第70話 ニホンオオカミはハーレムをつくらない
「あ、いた」
蘭鳳院が言った。
ドーム球場の入り口前。遅い時間だけど、今から入る観客も多い。
ん?
オレも見る。
こっちに手を振っている、華やかな女子集団。
あれ? あれって?
蘭鳳院も手を振り返す。
「待ってたんだ。みんな揃って先に入ってて、よかったのに。」
ドーム球場の入り口でオレと蘭鳳院を待っていたのは、3人の女子。
剣華、満月、奥菜。
なんだ、いったい。
どうしてここに?
蘭鳳院が、オレを見て、
「野球観戦の話したら、みんなも来たいって言うから、誘ったの。勇希をびっくりさせようと思って、言わなかったんだけどね。サプライズよ」
悪戯っぽく笑う。
オレはがっくりと力が抜けた。
なんだか、もう……
オレと蘭鳳院2人だけの “デート” じゃなくて、みんなで……
そうなんだ。
びっくりした、どころじゃなくて。
オレがここに来るまでの……は、なんだったんだ!?
どんだけ! 頭に血が上ったり下がったり、心臓が何回転したことか。どうなるかと思ったぞ。
だいたい、女子が男子を2人でお出かけに誘ったら誰だってそういう “デート” だと思うだろ。
なにがサプライズだ。これも蘭鳳院のおちょくりか? オレは、蘭鳳院を睨むが、お澄まし顔は変わらない。
ま、まぁ、でも、助かった。
みんなで野球観戦。
その、楽しく野球観戦する。高校生らしく、お行儀よく。そして野球観戦が終わったら、みんなでバイバイ。それ以上のことにはならない。なるわけない。
このあと、どこかに引っ張りこまれるとか、そんなこと全く心配しなくていいんだ。
迫られるだとか誘われるだとか保健体育の課外授業だとか。
ハハハ。
蘭鳳院は、最初からオレとデートしようとか全く考えてなかったんだ。
オレに、何か……気があるなら、2人で来るはずだ。2人になれるチャンスを逃すはずがない。そうしないって事は、つまり蘭鳳院は、オレのことを単なる隣の席のクラスメイトという以上に、何も思ってない。そういうことだ。
それで全然オーケーなんだけど。
いや、そうであって欲しかったんだ。
でも、2人のデートと思わせておいて、みんなで。悪質なおちょくりだな。何が何でもオレを振り回すつもりか。
蘭鳳院め。
なんだか、無性に腹が立ってきた。けれど、
まあ、いいや。
なにはともあれ、今日は平和に楽しく……できそうだ。
オレが望んでいたこと。
めでたし、めでたしだ。
◇
3人の女子と合流。これで女子4人とオレの、5人になった。
3人の女子。剣華、満月、奥菜。
みんな私服だ。もちろんみんなの私服見るの初めて。
オレは、女子たちのコーデ、まじまじと見つめる。
奥菜結理。白いブラウスにピンクのケープ、ベージュに花柄の膝下スカート。
かわいい系のお手本みたいだな。オレに見つめられて、かわいいえくぼを見せて、真っ赤になっている。いつものセーラー服の時より、お嬢様感が出ている。ボクシングをやってる子だとは、誰も思わないだろう。怖いパンチ持ってるんだけど。
満月妃奈子。黒いノースリーブのシャツに、健康的な小麦色の腕が透けて見える白い薄地のニット。ブラウンのハーフパンツ。
はち切れそうなダイナマイトボディは隠さないが、まずまず、落ち着いた雰囲気で。オレはほっとした。やっぱり良識があるんだな。まぁ、油断はできない。何せ満月だからな。
剣華優希。ストライプのブラウスに赤いフリルのスカート。グリーンのカーディガンを、肩にかけている。
なんと、かわいい系できた! 絶対、委員長の私服って、かっこいい系だと思ったんだけど。かわいい系も似合うな。このコーデなら、暴力は振るえないだろう。うむ。すばらしい。
いきなりのみんなの、私服ショーに、オレは、少しドギマギした。
別に女子のファッションショーに、オレがドギマギする事はないんだけど。
◇
剣華がいう。
「私と妃奈子、今着いたところなの。結理も、ちょっと先に来ていて。さっき麗奈からもうすぐ着くってメールきたから、入らないで待ってたの」
そういえば、蘭鳳院、電車の中でメールしてたな。
満月が後を引き取る。
「せっかく今日は、エスコート役の男子がいるんだから。勇希のエスコートで入りたいよね」
オレにウィンクする。
「勇希、今日、私たちが来るの知らなかったんだっけ? 残念だった? 麗奈と2人きりじゃなくて。デート気分だった? 何なら、別行動にする?」
「とんでもない」
オレは、ようやく冷静さを取り戻していた。おしゃれした女子たちに取り囲まれて、少しドギマギはしてたけど。
「蘭鳳院がみんなを誘ってくれてよかったよ。ありがとう。野球に興味を持ってくれて、本当に嬉しい。オレは小学生の時から野球一筋だったんだぜ。大勢で見たほうが絶対楽しいから。あれこれ考えずに、野球を楽しんでね」
「今日はよろしくお願いします」
奥菜が、可愛くお辞儀をする。
よし、ここからは球場だ。オレの世界だ。女子どもをオレが堂々エスコートしてやるんだ。もう危険は去ったからな。
危険?
そもそも、野球観戦するだけなのに、危険があるほうがおかしいんだけど。
「さぁ、いこう」
女子の一団を、案内する。
しかし、目立つな。今じゃ、女子の野球観戦も普通とは言え。周囲の視線を集めている。
「華やかですねー。あれが話題の野球女子ですか?」
「そうですね。最近増えてますね」
「WBC以来。メジャーリーグヒーローの活躍もありますしね」
「野球女子の中に、男子が混じってますね。学ランの高校生ですか」
「かわいい男の子。ハーレムってやつですかね」
「ハーレム……なんだか、女子たちがみんなで可愛い男の子を共有してるように見えますね」
「最近の女子は強いですからねぇ」
なんだかいろいろ周りに言われている。ハーレムじゃないよ。オレは最後の硬派だぞ。ニホンオオカミはハーレムを作らない。
オレたちはドームの中に入った。
歓声と熱狂の渦の中に。




