第60話 テニスコートの約束
1年生全体での体育の授業。
女子と男子の混合ダブルス大会。
相手方は、テニス王子越野が後衛、蘭鳳院が前衛。
こちらは、満月の主張で、オレたち2人とも後衛。なんでも、この布陣は、体力瞬発力脚力を生かすのに、有利なんだそうだ。
オレは、テニスの事はよくわからないので、テニス部の満月の言うことに従う。
試合開始前。まだ、少し時間がある。
そうだ。オレは思いついた。
相手陣に歩み寄る。
「蘭鳳院さん」
蘭鳳院もこちらに来る。オレたちはネットを挟んで向かい合う。
「どうしたの?」
「ちょっと、話したくて。今日はなんだか自信があるんだな」
「うん」
蘭鳳院は、こともなげに言う。
「勇希と越野君じゃ、差がありすぎるもん」
ピキ、ピキ、
「差があるって、オレのテニス知ってるの?」
「テニス、やったことあるの?」
蘭鳳院が言う。
「そりゃ、オレはずっと野球部だったから、ちゃんとはやってないよ」
「ほら。いくら運動得意でも、本格的にやってる人にはかなわないから」
うぐ。
「確かに。オレだって、ちゃんとやってる人のことは、リスペクトしてるぜ。でも、今日は混合ダブルスだからな」
オレは、蘭鳳院を見て、ニヤリとする。
お嬢さん、あなたをターゲットにしてやるぜ。いくらテニス部のエースだ、鬼だ、ライオンだとペアになっても、それで勝てると思っちゃいけないぜ。
スポーツをナメちゃいかんね。
蘭鳳院が、オレを見つめている。実に無邪気な瞳だ。
「私を狙えば、勝てる、そう考えてるってこと?」
「ふふ、力量の違う相手がペアを組む。それがこの大会の醍醐味だからな」
蘭鳳院が、小首をかしげる。
「なるほどね。私は大したことない、そう考えてるんだ。でも、勇希、私のテニス知らないでしょう? 私でも、勇希と、互角位には行けるんじゃないかな」
ピキ、ピキ、ピキ、
もう限界を超えている。
テニスだよ。球技だぜ。
テニス王子はともかく、蘭鳳院さん、お前が、オレと互角?
そりゃないだろう。さすがにオレを馬鹿にしすぎだな。
蘭鳳院がテニス部だってなら、ともかく。
オレはずっと野球、スポーツをやってきた。
そりゃ、テニスは、体育の授業とか遊びでしかやったことないけど、中学時代、テニス部の連中とも充分勝負になっていた。
オレの日々鍛えている力。どう思ってやがるんだ。積み上げた力、思う存分発揮してやるからな。
それに、蘭鳳院。
白地にグレーのラインが入った体育着に包まれた、身体。
スレンダーで、手足がスラッと。ショートパンツの下、太ももの絶妙な曲線のラインから、まっすぐな脛。白く透き通るような肌が、春の光を浴びてキラキラと光っている。
いつもながら綺麗だけど。
新体操を究めるために、体重を落とし、体を削りすぎている。
競技によって目指すものは違う。そのスタイル、新体操にはいいだろう。新体操に特化している。
うむ。
球技ではどうかな。
あの細い足では、縦横無尽に走りまわることなんてできないだろう。球技には、獰猛さ、野性の勘、突撃力が必要なのだ。暴れまわる体力、跳躍力、パワー、スタミナ、それが蘭鳳院、お前にあるのかな。
テニスに必要な基本能力は、オレの方が圧倒的に上のはずだ。
蘭鳳院、オレはおまえのことをリスペクトしているぞ。新体操を究めるアスリートとしてな。
だが、球技の対決で、オレを見下すとは何事だ。おまえには、アスリートへの、スポーツへの敬意が欠けている。
なるほど、いつも教室で、オレに上から目線をしているから、体育でもその調子になるんだろう。
勘違いしているんだ。
女子と一緒の体育の授業は初めてだしな。
オレの、全力を、見せつけてやる。容赦しないぞ。遊びじゃないんだ。勝負となったら、絶対にオレは退かないぞ。いや、攻めて攻めて攻めて、攻めまくって、徹底的に潰してやる。
わかってるか。
それがスポーツと言うものだ。
フッ、
必ず“わからせ”てやるからな。
今日こそは、絶対、“わからせ”ねば。
これ以上、このヒーローであるオレにナメた態度をとる事は許さん。
オレは、ふと思いついて、蘭鳳院にいった。
あんまり余裕な態度を取られるものだから、オレだって、頭に血が上っていたんだ。
「蘭鳳院さん、一つ提案があるんだけど」
「なに?」
「この勝負で負けた方が勝った方の言うことを一つ聞く、と言うのはどう?」
ふふ、
どうだ。
自信があるのなら、問題ないだろう。それとも、余裕な態度はハッタリかな? だったら、焦るはずだ。
蘭鳳院は、表情を変えない。
「いいよ」
あっさりと言った。
うん?
いいよ? だって?
なんだ。状況わかっているのか? これもハッタリ強がりかな。
球技スポーツのことわかってないのか? ちゃんと考えてるのかしらん。
オレの方が、ちょっと心配になった。
もう一度聞いてみる。
「あの、本当にいいの?」
「うん。負けた方が勝った方の言うこと一つだけ聞く。私と、勇希の間でってことだよね」
「そう」
「問題ないよ。じゃぁ、約束ね」
「約束だよ。蘭鳳院さんに、なにやってもらうか、楽しみだなぁ」
「勇希が勝った場合の話ね」
フッ、
お嬢さん、やっぱりあなたは球技スポーツをわかってない。
いいだろう。今日はっきり“わからせ”るんだから。
勝負だ。




