第91話 ヒーロー少女のお買物 花柄パンツを手に
長ランの背中に刺繍する文字を、伝票に書き終えたオレ。至福に満たされている。
オレ、ちょっと前まで普通の女子高生だった。それがいきなりヒーローになれ。男子高生になれ。無茶苦茶なこと言われた。呪いだなんだで脅されて。
でも、うまくやってるじゃないか。なんてことないな。悠人も、喜んでいてくれてるはずだ。きっと、世界のどこかで。悠人はヒーロー男子一文字勇希を見守っていてくれている。
悠人とオレは違う。オレは兄のようにはなれない。でも、オレなりに、ヒーロー男子を究めていくんだ。
ヒーロー。みんなが認めるヒーロー。
みんな。クラスの女子ども。上から目線のあいつらも、いずれオレが真のヒーローだと認めるだろう。
◇
オレは、長ランを手に店員のお姉さんと、どういう刺繍にするか詳しく相談し、決める。
店員お姉さんはずっと、プププ、クスクスとやっている。
なんなんだ。喉の調子? それともやっぱり思い出し笑いか? よっぽどおかしいことがあったんだな。でも仕事中だろ。オレが全力でぶつかってるんだ。君もちゃんと仕事してくれよ。
「では、お受けいたしました」
注文受付を終えた店員お姉さんは、満面の笑顔で、
「プププ、きっと素晴らしいお召し物が、ププ、プヒャヒャ、出来上がりますよ」
頼んだよ。
なんだかちょっと心配。店員お姉さんの態度。なんだか……?
これでよかったのかな。ともあれ、オレは、店を出た。
◇
ああ。
清々しい。実に清々しい。心が晴れやかだ。オレは、大事を成し遂げた。
昨日の夜からずっと抱えていた長ラン。男の修行を始めてからずっと欲しかったオレの戦闘服。ついに完成するんだ。
オレの心が着る男の魂。
女子どもを、見下ろしてやるんだ。
つい、ニヤニヤしちゃう。
気持ちが昂るなあ。
渋谷もショップ群。いつにも増してキラキラと。賑やかな人混み。みんなオレを祝福してくれてるんだ。
よし。買い物だ。
やる事は済ませたし、久々に渋谷のショップでお買い物だ。文句あるか?
オレは踊るようなステップで、ショップの間をぶらぶらする。
いいねえ。たまにはこういう大都会の雑踏、中心地に来なくちゃ。なに買おうかな。
そういえば。2階が服飾コスメ小物のショップのエリアだったな。オレはエスカレーターで2階に行く。
服飾コスメ売り場。おしゃれなショップの数々。
オレは、家では女子だ。家を出る時、男子になる。
あんまり女子の格好で外をうろつかないようにしている。男のオレを知っている誰かに見つかったら、困るからだ。
いろいろ気をつけねばならない。
ヒーローたるもの、常在戦場だ。いつも細心の注意が必要。
でも、今は渋谷。
ここまでくれば大丈夫。
学校の連中に出くわすことなんてありえない。誰も見ていない。
ルンルン気分で、オレはぶらぶら。あれこれ物色する。
コスメはどうしようかな。
女子のメイクは、学校に行く時はしないし、家でちょっとするだけ。
男子のメイクってどういうのか、まだ研究していない。まあ、ちょこっと鏡見て直してるけど。その程度。
ママには、男子らしいメイクしなさいと言われている。
男子のメイクか。面倒だから、天輦学園は真面目なエリート進学校だからみんなおしゃれより勉強優先している、と答えている。
真面目なエリート進学校にも、満月みたいな超強力映え女子がいるんだけどな。
買い物。どうしようかな。
とりあえず、リップ買おうかな。
あれこれ探すオレの目に入ったのは、
あ、
女子のパンツ売り場。山売りになっている。
パンツ。
そうだ。そろそろパンツ買わなきゃと思ってたんだ。
ヒーローであっても、パンツは買わなきゃいけないからな。オレは、男子になってからも、下着は女物にしてたんだ。ずっとそうしてたし、そのほうが気分が上がるんだ。いきなり男子のパンツ履くってのも……
ヒーロー男子が女子のパンツ。
文句あるか!
どうせ……見えないんだし……
転校してから、いろいろ忙しくて、まだ新しいパンツだなんだ買ってなかった。
そういえば、満月のやつは、高校生になったから、下着も新しくするとか言ってたな。
いい機会だ、まとめて買っておこう。
うぐ……待てよ……
オレは、今、学園から直行できた学ラン男子。女物のパンツを物色してて大丈夫かな?
なに、ここは渋谷だ。いろんな人がいる。誰が何をしていても驚かない。そもそも知り合いに見られる心配は無い。そういう場所だ。安心して買える。気にするな。周囲の目線なんて。
渋谷まで来たことと、長ランの刺繍文字の注文を済ませたことで、オレは心に余裕を持っていた。安心しきっていた。中学女子の頃に戻って、いろいろパンツを選ぶ。こういうのって大事。
転校してから本当に目まぐるしい日々。やってないこと、結構多いな。
まず、身に付けるものからだ。オレは、花柄のパンツを手に。
うむ。可愛い。
どうしようかな。これにしようかな。
ふと。
なんだ。妙な気配。視線を感じる。
これって。
顔を上げると。
蘭鳳院。
え? ええ!? オレは目を疑った。
目の前にいたのは、蘭鳳院麗奈。
オレをじっと見つめている。




