第65話 幼馴染
突然知った、金持ち嬢ちゃん坊ちゃんグループの、優雅な別荘でのテニスの話。
オレは、ドギマギしながら、
「みんな、小学生の頃からの知り合いなんだ。テニスも。それで、越野君とも、息がぴったりなんだ」
「うん。幼馴染だからね」
幼馴染!!
ぐはっ!
ドキュッ!
なんだ?
危険なワードがどんどん出て飛び出てくるな。
今日はどうしたんだ。いったいなにが起きてるんだ?
一緒の別荘地。隣同士で、一緒にテニス。小さい頃から。
幼馴染。
蘭鳳院と、テニス王子。
まぁ、近所だから、家同士で付き合いがあるってだけで、それ以上……どうこうってことじゃ、ないよね?
そうだよね。
オレも小さい頃は、近所の男の子と一緒に遊んだりしてたし。親戚の男の子とも。そうだ。よくあることだ。よくあること。別に特別な、どうこうじゃない。
小さい頃一緒に遊んでた男の子と、高校まで一緒になった。それだけ。それだけだよね。
ハハハ。
姉弟じゃないし、一緒に風呂に入ってたりしてたわけじゃないだろう。
「私たち、小学生の頃は、一緒にお風呂に入ってたのよ」
出し抜けに、蘭鳳院が言う。
「え? こ、越野君と?」
「うん」
蘭鳳院のお澄まし顔。
ぐおおおおおおおんっ!!
ちょっと!
なにやってるんだよ、お嬢様!!
それはいくらなんでも。
ダメ!
ダメ!ダメ!
絶対ダメ!
行き過ぎだよ!
高校生になると、こんなに世界が変わるのか。飛躍しすぎ。
いや、高校生じゃなくて、別荘地での小学生の時の話だっけ。
いくら小学生だからって……
意識しちゃうじゃない。意識しないの?
危ないじゃないか。何かあったらどうするんだ。
そんなの、とにかく絶対ダメ!
頭がクラクラしてきた。
オレ、今、どんな顔してるんだろう。
「勇希、顔、青いよ」
蘭鳳院が少し心配そうにオレを見つめている。
「うん……いや……その……」
もう、シドロモドロだ。平静を装うなんて無理。
顔が青い? 確かに頭から血が……
「そんなにびっくりするんだ」
蘭鳳院は、あくまでも落ち着いている。
「……うん……え、あ、ちょっとびっくり……オレ、その……小さい頃から、男の子と一緒に風呂に入ったことなんてなかったから」
「え?」
「女の子とは、もちろんみんなで一緒に風呂に入ったことあるけど」
「え!」
あ。
しまったっ!
蘭鳳院、不審の目でオレを見ている。
「あの、いい間違えた! オレ、男の子とは一緒に風呂に入った事はあるけど、女の子とはなくて。オレ、一人っ子だしさ。だから、ちょっと、びっくりしちゃって」
「そうなんだ。私だって、本当に小さい頃の話よ」
そうだよね。
そうでなかったら、一大事だぞ、お嬢様。
とりあえず、知りたかったこと、よくわかった。
蘭鳳院と越野、それに剣華と満月も、小さい頃から、同じ別荘地で遊んだ仲良しだったってこと。一緒にテニスして、風呂にも入ったりする……
いや、別に、そんなこと知りたかったわけではない。
知ったからって……かえって頭がぐちゃぐちゃになる。
今日は、刺激が強すぎる。
「ねぇ、勇希」
蘭鳳院が言った。
「約束のこと、覚えている?」
「うん、何だっけ?」
「ほら、今日のテニスで負けた方が勝った方の言うことを1つ聞くっていうの。約束したでしょう?」
そうだった。
「覚えてるよ。わかった。何でも言ってね」
なんでもって……
なんだろう。
蘭鳳院が、オレにして欲しいこと。
勉強会の時、なにかおごるとか、その辺で済ませてほしいな。
まぁ、蘭鳳院だから無茶なことを言わないだろう。
そういえば、満月のやつには、買い物に付き合わされて、下着姿まで見せられて……
下着姿?
まさか……
蘭鳳院も、まさか、オレを下着買うのに付き合わせて、試着室に引っ張り込んで……
蘭鳳院の下着……
どんな下着なんだろう……
スレンダーな身体、白い透き通るような肌を包む……
ああ、オレ、なに考えてるんだ!
そんなこと、絶対ありえない!
さっきから、話の方向性がおかしいから、オレもつい変なこと想像しちまう。
蘭鳳院が言った。
「野球に連れて行って」
「え?」
「野球観戦がしたいの」
野球?
私を野球に連れてって?
蘭鳳院。
どうしたんだろう。
オレは、また、しどろもどろで、
「野球って、野球部の試合のこと?」
「ううん。プロの試合が見たいの」
プロ?
「せっかく隣に、野球部ビックリの投手がいるんだもん。私だって、野球見たくなってきた。勇希の案内で野球観戦、面白そう」
なるほど。
この前オレが、野球部の練習試合で派手に活躍したからな。あくまでも練習試合だけど。蘭鳳院もオレをだいぶ見直したようだ。それで野球に興味を持った。せっかくだからオレと一緒に野球の試合を見に行きたい。普通の流れ、かな。
オレだって、今は野球部じゃないけど、ずっと野球をやってきた、野球界の端くれだ。
野球に興味を持ってくれる人が増えるなら、大歓迎だ。
うむ。そうだ。
「蘭鳳院さん、野球に興味を持ってくれたんだ。ありがとう。ぜひ、いこう。オレ、案内するから」
「うん、よろしくね」
蘭鳳院、笑顔を見せる。意外と無邪気に見える。
ふと、オレは気になった。
「あの、今話題になっている、日本人メジャーリーガーヒーローの、日本凱旋試合とかは、どうやってもチケット取れないから。それはわかってる?」
「うん、わかってるよ」
「じゃぁ、日本のペナントレースの試合でいいね?」
「ペナントレース?」
「日本のプロ野球の、……公式リーグ戦のことをそういうんだ」
「わかった。それに連れて行って。よろしくね」
蘭鳳院の笑顔。すごく綺麗だ。
試合に負けて、こんなにいいことあるんだ。知らなかった。
「勇希の活躍聞いて、野球のことが気になってたの。でも、いきなり野球に連れて行ってとか、少し厚かましいかなって。だから、今日テニスで勝ったら絶対頼もうと思って、私、本当に頑張ったから」
ううむ。
なんだ。
それなら、早く言いなさい。
野球の試合くらい、いつでも連れて行ってあげるから。
春の降り注ぐ光の中で、蘭鳳院の笑顔、いつまでもキラキラと。




