第88 話 ヒーローも男子だし
朝のホームルームが始まるまで、まだ時間がある。
オレは、悠然と、教室を歩く。
ざわざわした教室。
今日は、長ランデビューだ。
長ランは着てない。スポーツバックの中に大事にしまってある。だけど、オレの気持ち。心。しっかり長ランを羽織っている。
また一歩しっかりと男の坂道を上っているオレの姿を、クラスの連中に見せつけてやるのもいいだろう。
教室の後ろの方、ひときわキャーキャー声が響いている。
満月の陽キャ女子グループだ。
前のことで懲りたので、あの辺には近寄らないようにしてるんだけど、なに、今日は違うぞ。怖れる必要は無い。オレには長ランの加護がある。力がみなぎっている。
「勇希、おはよう」
満月が声をかけてきた。
「おはよう、満月」
オレも、余裕を見せて言う。
フッ、
相手はたかが女子だ。この長ランのヒーローの前に、何ほどでもない。
「ねえねえ、今、みんなで勇希のユニフォーム姿観てたのよ」
ユニフォーム?長ランか?
満月、スッとオレの前に立って、手にしたスマホをオレに見せる。ドームで送ったオレの野球のユニホーム姿。
うぐ。
満月、やっぱり背が高いな(満月は身長173)
思いっきり見下ろされる。いつもの事だけど。
長身てだけじゃない、ダイナマイトな存在感。
だが、今のオレには、身長差なんて関係ないぞ。
ダイナマイトだってなんだって、オレはびくともしないからな。
「勇希のユニフォーム姿、すごく好評。みんなも欲しいんだって。あげちゃってもいい?」
「え? ど、どうぞ」
満月は、勝手に人の画像を配ったりはしないらしい。なんだかんだ良識があるんだな。
オレの画像を受け取った女子たち。
「きゃー、うれしい!」
「待ち受けにするね!」
「かっこいい!野球部入ればいいのに」
歓声が上がる。
ま、応援してくれるんだ。これはこれでいい。応援してくれる人を大切にするのがアスリートの基本だ。今は運動部やってないとはいえ。オレは礼儀正しいんだ。
「私の画像、見てくれてる?」
「う、うん」
ドームでもらった、真っ赤なビキニの画像。満月のダイナマイトボディ。圧倒的で溌剌とした生命力。それはそれですごく尊い。アングルも完璧だし。元気をつけるのに、ちょっと見ちゃうな。
「えー、ありがと」
満月は、オレから目を離さない。
「もっと送ろうか?」
「え? ええ?」
「あ、そうだ。動画送ろっか。私の動画。勇希は、女子と動画の交換とかするの?」
「女子の動画の交換? う、うん」
オレはつい答えた。
何しろ昨日、病院で蘭鳳院たちと動画交換したばかりだ。
満月の目が光り、声のトーンが上がる。
「え! そういう相手いるんだ!」
うわっ。
なんかまずい展開だなあ。まあ、悪いことをしたわけじゃないんだし。オレは正直に、昨日蘭鳳院と病院にお見舞いに行って、ひぐらしかなえに、動画プレゼントしたことを話した。蘭鳳院と動画交換した事は、なんとなく言えなかった。言わないほうがいいような。
あの蘭鳳院の新体操動画、もう30回も再生しちゃった。なんでだろう? もっともらえないかな……
「ふーん、勇希、かなえのお見舞いに行ってくれたんだ。優しいのね。きっと元気になるよ、私も何度かお見舞いに行ってるけど。ずっとふさぎこんじゃってて、最近、やっと快方して笑顔見えるようになってきたとこだったから」
そうか。満月も、蘭鳳院と中学時代からの親友仲良しなんだから、ひぐらしかなえのことも知ってたんだ。
まぁ、元気を与えるなら、おまえのダイナマイトパフォーマンスのほうがいいと思うけどな。満月も、病気の友達の心配したりお見舞いに行ってるんだから、まあ、いいやつなんだな。
しかし、ここで終わる満月ではない。
「ねぇ、じゃあ、私とも動画交換しようよ。私も勇希の野球の動画欲しいな」
そらきた。
やれやれ。まあ、いいか。もう画像交換したし、蘭鳳院とも動画交換しちゃったわけだし。
「いいよ。じゃあ、かなえさんに送ったのと同じのを送るね」
オレは、スマホを取り出して、満月に動画送信する。
「いいな! 私も!」
「私も!」
「欲しい! スポーツヒーローの動画!」
陽キャ女子たちから声が上がる。
結局、オレはみんなとメアド動画交換することになる。
なんだか、女子たちの輪にどんどん引っ張り込まれているな。
これも試練なのか。女子たちの動画もらって、特に困る事は無いけど……
満月が、ニヤリとして、
「動画ありがとう。私も送るけど、どんなのがいいの?」
「え?」
「やっぱり、1番の自信作がいいよね」
うぎゅ、
満月の1番の自信作動画? いかにもヤバそうだな。
それってきっとSNSにあげられないような、高校生の本分を完全に逸脱したなにかか?
