第6話 兄との誓い
真っ暗。
真っ暗。
どこを見ても真っ暗
ぐわん、ぐわん、ぐわん、ぐわん、
変な耳鳴りがーー
イヤッ!
どうなってるの?
えーと、私は、家に帰って、ママとパパと夕ご飯食べて、それで宿命についてよく知りたいって言って、ママとパパはガラス玉を出してきて……
ガラス玉。
そうだ、吸い込まれたんだ。
なんなの?
ここって、どこ?ガラス玉の中に入っちゃったの? 本当に?
ママ、パパ、どこにいるの?
何も見えない。何も聞こえない。
ただ、ぐわん、ぐわん、と世界が歪んでいく感じーー
やがて。
あたりが明るくなってきた。
薄明かり。ぼんやりと周りが見えてくる。
おや?
急に周りがはっきり見えた。
薄暗い。
空。灰色。雲に覆われているのかな。よくわからない。
私は座り込んでいる。
冷たい……草の上。
赤茶けた草の上に、私は座り込んでいる。
家で着ていたブラウスとスカートのまま。家ではまだ女の子の格好してるんだ。
私はキョロキョロとあたりを見回す。
赤茶けた草地。ずっと続いている。
遠くに黒々とした、森が見える。
そして、白い塀。
遠くに、昔の日本の城の城壁みたいな、白い塀が見える。
突然、人影が現れた。2つ。
ビクッなった。でも身動きできない。
冷たい草の上に座ったまま。
目を凝らす。
「ママ、パパ」
現れたのは、ママとパパだった。
私はほっとした。涙が出そうになった。
でも、ママとパパの格好。
服装が、変。
これは、なんだろう……平安時代の衣装?
ゆったりとした服を、何枚も重ね着している。
そういえば、古典の時間でやったな。
ママとパパ、近づいてくる。
私もやっと、動けるようになった。立ち上がる。
「これ、どういうこと?」
ママが言った。
「勇希ちゃん、あなたが見たいって言ってた一族の宿命の世界。それを見せてあげるの」
「これが、宿命の世界? あの、ママ、その服装どうしたの? 宿命とか一族のしきたりって、平安時代から続いてるってこと?」
「もっと大昔からよ」
ママは答えた。
「何千年も昔からだって。でも、時代によって、いろいろしきたりとか変化していくの。この服装は、割とモダンな方ね」
モダン?
平安時代でモダン?
時代に合わせて変化してモダンになっていいなら、現代の服装で別にいいんじゃないの?
「あれを見なさい」
パパが指さす方を私は見る。
大きな影。
私の10メートルくらい先に大きな影……動物だ。
ゾクッ、
体が震えた。
犬?
その姿は、間違いなく犬だった。でもサイズがでかい。頭から尻尾まで、2メートルか3メートル位ありそう。
私の知ってる犬じゃない。
異様な姿。
全身、青銅色だ。毛がなくツルッとした青銅色の軀。
ぼおっとした黄色い光。ゆらゆら揺れる炎のような黄色い光に、包まれている。
そして、私を恐怖させたのは、その顔。
人間だ。
人間の顔だ。
間違いなく、犬の顔じゃなくて、人間の顔。
不気味。
ペタっとした青銅色で、目には全く光がない。
何の表情もない。
造り物みたい。
でも、そいつは動いた。
四肢を動かし、ゆっくりこっちに近づいてくる。
動き方は、犬や、大きな動物と同じ。
光のない目、私に向けられている。
こっちにくるんだ。襲ってくるの?
私は身動きできない。
体がかすかに震える。
「あれが人面犬だよ」
私の後ろで、パパが言う。
「古くは、妖怪、モノノケ、とか呼ばれていた。もっと古い何千年も前には、また別の呼び方をしていたんだろうけどね。今じゃ、私たちはああいうのをまとめて、モンスターと呼んでいる。どうだ、モダンだろう」
モダン? モンスター?
いや、そんな場合じゃないよ。
あの犬……人面犬……あれはモンスター?
てことは、やっぱり人間を襲うんだ。あいつに噛まれたら、三日三晩苦しんで……
人面犬、じりじりこっちに近づいてくる。
「きゃあああああっ! 助けてえええっ!」
私は悲鳴をあげた。
その時、
「勇希」
声がした。
よく知っている声。懐かしい声。大好きな声。
兄さん!
間違いなかった、人面犬の後ろに、立っていたのは、
兄の悠人。
誰よりも好きな、大好きな、私のヒーロー。
悠人は、天輦学園高校の制服姿。
悠人が、人面犬に向けて手をかざす。
その手のひらから、赤い光が、ほとばしった。
赤い光、人面犬を貫く。
グオオッ!
人面犬が吠えた。
そして、体中から、赤い霧を噴き上げ、その場に倒れた。
人面犬の大きな軀、ぐしょぐしょと、赤い霧を噴き上げていき、やがては、全部霧となって消えた。
ものすごい光景……
私は、すっかり動転してたけど、
「兄さん!」
悠人に駆け寄ろうとした。
兄はにっこりと笑った。
「勇希、ヒーローになるんだぞ」
そして、消えた。すべてが。
気がつくと。
私はリビングにいた。
目の前にはママとパパ。
もちろん、普段の服装。平安時代の衣装じゃない。
夕ご飯を食べて片付けが終わったテーブル。
その上に置いてある木の箱。
あのガラス玉は、もう箱の中に納めてある。
私は……冷や汗をかいている。
動悸もする。
「あの……今のは? 私、どこか別の世界に引き込まれたの?」
ママが、箱の中のガラス玉を撫でる。
「これは、『御家魂』と言ってね。一族の宿命の記憶が、ここに封印されているの。そのうちの一部があなたの頭に流れ込んだのよ。あなたの見た世界、一族の宿命の記憶の世界なの」
「記憶……あの、兄さんに会ったんだけど。悠人は、やっぱり死んだんじゃなくて、生きてるの? どこか別の世界で?」
ママは首を振った。
「言ったでしょう。これは記憶なの。あなたが見たのは、封じ込められた悠人の記憶。悠人はもうどこにもいない。それは間違いない。だから、あなたが、次のヒーロー跡目候補になったの。これ以上の事は、ごめんなさい、今は説明できないわ」
「そうなんだ」
私は、フラフラと立ち上がる。
なんだかもう、力尽きそうで。2階へ行って寝よう。
「おやすみなさい、ママ、パパ。ありがとう」
私はベッドに横になった。
一族の宿命。ヒーロー跡目の宿命。
やっぱり本当なんだ。
人面犬も。
鬼面鳥……うーん、出会いたくないな。
「ヒーローになるんだ」
兄の言葉。兄の笑顔。
本物だ。
間違いなく本物だ。
宿命。
私はヒーロー跡目になるんだ。
兄さん、約束するよ。
ヒーローとなって、世界を救う、守る、戦う。
それがどういうことか、まだよくわからないけれど。




