第89 話 ヒーロー魔剣少女 女子たちへ宣戦布告
授業が終わった。
いつもの日課。一人で校庭で汗を流し、シャワーを浴びたら、図書室で自習。
孤高のヒーローのメニュー。いつ魔物と戦うことになるか分からないんだからな。日々鍛錬だ。
メニューをこなすと、足取りも軽く校門を出る。
いよいよだ。これから刺繍文字を頼む店に行く。長ランの背中に刺繍文字。男の長ランの完成だ!
想像しただけで、気分が昂揚してくる。長ランの入ったスポーツバッグ。そっと撫でる。実にいとおしい。
今日は教室では、女子どもにまとわりつかれて……なんというか、厄介だったけど……これも試練だ。試練を一つくぐり抜けるたびに、オレはまた1つ強くなっていくのだ。
間違いない。
すべて試練、戦いなのだ。戦いが続くのだ。
そして戦い、勝負には、やはりユニフォームが大事だ。
野球の時は、野球のユニフォーム。あれがあるとバッチリ心が決まる。
そして、クラスでは、長ランだ。もちろん長ランを学校に着ていくことはできないけど、長ランがいつもオレの心にあれば、オレは充分強くなれる。
背中に刺繍文字の入った長ラン、それがオレの戦闘服。
◇
渋谷に来た。
夜の渋谷。
久しぶりだ。家とは方向が違うから。あまり来たことがなかったな。中学の時、何回か友達と遊びに来ただけだ。
相変わらず人が多いな。このところ、家と、閑静な郊外にある学園の往復ばかりしていた。
学園の駅前ショッピングモールの雑踏とは比べ物にならない大混雑。高いビルのネオンとイルミネーション。
オレは調べておいた刺繍文字の専門店に行く。専門店は、大きなビルの中にある。いろんなショップがいっぱい。おしゃれな電飾看板がこれでもかと並ぶ。
せっかく来たから久々に、ショップ巡りして、買い物していこうかな。
オレは考えた。
わざわざ渋谷に来たのも、学校から離れた場所で、絶対にクラスメイトに見つからないようにしたいと思ったからだ。女物も、ここで買って行こう。家では女子として生活してるし、いろいろ女物も必要なんだ。ヒーロー男子のオレだって。
オレはきらびやかな電飾の下をくぐり、ビルに入る。
目指す専門店は3階にあった。入る。
早速、オレはサービスカウンターに行く。
心が躍る。つい、ニヤニヤしてしまう。
男の階段をまた1歩上るんだ。
女子どもめ、おまえら、もうついて来れないだろう。
◇
「いらっしゃいませ」
カウンターで対応してくれたのは、まだ若い、メガネをかけた、おしゃれな女性店員。軽くお辞儀すると、メガネのピンクの縁がキラキラする。
「刺繍文字をお願いします」
オレは、堂々と、威厳を持って、スポーツバックから大事な長ランを取り出す。
「この背中に文字を入れて欲しいんです」
「この背中にですね」
オレから新品の長ランを受け取った店員お姉さんは、丁寧に長ランを検分する。
どうだ。
お姉さん。オレがどのような人間かわかるか? これから何をしようとしてる男か、今まさに何をしている男か、わかるかな?
ああ、だめだ。体が、熱く熱く……燃え上がりそうだ。
オレのこの魂の輝き、鼓動、心の息吹、お姉さんには見えているかな。
フッ、
いえ、わかってくれとは言いませんよ。ヒーローっていうのは、孤独なものなので。みんなとは道が違うんです。それにうっかりオレなんかに触れたら、火傷しちまいますよ。気をつけてください……
「どのような文字をご希望でしょうか?」
店員お姉さんは、伝票を手に、笑顔で言う。カウンターの上にオレの長ランを広げて。
「えーと……」
オレは言おうとした。
ここに来る間、さんざん考えに考えて迷いに迷って、結局、シンプルにすっきりと、
“男“
この一文字にしようと決めていた。
うむ、結局最初に戻ったんだ。これでよし。男の美学、男が背中で語ること、それはただ一文字で充分だ。一文字勇希の一文字。余計なものは何もいらない。力強く、爽やかに、揺るぎなき心、妥協なき意思を示す。それが男だ。真の男、男の中の男だ。ヒーローだ。
“男”
それでお願いします。
そう言おうとした、オレの体が固まった。
うむ?
突如閃いた。
長ランの背中の刺繍文字。これは戦う男であるオレがあげる狼煙、満天下への号砲だ。全世界への挑戦だ。後戻りできぬ覚悟と決意を刻まねばならぬ。“男”、それもいいが、やっぱりもっと強烈な言葉が良い。ドンとくる文字が良い。ヒーローが背中で語るにふさわしい言葉。世をあっと驚かす文字。
そんな言葉が、文字が、突如、はっきりと鮮明にオレの脳裏に浮かび上がったんだ。
これだ。これしかない。これでいこう。これを待っていたんだ。こんな文字が閃くなんて、やっぱりオレはヒーローなんだ。
昼間の教室での女子どもを思い出す。
フッ、
あいつら、驚くだろうな。女子どもには、到底、思いも及ばない言葉、それをオレの背中に刻んでやるんだ。オレの背中で語ってやるんだ。圧倒してやるんだ。もう、ぐうの音も出ないほどに。
いいぞ。いいぞ。行けるぞ。これでいけるぞ。これで行くんだ。堂々男の道を。試練なんか目じゃない。何があろうが、オレは男の坂道をしっかり踏みしめていくことができるんだ。
ようし。
「オレは男だ。女子はみんなオレの前に這いつくばれ」
言ってやった。
とうとう、オレは言ってやった。
男の背中に刻む文字。女子どもへの宣戦布告。
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