第69話 隣の美少女と初めての……準備が
2人での、野球観戦。
現れた蘭鳳院は私服。
蘭鳳院が言った。
「どうしたの? びっくりした?」
瞳をしっかりオレ向けて。
「あ、蘭鳳院、今日は私服なんだ」
やっとそれだけいった。
「うん。野球観戦で制服で行っていいものなの? よくわからなくて」
「別に問題ないよ。高校生とか、学校帰りだと、学ランとか、セーラー服とか、普通だよ」
「そうなんだ。着替えないほうがよかったかな」
「そんなことないよ。すごく似合ってる。綺麗だよ」
「ありがと。勇希に褒めてもらってうれしいな。頑張った甲斐あった」
蘭鳳院は、オレに、いつものお澄まし顔を一つ向けると、歩き出した。
「さ、行こ」
優雅な足取りで。オレは並んで歩く。
お澄まし顔か。せっかくの初めての私服。おしゃれ頑張ってるんだから、笑顔も見せてくれればいいのに。
◇
オレたちは、電車に乗った。
電車に乗ればドーム球場まですぐだ。電車の中、結構混雑していた。平日の夜だからな。
蘭鳳院、ドアの端に、もたれて、窓の外を眺めている。
オレはそのすぐ横に立つ。すごく距離が近い。
教室も隣の席だから、いつも距離は近いけど。なんだろう、この今の距離の近さ。
蘭鳳院、目立つな。
コバルトブルーのチュニック、混雑した中で、見栄えがする。
服よりも、映える蘭鳳院の横顔。こっちを見ている人もいる。注目されて当然。こういうのに、蘭鳳院、慣れてるんだろうな。見られるのに。
お澄まし顔の美少女。
電車の中でも、夜の春の空気、春のイルミネーションの光を、漂わせている。
今のところ、蘭鳳院にリードされちゃってるな。
オレがエスコートする役なのに。
女子のエスコートなんて、初めてだから。ちょっと感覚がつかめない。
オレたち、黙ったまま。蘭鳳院は窓の外を、オレは蘭鳳院を見つめて。
そうだ。
話題。
どうしよう。
待て。
そんなに焦る事は無い。オレが男子として女子とできる話題なんて、あんまりないんだ。球場までとっておこう。うかつにボロを出してもなんだし。
そういえば、女子との外出、これも中学以来だな。
オレだっておしゃれに興味あるし、野球部女子や、クラスの友達とみんなでワイワイお出かけもしていた。
女子とのお出かけ。
ん。待てよ。
蘭鳳院からすると、これって男子との、お出かけなんだよね。
女子と男子の……
え?
これ、
デート!?
オレは、いきなり気づいた。
なんで、今まで考えなかったんだろう?
野球のことで頭がいっぱいだったんだ。蘭鳳院が、オレのおかげで野球に興味を持ってくれた。オレのヒーローパワーにとうとう注目してくれた。それですっかり嬉しくなって。
よく考えると。
蘭鳳院は、純粋に、野球が見に行きたいのか?
野球が見たいから、オレに頼んだ?
いや。
女子が男子を誘う、その意味くらい、蘭鳳院だってわかっているはずだ。
どう考えても。
ズキュッ!
胸が……
まて、落ち着け。
最近の、蘭鳳院との急展開。どうだったっけ?
オレは、これまで、満月に買い物に付き合わされたり、奥菜と勉強会したりしてるけど、それとこれとは、違うのかな?
蘭鳳院、男振りまくってたはず。男子お断りの美少女。
それが……
オレに? そんなことあるのか?
越野だってあんなに仲良くしていても、ずっと“幼馴染”なのに?
突然、オレとなんて……
蘭鳳院、お澄ましの横顔。なにを考えているんだろう。
今日の私服、頑張ったと言っていた。頑張った?
オレの見せるために? オレのために?
目の前の蘭鳳院。コバルトブルーのチュニック。誰もが見惚れる……これ、オレのために?
オレに野球観戦に連れて行ってもらいたかったので、テニスの試合も頑張ったと言っていた。一緒に野球を見に行きたくて。
いやもしかして、野球じゃなくて、
オレとデートしたくて!
うぐぐ……
オレにこれまであれこれをしてきた、ちょっかいおちょくり悪ふざけ、それも……素直にオレを誘ったり話しかけたりできなかったから?
頭がぼーっとしてきた。これから何が起きるんだ。
「勇希、大丈夫?顔、青いよ」
蘭鳳院、こっちを見ている。
吸い込まれそうな瞳。なにを考えているのか、全くわからない。
奥菜みたいに、考えていることがすぐ顔に出る子ならいいのに。
「あ、オレ、全然大丈夫。ちょっと勉強張り切りすぎちゃって」
かなり苦しい嘘。でも蘭鳳院は、
「そっか。勉強大変なのに、今日は連れ出しちゃって、悪かったかな」
「そんな! いや、誘ってくれてありがとう。オレも、たまにはプロの試合見に行きたかったんだ」
「よかった」
蘭鳳院、また窓の外に向く。
オレはなんだかほっとした。
お澄ましの蘭鳳院。もし、本当に、オレに……なら、いったいどうなるんだろう。
アスリートだし。一旦火がついたら……いきなり……まさか!
体で!
オレの体がカーッと熱くなる。
蘭鳳院がベルトに提げてる弓矢のストラップ。あれが狙ってる獲物は、ひょっとして、オレ?
今日の蘭鳳院のお澄まし顔、なんだかいつもと違う。いつもお澄ましとはいえ、全然笑顔を見せない。クラスメイト男子と、2人で初めてのお出かけなのに。
緊張している? 2人の初デート。蘭鳳院、オレに野球観戦に連れて行ってもらって、それでどうする?
