第9話 クラス委員長剣華優希の大演説
オレは、わざと遅めに教室へ行った。
クラスの連中が、全員いるところで、デビューしたいからな。
改めての男デビューだ。
クラスの奴ら、学校の奴らに、このオレが、真の男のヒーロー、最後の硬派だと、思い知らせてやるんだ。
教室へ近づく。ざわざわしている。
ホームルームの始まる15分前。頃合だ。クラスの扉、閉まってる。
オレは、扉の前で1つ息を整えた。
行くぞ。
男の坂道を、上るんだ。
おっと、その前に、
オレは詰襟学ランを脱いだ。そして、学ランを肩に引っ掛ける。
いいぞ。
本当は、裾の長い学ラン、長ランというのが、よかった。
裾が膝下まであり、風にたなびくやつだ。それがかっこいいんだけどなあ。
それに木刀も欲しい。木刀を肩に担いで、長ランを翻して。男は、そうでなくちゃ。
夢中でむさぼり読んだ少年ヒーロー漫画『男の坂』を思い出し、オレは熱くなる。
しかし、まぁ、多分それは校則で禁止だろう。まずはこれでよし。
準備オーケー。
肩に学ランを引っ掛けたオレ。
ついに行く。男として立つ。立つんだ。
オレは男の坂道を上るヒーロー。
男の中の男。
真の男。
最後の硬派。
行くぞ!
ガアアアーン!!
オレは、足で、教室のドアを、思いっきり蹴飛ばした。
ドッシャーン!!
ドアは、勢い良く開く。
よし、できたぞ、オレの花道。
主役登場といこうか。
悠々と、なるべく大きなガニ股で、オレは、教室へ入っていく。ゆっくりとだ。
教室は、しんとなっている。みんなこっちを見ている。
女子も男子もだ。驚いた顔。
口をあんぐり、みんな固まっている。
フッ、
どうだ、エリート校の嬢ちゃん坊ちゃん。
真の男を、お前たちは見たことがあるか、無いだろう。だからオレが見せてやるんだ。本物をな。
教室に入ったオレは、ふと考えた。
後ろのドア、開いたままだ。オレが蹴り開けたまま。どうしよう。開けっ放しにする?
いや、これからホームルームがあるし。閉めたほうがいいだろう。でも、今から振り向いて手で閉める。それも変だ。
ちょっと考えた。よし、オレはまた、足を使った。ドアを後蹴りにする。前を向いたまま。
バアアアーン!!
ドアは閉まった。
やったぜ。
順調すぎる。オレはクラスの連中の方をみずに、2、3歩く。
それから、教室中に、ちらっと、目線をくれてやった。
「よっ」
軽く片手をあげる。
うん?……待てよ……?
こういう時って「押忍」だっけ? 硬派男子たるもの?
聖典では、どうだったっけ?
うーん、ちょっと思い出せない。さすがに、一夜漬けだから、細かいところまで、押さえてなかった。まぁ、いいや、問題ない。
おや?
誰かがオレは前に立った。真の男、男の中の男、最後の硬派、男の坂道を上るヒーローの前に。
あ、委員長。
クラス委員長、剣華優希。
オレの目の前に、オレを見下ろすように立っている。前にも言ったけど、委員長の方が背が高い。
剣華は、両手を腰に当て、胸を張り、キッとオレをにらみつけている。委員長の両の瞳は燃えている。燃え上がっている。
「一文字くうううううんっ!! なにやってるのおっ!」
うわわわわわっ!
凛とした声が響き渡る。
すごい声だ。ぐわんぐわん頭に響く。
どうしたんですか、委員長?
朝から、なにもそんなに大声出さなくても……なにがあったんですか? いったい?
「一文字君、どういうつもりっ!!」
凛とした声が、オレを突き刺す。
なんだ?
脳みそが全部持ってかれる……そんな声だ。
え……その、どういうつもりって……みての通り、男の中の男を……やってるんですが……その……みんなに……男としての挨拶を……しただけで……別に……オレは何も……
オレは、うろたえていた。
こういうの、聖典にあったっけ?
そこに、委員長がまた強烈な、
「そういうの、すっごくかっこ悪いんだからっ!!」
うわわわわわわわっ、
ええ? なんで?
