第84 話 君は特別 最高の瞬間
「さ、行こ」
蘭鳳院が、オレの手を引く。
オレと蘭鳳院は、かなえと越野に別れの挨拶をして、病室を出る。
「ありがとう、麗奈。ありがとう、一文字君。来てくれて、本当に嬉しかった」
かなえの声を、後に。
越野も、
「麗奈さん、一文字君、ありがとう」
本当に、爽やかな笑顔で。
「気をきかせなきゃ」
と、蘭鳳院、しんとした病院の廊下で。
「え?」
「気づかなかったの? あの2人、恋人同士なのよ」
「あの2人……」
「かなえと越野君よ」
「そうなんだ」
テニス王子と病室の少女。
確かに、かなえが越野をみる目線は。
「私たち、中学の時から同学年で仲良しだったの。越野君と、かなえは、中学時代からの恋人で」
蘭鳳院が言う。
「でも、去年、中学3年生の時、かなえが難病になって。一緒に行こうねって言ってた高校にもいけなくなって。それですっかりふさぎこんじゃって。一時は、だれも寄せ付けなかったの。越野君の、かなえへの気持ちは変わらなかったんだけど、かなえは、同情や体面じゃないかと思って、受け入れられなかった。会おうとしなかったの」
「同情や体面?」
「ほら、彼女が病気になったから、同情してるとか、見捨てたらみっともないと思われるとか、そういうの気にして、自分に会いに来てくれるんじゃないかと。それで、越野君のこと拒否していたの」
「そうなんだ」
「越野君も悩んで、私に相談して、私も、かなえに会いに行って、何度も話して。やっと、かなえも、越野君の気持ちを受け入れられるようになったの。病気も良くなってきて、このままいけば、来年には高校に行けるんじゃないかって」
越野、いいやつだな。オレはひと目見た時から、越野は立派な男だと思っていたんだ。
うむ。オレの目は確かだ。
蘭鳳院も、なんだかんだ、いい奴だ。
なにしろ、このヒーローであるオレと、毎日机を並べてるんだ。オレに、感化されてるんだ。当然だ。
「ねえ」
蘭鳳院が言った。
「私にも、勇希の投球の動画くれない?」
「え? いいよ。小さなオレの動画でよければ」
「小さくないよ。勇希は、すっごく大きいよ」
蘭鳳院、悪戯っぽく笑う。
オレはスマホを取り出す。
「送るね」
「ありがとう」
蘭鳳院、自分のスマホを見ながら、
「私の、新体操の動画も送ろうか」
ズキュッ!
うぐっ
どうしても欲しかった……
それが……
「ください」
「送るから」
オレのスマホに、蘭鳳院の、華麗な……
食い入るように、送られてきた動画を見つめる。
オレは、ビリビリする。いつでも、ずっと見てられる。
オレと蘭鳳院のつながり。また、ひとつ。
これって大きなつながりなのかな。それとも、何の気もなく、蘭鳳院はくれたのかな。
どっちにしても。
蘭鳳院の完璧な演技。息を呑む美しい姿。それがずっとオレの手の中に。
◇
オレたちは、病院を出る。すっかり外は夜。真っ暗。
蘭鳳院が、自分の服を見て、
「これすごく素敵だけど、やっぱりちょっと恥ずかしいかな。けっこう見られちゃうし。特別な時に、着ようかな」
春の夜、蘭鳳院の白い肌が、浮き上がっている。
「そんなことないよ」
オレは言った。
「特別な時だけ、なんてないよ」
「え」
蘭鳳院の瞳、オレに向けられて。
「蘭鳳院、君はいつも特別だから。ずっと特別。いつだって。これからずっと、ずっと、君がいるときは、特別なんだ。君は、特別なんだ」
蘭鳳院大きく目を見開く。
そして、笑顔に。すごく優しく、自然で温かい笑顔。キラキラとして。
「勇希、あなたって本当に」
蘭鳳院が言う。
「ほんとに純粋ね。そしてほんとに最高ね。私の。きっと誰にとっても」
春の夜風の中響く蘭鳳院の声が、幾重もオレの中でこだまする。
最高?
オレが?
蘭鳳院の最高? オレが最高になったの?
なんだ、これは。とうとうきたんだ。最高。それはつまりその上に何もないってことで。オレが蘭鳳院の最高になったんだ。他に、オレと並べるやつはいないんだ。
なに? なにが起きてる?
体が熱くなる。体中の血が沸騰する。
おい、聞こえたか。
最高だぞ!
なにが起きてるかわかってるのか!
オレはエベレスト!
その上に何もなく。
オレは虹の赤!
その外に何もなく。
オレはライオン!
その強さに誰も敵わず。
オレはダイヤモンド!
その輝きに、誰もが翳に。
世界中の鐘を鳴らせ爆竹を鳴らせ! 火をつけろ! ぶっとばせ!
オレは蘭鳳院の最高、オレは最高なんだ!!
( 第10章 王子の恋 了 )
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