第64話 隣の美少女お嬢様のテニス
午前中、1年生全体テニス混合ダブルス大会があって、昼休み。
オレは、弁当を食べ終えて、ぼんやりしていた。今日は、パンを買いに行く気にもなれない。負けたのを気にしてるんじゃなくて。
蘭鳳院
しっかり越野と手をを握っている蘭鳳院。
いい笑顔を、ずっと越野に向けている蘭鳳院。
頭から、離れない。
前からの知り合い。中等部から一緒。そうなんだろうけど。
それだけの関係なのかな。
◇
蘭鳳院が、教室に戻ってきた。
相変わらず、超然としたお澄まし顔。
今日のキレのあるプレイ。春の光の中、躍動するスレンダーな肢体を思い出す。新体操の時とは違った、美しさがあって。
蘭鳳院が、オレの隣に座る。
越野のこと。
蘭鳳院に直接聞いてみる? いいのかな。
蘭鳳院の、プライベートや、人間関係。これまで訊いたことがない。話したこともない。
オレが、蘭鳳院の、男友達のことを気にしている。そういうふうに思われる? それはどうだろう。いいのかな。
でも、今日のテニスの大会。オレたちは一緒に戦ったわけだし、対戦相手の話しをしたって、べ、別に……問題ないよね。自然だよね。アスリートに、スポーツの話したって。
「蘭鳳院」
ついにオレは話しかけた。
妙にドキドキするな。落ち着け。隣の席の女子に声をかけるだけだぞ。今日のテニス大会の話題。なんて事は無い。
でも……なんで、こんなに動悸がするんだ。
「今日のテニスだけど」
オレは、努めて自然に言った。自然な様子に見えてるかな。
蘭鳳院がこっちを向く。身体はそのままで首だけこっちを向いてオレに目線をくれる。
本当に優雅な仕草だ。指先までしっかりと絵になっている。
「混合ダブルス、優勝おめでとう」
「ありがとう」
蘭鳳院はいつもの調子。もちろん、笑顔なんて、全然見せない。
オレは、続ける。
「あの、蘭鳳院、テニス結構上手いんだね。オレも頑張ったんだけど、すっかりやられちゃったよ。新体操は見たことあったけど、球技とかやってるの初めて見たから。」
「そう? ありがと。スポーツエリートに言われると嬉しいわね。私、テニス結構やってたから。でもやっぱり勇希、いい動きしてたじゃない。さすがね、テニスなんてやったことないんでしょ。ほとんど」
「うん。オレはずっと野球だったから。テニスはそうだな。体育の授業とか遊びでやっただけで」
「へー、それであれだけやるんだ。ボールに食いついていくの、とにかくすごかった。ダッシュも迫力あったよ。目の前で見ると本当に力強かった。運動量にびっくりした。まるで野獣だったね。よかったよ」
野獣か。
野獣が“よかった”のか。このお嬢様は。
なにはともあれ、蘭鳳院に、オレの実力を、しっかり見せつけることができたようだ。
オレは十分やったのだ。うむ、よかった。
フッ、
やはり、男子たるもの、女子に力を見せつけねばならぬ。
これはこれでよし。
「でも、対戦相手が見えてなかったね。それに打つのはやっぱり練習が必要。練習積んだ方がそれは有利よね」
と、蘭鳳院は冷静に。
まぁ……それはそうだな。
練習が大事だって、積み上げた技術が大事だって、それは、オレだってわかってる。
でも……こういう風に言われると、なんだかむかつくなぁ。
オレのヒーローパワー、もっとうまく使えるようになりさえすれば。
「勇希、身体能力は本当にすごい。運動部やらないのちょっともったいないけど、でも勉強一筋なんだよね。あれだけ体鍛えるのできたんだから勉強だって大丈夫だよ。がんばってね」
蘭鳳院、ちょっと笑顔になる。
おお。
