第82話 王子と姫
オレたちは、病室に入った。
ショッピングモールからすぐ近くに、病院はあった。歩いて来れた。すぐ目の前だった。
オレは黙って蘭鳳院と越野についてきた。もう、なにがなんだか、わからなくて。
蘭鳳院と越野もずっと黙って。病院の受付で、蘭鳳院が、手短に何かを言う。オレたちは、病棟の5階へ。蘭鳳院と越野、迷わず病室へ。何度も来たことがあるんだな。
病室のネームプレート。
ひぐらし かなえ
トントンと、蘭鳳院がノックする。はい、と返事が。私よ、と言って蘭鳳院がドアを開ける。オレたちは中へ入った。
ゆったりとした病室だった。
個室。
ベッド。テレビ。クローゼット。棚には本がいっぱい。あまり病院らしくない。質素な、こざっぱりした女の子の部屋。そんな感じ。
窓は、カーテンがしっかり開けてあって、宵闇に、街の光が浮き上がっている。
ひぐらしかなえ
オレたちを見て、ベッドから身を起こす。
病身らしく、青白い顔の少女。オレたちと同じくらいの年頃か。
パジャマの下の、痩せた身体。細い背中に届く長い髪は、さっぱりと束ねている。やつれの見える顔立ちに瞳が強く光っている。印象的な瞳。
オレたちをしっかり見ている。
「来てくれたんだ」
かなえが言う。瞳に安堵の色。
「元気?」
と、蘭鳳院。笑顔で。
「もう、麗奈、人が悪いんだから。ちゃんと知らせてよ。いきなり来たら、びっくりするじゃない」
かなえが微笑む。折れそうな体で。声はしっかりしている。
「驚かそうと思ったのよ」
蘭鳳院が、悪戯っぽく笑う。
「退屈してるんでしょう」
かなえはちょっと口をとがらせた。
「だから、せっかくお見舞いに来てくれるなら、連絡してくれって言ってるでしょう。メール1つもらえれば、ずっと楽しみにしていられるのに。」
「楽しみ? かなえ、あなたは、これから、もっと楽しめるよ」
蘭鳳院の笑顔。すごく優しくて。
かなえの頬が、うっすら染まる。
かなえ、オレたちを見て、
「越野君、来てくれて、いつも本当にありがとう。うれしい……本当に、本当に、元気になれる」
かなえは、体をかすかに震わせる。
越野は、本当に温かい眼差し、そして声で、
「君から元気をもらっているのは僕だよ。かなえのおかげで、いつも僕は元気になれる」
「嘘」
かなえは、うつむく。頬を、赤く染めて。
「本当さ」
越野がいう。しっかりした、心の底に響く声だ。
「本当?」
「本当だよ」
「ほんとに、ほんと?」
「絶対に、本当」
かなえ、うつむいたまま。肩が震えている。
しばしの沈黙。
やがて、かなえが、顔を上げオレを見る。
「ええと、こちらは……」
「一文字勇希よ」
蘭鳳院が紹介する。
かなえの顔が、パッと明るくなった。
「一文字君! 来てくれたんですか! 名前は聞いています。会いたかったです!」
「今日ここに来る時、たまたま一緒になって。誘ったら来てくれたの」
蘭鳳院が言う。
「そうなんだ。すごく嬉しい。学校の人気者なんだよね。来てもらっちゃっていいの?」
かなえは、オレをまじまじと見つめる。
「全然大丈夫だよ」
オレは言った。学校の人気者?蘭鳳院め、一体どんな説明したんだ?
とは言え、目の前の病室の少女の強い瞳に応えなきゃ。
「オレも、かなえさんに会えてよかったです」
「うわー」
かなえ、また、うつむく。
「ありがとう。私、みんなに、みんなに、こんなによくしてもらってるのに、迷惑かけてばかりで……」
「そんなことないよ」
越野の力強い声。越野が、かなえの手を取る。
かなえも目を上げて、越野と見つめ合う。
越野、微塵もゆるぎなく、かなえを見つめる。
堂々として、気品があって。
コート上のライオン。ここでもライオンだ。病室でも、威厳があって、高貴な王子。
手を取り合っている、かなえと越野。オレと蘭鳳院は、じっと二人を見つめる。
王子と姫。そんな絵だ。




