第72話 クッキーで背は伸びるの?
ドーム球場へ、オレたちはみんな学園から来たので、晩飯はまだ。
野球観戦しながら、せっせと食べる。
オレは、球場内で買った唐揚げ弁当と、焼きそばパンと、クリームパンとホットドッグをモリモリ食べ、一息つく。
でっかいポップコーンの袋を開ける。
「みんなどう? よかったら食べて」
「わーい、いっただきまーす!」
満月、ポップコーンを1つかみ取り、すぐ頬張る。
弁当も相当食べてたけど。満月、あのダイナマイトボディでいつもエネルギッシュだからな。消費カロリーも高いんだ。
ま、よく食べて、元気によく動くのはいいことだ。
「いただきます」
と、奥菜。
「ありがとう」
剣華も手を伸ばす。
この2人も元気いっぱいに食べている。気持ちいいよね。
ん?
オレの左隣の蘭鳳院。ずっと、お澄まし顔で、試合を見ている。
ポップコーンには手を出さない。
そうか。新体操だから、減量があるんだな。
確か、蘭鳳院、売店で買ったおにぎりを2つぐらい食べてただけだったかな。
「蘭鳳院」
「ん?」
「ごめん、気がつかなくて」
「なにが?」
「ほら、減量で大変な思いしてるのに、隣でばくばく食べちゃって、気になったでしょ」
「なんだ」
蘭鳳院は、髪を撫でた。艶やかな黒髪が、さらさらと。
「全然気にならないよ。慣れてるから」
「そうなんだ」
「うん。減量も、新体操も、好きでやってるんだもん。新体操部以外の子と一緒にご飯も食べたりするし。気にしないで。勇希が、いっぱい食べてるの見ると、私も、ほんとに元気になるから」
「よかった」
「勇希ってホントよく食べるね」
「うん……体を大きくしたいし」
ヒーローだからな。小柄なヒーローでも別にいいんだろうけど。
「そうなんだ。きっとどんどん大きくなるよ。あれ?」
蘭鳳院が、オレの頭に、手を載せる。
「あ、大きくなってるね。前より」
蘭鳳院はふふっと笑う。オレはムッとする。
「まさか。ふざけないでよ。会ってから、まだ1ヵ月も経ってないよ。それに、頭に手乗せただけで、わからないよ」
「ほんとだよ。背、伸びてるよ」
蘭鳳院、お澄まし顔でおふざけ。
座って頭触っただけで、背が伸びてるとか、わかるわけないだろう。
いったい、どういう子なんだろう。
オレはまたカッカしてくる。
「どれ〜、私もっ!」
満月も、オレの頭に手を乗せる。撫ぜ撫ぜする。
長身女子2人に頭を撫ぜられて。
「あ、ほんとだ、勇希、背が伸びてる。さっすが男子ね」
満月め。
ふざけてやがるな。
「どんどん伸びるよ」
剣華もいう。
「男子だから、伸びるの早いよね。すぐ、私たちを追い抜くよ」
男子だから伸びるの早い……
オレは……
身長170女子軍団を、オレは追い抜けそうにない。別に追い抜けなくてもいい。気にしてない。
大きくなりたいとは思っているけど。伸びなきゃ伸びないでいい。
だけど……
蘭鳳院。
この前の雨の日、背が高いから、自分が傘をさすと言った。
長身テニス王子越野を見上げて、うれしそうにしていた。
やっぱり……背が高いほうがいいのかな。
「私は、今のままの一文字君も素敵だと思います」
奥菜が、かわいいえくぼを見せて言う。
ありがとう、結理ちゃん。
◇
試合は7回。いよいよ終盤だ。
「ねぇ、私、みんなにクッキー焼いてきたの」
剣華が袋を取り出す。
「わーい」
オレ、満月、奥菜が手を出す。
オレ、一つほおばる。うーむ。バターの風味がたっぷり。さすが委員長。ぬかりないな。オレがクラスを任せただけの事はある。
「おいしーい!」
みんな、口々に。
隣の蘭鳳院。
剣華のクッキーを食べて幸せに浸っているオレを見て、
「せっかく優希が作ってきてくれたんだから、私も1つもらおうかな」
手を伸ばす。
剣華、にっこりして、
「麗奈が食べてくれるなんて、嬉しい。はい、どうぞ」
袋ごと差し出す。
蘭鳳院は、優雅な仕草でバタークッキーを1つ取り出し、見つめ、
「やっぱり、1つだと多いかな」
クッキーを2つに割る。そしてオレの方を見る。
え?
オレにくれるんだ。
もちろんいただきます。
あ、ひょっとして、これ……
はい、あーんして、の3回戦目?
今度こそ、いっちゃっていいの?
オレの胸は、またまた高鳴る。
蘭鳳院の手にしているクッキー。
迷わず……行くべき?
でも、みんなが見てるし……
そんなことも考えるな! 別にいいじゃないか!
蘭鳳院が、いいって言ってるんだ。オレは、どうもぐずぐずしちゃう。これがいけない。
「みんな、食べないの? じゃぁ、もらっちゃいまーす」
満月が、口をあーんして、クッキーの方へ。
蘭鳳院が、半分に割ったクッキーを、満月の口に。
「うーん、おいしい!」
満月、幸せそう。
蘭鳳院、手にした、もう半分のクッキーを見て、
「これでもちょっと多いかな」
また半分に割る。
そして、その小さなかけらを、
「勇希、食べなよ」
オレに差し出す。オレは手のひらで、受け取る。その小さなかけら、大事に口に入れる。
「ありがとう。おいしい。すごくおいしいよ」
「みんな大げさすぎるんだから」
剣華は、少し赤くなっている。
委員長のクッキーを食べた奥菜の方がもっと赤くなってるけど。
「勇希は、麗奈の手からもらったのが、嬉しいのよ」
満月が、ニヤリとする。
オレの顔、熱くなる。
きっと赤くなっているだろう。誰が1番赤くなっているのか、それはわからないけれど。
蘭鳳院、クッキーの小さなかけらを口に入れると、剣華に笑顔を向ける。
自然で、とても美しい笑顔。




