは手に持ったパンツをとっさに後ろに隠す。
なんだ。いったいなんなんだ。
どういうこと。
いや、なんかやばくね? 本格的に。
なんでここに蘭鳳院がいるの。
もう何がなにやら。
ここ、渋谷だよ。
蘭鳳院、おまえは渋谷に用事があったの?
別に用事があってもいいんだけど、用事があったなら、おまえはおまえの用事を済まして、早く帰ればいいじゃない? もう夜なんだよ。何をしてるんだ? なんでオレのこと見てるの。
オレ、何か見られるようなことしてるかな。オレに関わらないでよ。お澄まし顔のお嬢さん。あんまりオレを困らせないでおくれ。学校でもオレを困らせてばかりで、すっかりオレはまいっちまってるんだ。だから、わざわざ渋谷まで来ているんだよ。ここでまでおまえに厄介をかけてほしくないんだ。
いったい何なんだ?
蘭鳳院、ひょっとして、ずっとオレの後を尾けていたのか?
なんのために?
いや、それより何より、今、オレが女物のパンツを品定めているのを見ていたのか? それが1番やばいんだけど。なんて言えばいいんだろう。
ヒーローが、最後の硬派男子が女物のパンツを、見定める理由。なんて言えばいいんだろう。
蘭鳳院は、黙っている。
透き通るような白い肌。なんだか、少し青ざめて見える。
◇
「あの」
オレが言いかけた時、
「やっぱりここにいたのね」
蘭鳳院が言った。じっとオレを見て。吸い込まれるような瞳。
え? なに?
やっぱりここに? やっぱり?
わかってたってこと?
オレが女子のパンツ売り場にいるのが? わかってたの?
蘭鳳院、君はいったい何者なの?
オレがどこで何をするか、お見通しだっていうの?
蘭鳳院はじっとオレを見つめている。その表情からは何も読み取れない。ずいぶん真剣な顔にみえる。
なんだ。いったいなんなんだ。
オレは、ちょっと、軽く……震えてしまっている。
ああ、もう、何やってるんだ。オレは何も言えない。後ろに女物パンツを隠したまま。きらびやかな渋谷のショップで見つめ合う。オレと蘭鳳院。
ついに、蘭鳳院が口を開いた。
「勇希、私って、ストレス?」
え? は?
なに? なに?
思いがけない一撃。
なんだ? なにが来たんだ?
ストレスって? なに言ってるの? 蘭鳳院。
もうわけがわからんねえ。本当に。
ストレスだって?
オレにとって蘭鳳院が?
いや、それは……だんだん、いろいろ……こみ上げてくる。これまでの……
胸も、腹も、いや、全身が、なんだか熱くなってくる。どんどんどんどん、熱さが増してくる。
おい、蘭鳳院。
キサマ、なに考えてるんだ。そんなの決まってるだろ。
ストレス? そうだよ。その通りだよ。
いやストレスなんてもんじゃないだろ。おまえはオレにこれまで何してきたんだ。散々ちょっかい出したり、シカトしたり、オレの前で男とイチャイチャしたり、いや、越野の件はオレの誤解だったけど、だいたい、あんな誤解を招くことをするおまえが悪いんだ。
オレを散々散々散々散々、弄びやがって。おまえは、自分がオレのストレスでないとかありえると、思ってたのか。そんなことを考えていたのか。ちくしょう。どんな顔でオレを見てやがるんだ。
オレはキリキリした。だんだん腹が立ってきた。
女子などに振り回されてはならぬ。奴らは、男を立てねばならぬのだ。
ここはきっちりいってやらなきゃ……
ん?
オレが後ろ手に隠してるのは、女物のパンツ。
ううむ。ここでやり合うのはまずい、か。
蘭鳳院の様子、何を考えてるんだ?
心なしか、いつもとちょっと様子が違う。なんだか、モジモジしているような……
オレが手にするパンツについて追求する気配ではない。素早く隠したから、気がつかなかった?
それならまずは安心だ。
しかし、ここが女子専門パンツ売り場であることには違いない。ここで蘭鳳院と揉めるのはやっぱりまずい。やめておこう。穏便にここから離れるんだ。
ここで買い物するために、オレはいたわけじゃない、そう思わせる。ここがヒーローがいていい場所なのかどうか。
オレは、蘭鳳院に、笑顔を向ける。
蘭鳳院、オレの手にしてるものには、全く注意を向けていない。よし、大丈夫だ。
オレは、そおっと、後手に持ったパンツを、売り場に戻す。
やったぞ。ひとまずこれで何とかなった。
試練を一つ突破。
これでやっと蘭鳳院と互角。なんとかなるだろう。
余裕を取り戻したオレ。
蘭鳳院が、なぜここに現れたのかわからないけれども、ストレス? ストレスだって? おまえがオレのストレスだとか言ってたな?
それについては言いたいことがいっぱいあるが、
フッ、
女子と言い争うなんて、みっともなくてできやしねえ。ここは、余裕を見せておこう。男の度量ってものだ。
「蘭鳳院」
オレは言った。
「ストレス……えーと、あなたがオレにとってのストレス……かどうか、それを気にしてるんだ。ハハっ、そんな、そんなことないよ。えー、もちろん、ちっとも。全然そんなことない。あるわけない。オレたち、机を並べているクラスの仲間だろ。本当に……」
「本当?」
「もちろん本当。絶対に」
「そう。よかった」
蘭鳳院は、少しほっとした様子。
「じゃあ、私のことじゃないのね」
「え?」
私のことじゃない? いったい何を言ってるんだろう。
「ええと、何を言っているの? 私のことじゃないって?」
「だから」
蘭鳳院は、オレをしっかり見つめていった。
「オレは男だ。女子はみんなオレの前に這いつくばれ、って」
稲妻が、オレの頭の上に落ちる。体を貫く。