いつもとちょっと違うな。やっぱり、なんというか……力だな。実力を見せると違うんだ。実力……ヒーローパワーだって、オレの実力だ。チートじゃない。それでみんなを、女子を、圧倒出来るならそれでいいんだ。
うむ。そうだ。
いい調子だ。今日は順調に会話できてるぞ。蘭鳳院といい感じにというか、普通に話せるのってほんとに珍しい。すぐつっけんどんな態度とるんだからな。
よし、ここから核心部分行ってみよう。越野。テニス王子のこと、訊くんだ。
「練習積んだと言えば、やっぱり越野君は、テニス部だけあってすごかったね」
「そりゃもちろん。テニス部だからね。負けられないでしょ。ああ見えて、彼、すごく熱い人なのよ。礼儀正しいけど。コートの上じゃ、猛獣ね」
彼。猛獣。猛獣ってのは、オレも感じだな。
長身で、筋骨隆々。すごい躍動感。気迫に闘志。やつはただ者じゃない。それはオレも認める。
でも、蘭鳳院の口ぶり。越野のこと、やっぱり、前からよく知ってるんだ。
話が核心に近づいてきた。
「越野君とは、前から知り合いなの? ほら、越野君と蘭鳳院さんの2人の息、ぴったりだったじゃない。声掛けとかも自然にしてたし。ペアの相手とは、あんな風に、いつもすぐ息を合わせられるものなの?」
蘭鳳院と、越野の関係!
これを訊くのに、オレ、本当にドキドキに。
なんでだろう?
なにも変なこと言ってない。隣の席の子が、混合ダブルスで優勝。ペアの相手とは、息もぴったり。話題にしてなんの問題もないよね。
誰だって、き、気になるよね。
「そうね」
蘭鳳院は、事もなげに言う。
「私、越野君とは、ずっと前からやってたから」
え?
なんですか?
今なんて言ったんですか?
なに?
ずっと前からやってた?
蘭鳳院と越野が?
えーと、それ……やってたってのは……テニス……そう、テニスことだよね。
落ち着け! オレ!
「前から? じゃあ、中等部がやっぱり一緒で、2人ともテニス部だったってこと?」
「ううん。私は中学のときから新体操部。越野君は、天輦学園中等部のテニス部ね。彼、ずっとテニス一筋なの。テニスを一緒にやってたっていうのは、別荘での事よ。小学生の時からね」
別荘!
小学生の時から!!
なんなんだ!
いきなり!
オレの意識、ぶっとびそうになる。
ぐわん、と……
もう……
蘭鳳院が続ける。
「私たち別荘が隣同士なの。で、テニスコートを共有してるの。だから、みんなでよくテニスしてたのよ。あ、みんなっていうのは、優希と妃奈子もね」
別荘が隣同士?
テニスコートを共有?
いきなり、なんだか全然違う世界に持ってかれた。
いや、持ってかれたんじゃなくて、最初から、蘭鳳院は別世界の住人だったんだ。剣華も、満月も……越野も。
別世界。オレが全然知らない。
考えてみれば……そうだよな。
ここは、学費のバカ高いエリート私立高だ。
ここに中学の時からいるって事は、かなりな、金持ちの嬢ちゃん坊ちゃん。
いや、そんなこと最初からわかってたけど、
別荘!
テニスコート付きの!
いきなりガツンときたから。
「びっくりした?」
口をぽかんとしているオレに、さすがに蘭鳳院も気づく。
「う、うん」
オレは、やっとの思いで言う。
別に、蘭鳳院が金持ちお嬢様だっていい。誰が金持ちお嬢様でもお坊ちゃんでも別にいい。オレには関係ないし、本当に別世界の話。
でも、机を並べてる隣の子、やっぱりちょっと気になるし。
蘭鳳院と越野……
ずっと昔から、小学生の時からの仲良し。別荘が隣どうして。共有コートでテニスをやって。
妙な胸騒ぎがする。
蘭鳳院のお澄まし顔。越野といったいどんなことを。