ぐわんぐわん響く、委員長の声。
なに? いったい、なに? なんていってるの?
剣華の声が、響き続ける。響き渡る。教室中に。
「それ、おかしい。最初の挨拶もおかしかったけど、ただ面白いことしたいだけなのかなって思ってた。
でも、今日のはもう全然面白くないよ。
そんなの。
何がしたいの?
みんなを脅かして、怖がらせたいの? 全然だめ。
そんなの何にもならないよ。
だって、怖がってるのは君だもん。一文字君、君が怖がってるんだよ。みんなのこと、クラスのこと、学校のことを。
みんなのこと怖がってる。だから、そんなことしちゃうんだよ。昨日いろいろあった。そうだよね。
それで苦しくなっちゃったのかな。苦しかった?
もし昨日のことで、君がクラスを怖くなっちゃったなら、ごめん、謝る。
私たちだって、ちゃんと君のこと考えてる。君のことを考えて、変わっていける。クラスは変わっていける。
だから怖がっちゃだめ。怖がらないで。それに一文字君、確かに、苦しかったかも、怖かったかもしれない。でも君は決して臆病じゃないんだよ。
だって、学校にちゃんときたじゃない。自分でここに来たじゃない。ここに来る勇気があったじゃない。君は勇敢、すっごく勇敢、だから自信を持って。
誰だってそう、一歩踏み出すことができれば、それは強いんだ。
君は強いんだよ。自分ではそう思ってないだけで、本当は強いんだ。
一文字君、君はクラスのみんなを傷つけたいの?
ううん、そんなことできないよ。君は決してそんな人じゃないから。知ってるんだよ。みんな知っている。私たち同じクラスだから。
それとも、君は自分を傷つけたいの? そう考えている?
でもね、それはできないんだよ。絶対にできない。どうしてか、わかる?
だって君は自分のことが好きなんだもん。みんな自分のことが好き。自分のことが1番好き。自分のことが、大好きで大好きで仕方がないんだ。
だから自分を傷つけるなんて、できない。
でも、自分を好きって認めるのが、どうしてもできないんだ。
だから、自分を傷つけるふりをしたりするんだ。自分を嫌いなふりをするんだ。自分が好きって認めるのが、すごく恥ずかしい。怖い。それで嫌いと言う殻に閉じこもっちゃう。
でも、壊せるよ。一文字君、自分を嫌いと言う殻を壊せるよ。君は勇敢だから、君は強いんだから、絶対にできる。
いじけてちゃだめ。
さあ、前へ、進もう。歩き出そう。
誰も君のこと笑ったりしないよ。もし笑ったりする人がいたって、それは君より、弱いからなんだ。
まだ君のように歩き出すことが、できないからなんだ。弱いのが苦しいんだ。でも君より弱い子だって、苦しくたって、君が力強く歩き出したのを見れば、もう笑ってる場合じゃない、自分も君のようにできなきゃ、そうでなきゃ自分が恥ずかしい、そう思う。
必ずそう思う。そして歩き出すんだ。
そう、君は他の人にそうやって、自信を与えるんだ。勇気を与えるんだ。強さを与えるんだ。すごく、それ、立派なことなんだよ。
それは君が強い、本当に強いって言うことなんだよ。
君は強い。
だから笑われたって、気にしちゃだめ。自分のことが大好きな君のことは、みんなが、大好き。
そして一文字君、君はもっと自分のことが、好きになる。世界の誰にも負けないくらいに、自分が好きな君のことを、誰にも分けてあげたくないくらいに。
でも、君がどんなに頑張って自分のことを、好きで好きで、好きすぎるから、みんなに分けてあげないって言ったって、そうはいかないよ。
君のことが大好きなみんなが、君に飛びついてくる。君のことを、君が独り占めしてるのはずるいって言って。
そうだよ。ずるいよね。こんなに勇敢で強い人を、みんなが欲しがる人、自分一人だけのものにしたいなんて。絶対だめ。さぁ、一文字君手を出して」
うわわわわわわわっ
ぐわんぐわんぐわんぐわんぐわん、
もうずっと委員長の声が頭の中で鳴り響いて……
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……
なにがなにやら……もうわかんねぇ。
なにいってるか……聞こえねぇ……もう、終わりにして……これ以上は……ダメ……これ、永遠に続くの……?