ひょっとして、野球観戦の後の綿密なプランとかあるのか?
今日、野球観戦が終わったら、どうなるんだろう? どこまでいっちゃうんだろう?
蘭鳳院がオレの手を引いて、怪しい場所へ引っ張っていく。ピンクの、ライトがついてるとことか……
そんなところに引っ張りこまれたら……
(一文字勇希は、最近急激に頭に詰め込んだ性知識で、のぼせ上がっていたのである。女子たちによる性教育指導の後、心配なので、いろいろネットで検索して、かなり歪んだ性知識を頭に詰め込んでいたのである)
◇
2人きりになる。
オレと蘭鳳院。
薄暗く、妖しいピンクの光の下で。でっかいハート型のベッドの上に、オレたち2人。
蘭鳳院、吸い込むような瞳で、オレをしっかりと見つめ、腰のベルトを外すと、チュニックの裾を持ち上げる。
「今日、野球観戦の案内してくれてありがとう。勇希のエスコート、すごくよかった。ここからは、私がエスコートするからね。この前の保健体育の課題、やっぱりちゃんと教えてあげなきゃ。実践も大事。つづきをしよう」
ぐっひゃーん!!
うわああっ!
やばいっ!
まさか……まさか……だけど……
いや……
この前の保健体育で、やけに詳しく、蘭鳳院はオレに教えてくれたけど。
ひょっとして……蘭鳳院が……のことに詳しいのは、オレと……するために?
ズキュッ!
まだ高一15歳だよ。
ダメ……
こっちは用意も準備も、何もない。準備とか、気持ちとか、絶対大事だって。
年齢のことも考えようよ。
なんてこった……
保健体育の授業。あの後、女子たちに捕まって、いろいろ教えられた。
奥菜には、
「一文字君、これからいろいろ悩んだり迷ったりすると思うけど、わからなかったら、遠慮なく相談してね。恥ずかしいことでも何でもないんだから。悩んだりわからなかったりして当然。全部、私が、教えてあげます」
満月には、
「勇希、本当に野生児だから、いったん火がついたら、一気に燃え上がっちゃうよね。純粋まっすぐなのはいいけど、強引なことをしたり、襲ったりしたらダメだからね」
剣華には、
「自分のことも、相手のことも、ちゃんと考えて、気持ちを大事にしてね。一文字君ならきっとできるよ。一文字君は強いんだから。すごく優しいんだから。きっと、素敵にすることができるからね」
うぐぐ……
どうしよう。今、女子たちに相談できないし。
相談できたって……しないよな。
オレ1人で、逃げ場のない中で、なんとかしなくちゃいけない。
オレは、男なんだし! ヒーローなんだし!
悩んで、火がついて、素敵な関係を……
そういうものなのかな。女子と男子って。
オレも、これまで彼氏はいなかったけど、男子とは普通にキャッキャしてた。
でも、こんなに追い込まれて切迫した状況になるなんて。
これが高校生なのか。高校生になると、みんなこんな感じなのか?
デートから、いきなり……とか。
いや。
オレは、もちろん、なんであれ、蘭鳳院にどう迫られても、絶対に受け入れることができない。当たり前だ。
お断りだ。
お断りするしかない。
蘭鳳院がどれだけ本気でも。
女子お断り。最後の硬派。
それでオレはやってるんだ。それでやらなきゃいけないんだ。ヒーロー宿命があるし。
でも、蘭鳳院に誘われて迫られて、お断りしたら。
蘭鳳院、プライド高そうだからな。
誘われて、迫られて。
◇
「勇希、来て」
蘭鳳院のすごく真剣な瞳。覚悟と決意。
でも、オレは、
「あの……」
「どうしたの?」
蘭鳳院の強い言葉。
「男になって」
うぎゅうううううんっ!
いや……それができないから……全てが始まってるわけで……
「ごめんなさい」
オレはうつむくしかない。
蘭鳳院は、なおも、
「私、本気なのよ」
しっかりと、まっすぐにオレを見つめて。
「それは、あの……できないんだ」
オレは言う。こういうしかないんだ。
すると、蘭鳳院、髪を撫ぜて、
「そう。私に恥をかかせるのね。勇希の意気地なし。もういいわ。私、越野君と赤ちゃんつくるから」
うわあああああっ!
それは、ダメーっ!
なんでダメなのかよくわからないけど、とにかく、ダメーっ!
イヤッ!
絶対!
どうしよう。本当に。
蘭鳳院が、“まちがい“をする、危険なことをする。それなら絶対にオレは止めなければならない。守らなければならない。
オレはヒーロー。男の坂道を上るヒーロー。
女子を守る。絶対、絶対にヒーローはそうあらねばならぬ。
でも、蘭鳳院が、オレのことを、意気地なしだ、臆病だ、弱虫だと見下してるなら、オレに、蘭鳳院を救う事はできるだろうか?
女子たちに相談できたら。
なにかいい考えが出てくるんだろうか。
◇
混雑した電車の中。
オレのすぐ近く、目の前に、コバルトブルーのチュニックに包まれた蘭鳳院のスレンダーな肢体。すごく綺麗だ。でも、もう、以前と同じ風に、見る事はできなくて。
なんだかビクビク……ぶるぶる……
ああ、なんでオレがこうなるんだ!
揺れる電車。間違いなく目的地へ向かっている。
ドーム球場へと。
そこから。なにが起きるんだ。
冷や汗が流れる。体がカッカしたり、血の気がひいたりを繰り返す。
オレは、ただ楽しく野球観戦したいと思っていただけなのに。
ガタン、ゴトン、
電車が、
ガタン、ゴトン、
オレと蘭鳳院を、いったいどこへ……?
なにが待っているんだろう。
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