第86 話 男は背中で語れ!
長ラン、実にいとおしい。オレはいろんなポーズを決めたり、ボタンをはめたり外したりして、また陶然となる。
昨日までのオレとは違う。
黒の長ラン。
そうだ。閃いた。
長ランの大きな背中。ここに、でっかく刺繍文字を入れるってのはどうだろう。
うむ。名案だ。オレの存在を、ヒーローの存在を、天下に知らしめる、でっかい刺繍文字。
そうだ。それだ。それしかない。そうしよう。
刺繍文字。ヒーローであるオレが背に負う天下御免の狼煙。
男の坂道を上るオレが、共に歩む言葉。
フッ、
そう。そうよ。
男とは、背中で語るんだ。何も言わずとも、背中が語ってくれるんだ。それがヒーローなんだ。
で、どうしよう。背中に入れる刺繍文字。何を入れればいいだろう。
男。
ただ、でっかく男。
長ランの背中にでっかく“男“
うむ。いい。
男というのは、無駄口を叩かぬからな。
長ランの背中の“男“
こいつを見せてやれば、女子どもも、なにも言わなくなるだろう。いえなくなるのだ。見せないけど。校則とかあるから……
男。
うむ。待てよ。
“男”もいいが、“男気”っていうのもどうだ?
男気。いいな。こっちの方が、より、気分が上がりそうな。
そうだ、“男意気”ってのもいいな。
“男意気” なんだか力がありそうだ。
いや、むしろ、“男御免”
これは強烈だね。女子どもに思い知らせるためにも。
あ、女子どもには見せないんだっけ。何しろ委員長がいるからな。委員長に目をつけられたら大変だ。殴られるのは、もう嫌だ。
ヒーローたるもの、不要なトラブルは避けなきゃ。
これは、オレの心の、天下への布告なんだ。
男。男気。男意気。男御免……
それから、それから、
いろんな言葉がぐるぐるする。
男の中の男に一番ふさわしいのって……
うーん、なんだろう。なかなか決められないなぁ……
男に二言は無い。いちど決めたらそれを守らなきゃならぬ。何があろうともだ。だから、すごくこれが大事なんだ。一張羅の長ランに、ただひとつの言葉。背中で語る言葉。男の決意。男の覚悟。
やっぱり、シンプルに“男”がいいかなあ。
頭の中の考え、あっちに行ったりこっちに来たり。
こういうとき、どうすればいいんだ。女子どもに相談してみるか? あいつら、なかなか頭いいからなあ。勉強でもお世話になっているし。
いや、だめだ。何考えてるんだ、オレ。
女子どもに相談なんて、論外だ。絶対にしてはならぬ。これは、オレが一人で決めねばならぬ。
それが男だ。
ヒーローとは孤独だ。孤高の道を歩むのだ。
結局、散々あれこれあれこれ考えた挙句、何も決められず、でもそのまま眠ってしまった。
いや、何も決めなかったわけではない。いろいろスマホで調べて、刺繍文字を入れてもらう店は見つけた。いくら委員長に、刺繍の指導をしてもらったからって、自分でやるのは論外だ。こういうのは、ちゃんと専門の店に頼まなきゃ。
学校の帰りに寄って行こう。それまでに、どんな言葉を入れるか考えるんだ。
オレは、買ったばかりの長ランを、大切に通学用のスポーツバックにしまうと、登校する。