満月のことだ!
そういや、一昨日、蘭鳳院が誤送信だと言って、裸の画像送ってきやがった。満月なら誤送信じゃなくて、堂々と送ってきそうだ。
ダイナマイトボディの完全版。究極の爆発力。健康美溌剌美ダイナマイト美が全開炸裂!
オレは軽く震えた。
女子の裸なんか、そんなんで、別にオレがそれで動じるってことはありえないんだけど。えーと、オレは男のヒーロー……なんだよね。男の中の男。男の坂道を上っている最中の。それでそういうのをもらって喜んでるとか、そんなふうにみんなに思われるのは……なんというか……別に、人の思惑なんてどうでもいいんだけど、やっぱり……おかしくないか? まずくないか?
ヒーローは孤高なんだぜ。
「ねえねえ、どんな動画がいい?」
スマホを片手に、オレを上から見下ろす満月。
うん?
なんだか追い込まれてない? またまた。これじゃ毎度のパターン。今日のオレ、いつもとは……違うんだぞ!
いでよ、長ランのパワー!
「ちょっと妃奈子」
声をかけてきたのは、委員長剣華優希。
「一文字君は、純粋で真面目なんだから、変にからかったりしないでね」
女子たちに捕まって、冷や汗をかいているオレを見て、心配して見に来てくれたらしい。
「はーい、もちろん」
満月が、オレにウィンクする。
「高校生だもん。健全なのしか送らないからね。勇希、がっかりするかもしれないけど」
よく言うぜ。絶対やばいの送り付けてくるつもりだったに違いない。
ともかく剣華に救われた。
剣華、オレを見て、にっこりする。この暴力委員長、やっぱりオレの保護者を気取ってやがるな。
長ランの力を身に付けたオレに、委員長の助けなんて必要ないんだけど。
満月と、陽キャ女子たちから、動画が送られてきた。
満月のは、圧巻なテニスパフォーマンス。うむ。画像もすごかったけど、やっぱり動画は迫力が違うな。
なにはともあれ健全な範囲だ。圧倒的な躍動感、全力エネルギー美には見とれちゃうけど、調子に乗りそうだから言わないでおく。他の女子たちも、普通の部活とかので、健全な内容。可愛い女子たち。問題なし。
送られてきた画像動画をチェックする。
あっ!
オレの目が点になる。
なんだ、こりゃ。この画像は。
湯煙の中の白い肌、女子の裸身。
蘭鳳院だ!
球場で送られてきたやつだ! 慌てて削除したんだけど、焦ってたから、したつもりで削除できてなかったんだ!
うわああああっ!
オレ、こっそり女子の裸画像を隠し持っていた男?
いや、それ以前に……
満月、剣華が、一緒にオレのスマホを覗き込んでいる!
二人とも息をのんでいるのがわかる。
オレは慌ててスマホを隠す。
画像が蘭鳳院だとは、バレなかったようだ。なんでオレが、蘭鳳院の裸だとバレるの心配しなきゃいけないんだ? そもそもオレは何も悪くない。誤送信してきたのは蘭鳳院だし、オレはただ削除処理を間違っただけで。
剣華の顔が引き攣っている。
「ま、まあ、一文字君も男子だから……こういうのもってて、当然だよね……」
満月の目がランランとして、
「やっぱりこういうの欲しいんだ。送ってあげようか?」
迫られる。
なんかやばい……そろそろ引き際!
「あの、そろそろホームルーム始まるから!」
オレは逃げ出した。
隣の蘭鳳院麗奈。こっちで起きていることなんて、てんで意に介していないお澄まし顔。
おい、蘭鳳院、おまえのせいなんだぞ。わかってるのか。
おまえがあんな画像送ってきたりするから。
このお澄まし顔のお嬢様め!
おまえが1番過激なんだぞ!




