第87話 隣の子は特別な少女
朝の学園。
今日は、力が入るなあ。
フッ、
オレは、天下へ決意覚悟を布告する男。堂々、背中で語る男。
一切の迷いなし。怯みなし。臆する心、なし。
もう後戻りはできぬのだ。
春の風が心地良い。
全てがキラキラしている。
朝の教室に入る。
長ランで入れないのが、本当に残念だ。
嬢ちゃん坊ちゃんども、オレの長ランを見たら、いったいどんな顔しやがるだろうか。
ま、このクラスのことは、委員長剣華に任せてあるわけだし、オレは静かにしていよう。男たるもの、動かざる時間も大事。
しかし、みんな無邪気だなぁ。女子も男子もワイワイキャッキャして。目の前のヒーローの凄み、まだあまり感じてないようだ。ま、これからだ。
◇
蘭鳳院。席についている。
オレは、悠々と隣に座る。
「おはよう」
蘭鳳院が言った。ちゃんとこっちを見て。相変わらずのお澄まし顔。そっけない言い方だけど。
うむ。なかなかできるようになってきたじゃないか、お嬢さん。
オレは、軽く蘭鳳院の方を向いて、
「蘭鳳院、おはよう」
威厳を示す。
スポーツバックの中の長ランが力を与えてくれる。今日のオレは、違うのだ。
朝の挨拶を交わしたオレたち。成長しているのを感じる。蘭鳳院は、すぐ前を向いた。
蘭鳳院の横顔。いつもと変わりないけど。
そうだ、蘭鳳院、昨日病院から出る時、オレのことを最高とか言ってたな。
オレは最高。
うむ。そうだ。わかってきたじゃないか。お澄まし顔のお嬢さん。
最高、か。
頂点。てっぺん。いい響きだ。
天下無双。
背中に入れる刺繍文字。そういうのでもいいな。
志は、高く持たねばならぬ。
目指すは頂点。
男の坂道を上りきった先に見える世界なんだ。
まあ、蘭鳳院よ、お前のようなお嬢さんには、到底想像もつかない世界であろう。
最高……か。オレが最高……
蘭鳳院よ、おまえにはそう見えるだろうけど、オレはまだまだ最高とは言えぬな。
今は、まだ、頂点、てっぺんに向かう途中の坂道。これからまだまだ試練があるだろう。
そこを突破した時こそ、オレは真の頂点に立つ。誰でも目指せる道でもない。誰もが目指さなくても、もちろん良い。
これまで幾多の試練を潜って、オレは確実に強くなった。おまえも認めるようにな。
そして、これから、
「ねえ」
オレの視線に気づいた、蘭鳳院がこっちを向く。
ん?
オレは、男の未来についてずっと考えてたんだけど、蘭鳳院をじっと見ていたことになる?
「気になるんだ、やっぱり。勇希も、男子だもんね」
蘭鳳院が、オレを見つめる。
気になる? 男子? 男子が気にすること?
最高とかてっぺんとか、頂点とか? そりゃ気になるぜ。なんたって、それが全てだからな。
男の全て。
そこが、真に自分を懸けられるもの。
男の坂道のその上にあるもの、先にあるもの。それを掴む為なら、オレは何だってやってやるんだ。わかるか? わからないだろう。おまえには。女子だからな。
フッ、
でも、いいんだぜ、お嬢さん。オレは男の中の男。最後の硬派。女子にわかってくれとは言わない。ただこのヒーローとわずかでも道が交わったことで、お嬢さん、あなたの心に何か1つでも響くものを残せたら、それでいいんだ。お前はオレの目の前に一瞬舞う花びら。ただそれだけの関係。それでもこのヒーローの熱い心、届けずにはいられないんだ。ヒーローとはそういうものなんだ。
「スカートの丈、短すぎると、勇希でも、ずっと気になっちゃうんだね。女子お断りとか関係なく」
え?
「昨日、私のスカートが短いのが気になって、追い回してたんでしょ? びっくりしちゃった」
あれ?
昨日?
そうだ、昨日、蘭鳳院の夜の約束が気になって、そしたら蘭鳳院が、あの服で現れて……その後、病院にお見舞いに行ってすっかり忘れてたけど。
スカートが短いのが気になって追い回していた?
そういう話になってたんだっけ?
「大丈夫だからね」
蘭鳳院が、ふっと笑った。
「ああいうの履く時、女子は必ず下にスパッツ履いてるから。知らなかった? これで安心した? それとも期待してたの?」
期待?
そんな、まさか。
「あ、そういえば」
蘭鳳院が、真顔に戻ってオレを見つめる。
「昨日、私のことを特別って言ってたじゃない? あれ、どういうことなの?」
「特別?」
「ほら、病院から出る時、言ってたよ。すごく真剣な顔してた」
そういえば、そんなこと言ったな。
なんでそんなこと言ったんだろう。オレも……よくわからないんだ。ただその、つい口から出ちゃった。
「えーと……」
オレはまごついた。
「ほら、蘭鳳院、オレの隣の席じゃない。だから」
「え?」
蘭鳳院は、きょとんとする。
「じゃあ、隣の席の女子だから特別なんだ。そういうことだったんだ。わかったわ」
蘭鳳院は前を向く。
いつものお澄まし顔。
そうだ、蘭鳳院。昨日お前はオレのこと最高って言ったじゃないか。あれはどういう意味だったんだ? 説明しろよ。そう思ったけど、オレは言えなかった。