暴力……言葉の暴力、演説の暴力……ここ学校だよね……いいのこんなの? これ?
学校でこんなことしていいの?
学校って……勉強したり、スポーツしたり……友達につくったり……誰かを好きになったり、そういうとこじゃないの……?
なんだか……いきなり大洪水をぶっかけられたような……オレは、大洪水に呑まれる木っ葉。ひたすら流され、渦巻きの中で、ぐるぐるぐるぐる……
これが試練なのか。
男になるための。
真の男になるための……
男の坂道を上る……
やっぱり……ただごとじゃないんだな……
そうだ、男の坂道、それを登るっていうのは、こういう覚悟が……必要なんだ……
ものすごい壁にぶつかっても、もう、頭がクラクラするような、そんな試練にぶつかっても、行かなきゃいけないんだ……
いや、もう……ぶつかるっていっても……頭クラクラで……どうしたらいいのかわからねぇ。
えーと……なんだっけ……
あれ?
委員長が黙っている。あの演説……演説… …なのか……あれは終わったのか?
なんだろ。
なにか終わったってことは、なにかが起きたのかな?
えーと、えーと、えーと、えーと、全然聞き取れなかった……わけわかんなかった……けど……そうだ……最後に、手を出して、なんか……そういってたよな……
オレは、委員長を見る。やっとの思いだ。
委員長は、両手を腰に当てたまま、オレを見下ろしている。
うん?
なんだ?
委員長、微笑んでいる……なにかをやり遂げた顔を、している。
手を出して……そう……それでいいんですよね……とにかく、手を出してみよう……何が起きるんだろう……でも、やばい状況が続くのは、もう……とりあえず、いう通りにしてみよう……もうこりごりだ。
この打撃をもう一発食らったら、オレは本当に、……どうなっちゃうか……わからない……真の男のヒーローだって、相手の出方を見るくらいのことをしても、いいだろう。
オレは、素直に、委員長に両手を差し出した……これでいいんだよね。
委員長、剣華優希は、いった。
「片手でいいのよ。利き手を出して」
オレは、左手を引っ込め、右手だけ、委員長に差し出す。
「手を握りしめて」
剣華は言った。
オレは素直に従う。右手を握る。
委員長は、自分の左手を握って、オレの右手に押し付けた。
グータッチ
「さぁ、これで、私たちは仲間、友達ね。だいじょうぶだよ、一文字君。安心して。
私たち、まだ15歳、高一じゃない。これからよ。まだ、始まったばかり。零と零。そうだよね。
これから、みんなでやっていこう。傷ついたり苦しかったり、お互いで戦ったりすることだってあるかもしれない。でも、きっとみんな前を向いて、最後には一緒にやっていける。
それが私たち。私たちのクラス。
さぁ、みんな、私たちの大事な大事な仲間、大事な大事な友達、一文字君を、もう一度歓迎しよう」
クラス中で盛大な拍手が起きた。
またまた、頭が割れそうな、大きな音。
もう勘弁してくれよ。
これは、なんなんだ。いったい、なんなんだ。
「いいぞ委員長」
「委員長かっこいい!」
「俺たちの委員長!」
そんな声が飛ぶ。
「一文字君」
委員長が言う。なんか優しいまなざしだ。
温かさがある。オレの……保護者かなにかなのか?
「制服、ちゃんと来て」
「あ」
学ラン、肩にかけたままだった。オレは、素直に学ランに袖を通す。
「ボタンも止めて。全部だよ」
オレは、委員長のいうことに、素直に従った。
もう、そうするしかないんだ。
オレは、やっと、自分の席にたどり着く。
フラフラだった。
いや、よく倒れなかったもんだ。
やっぱり、男の修行、聖典の修行、そのおかげだな。
修行してなかったら本当に危なかった。
オレは真の男の強さをみせた。
男の坂道を、一歩上った。
最後の硬派。
オレは強い。
委員長剣華優希も、そんなこと言ってたっけ。