第59話 テニス王子はコートのライオン
「勇希、絶対優勝だからね」
満月が言う。やる気満々。体育着の下のダイナマイトボディが、はちきれそうで。
「がんばるぜ」
オレも言う。
テニスコートの上、春風が気持ちよく吹き抜けていく。
体育の授業。
女子と男子での、テニス混合ダブルス大会。
女子と男子がペアになってのテニス。トーナメントをするんだ。
毎年4月、天輦学園高校の1年生がやるイベント。
1年生全体で一緒にやる。他クラスの、1年生とも一緒の授業だ。
テニス大会。学年最初の、全力体育対決。
ペアは、くじ引きで決める。
ここがポイントなんだけど、テニス部や、過去、テニス部だったものは、一緒のペアになることはできない。くじを引いて、テニス部同士がペアになった場合は、くじの引き直しとなる。
体育の授業の大会とは言え、一応、公平さを考えている。
テニス部の猛者でも、テニスが下手な相手、初心者と、ペアになることがある。
その辺が面白さなのだろう。体育の授業だしな。初心者も、テニス部の猛者も、みんな混じって。
みんな、キャッキャしてくじを引いた。
オレの引いたくじ。何の因果か、満月とペアになった。
「勇希、やっぱり私たち、運命の糸で結ばれていたのね」
満月は、得意満面だ。
ラケットをビュンビュン振り回している。
瞳が、異様にキラキラしている。
スゲー気合だな、満月。
ま、オレも、体育の授業とはいえ、勝負となったら、絶対に勝ちに行くけどな。それがアスリート魂ってもんだ。今は運動部はしてないけど。だが、それ以上に、ヒーローの宿命で、体は燃えている。
テニスはそんなにやったことないけど。
球技だ。オレは野球経験者。負けられない。
「満月さん、オレは大丈夫だぜ。やってやるさ。満月さんこそ、足を引っ張るなよ」
「まぁ、なんてこというの!」
満月が、オレにラケットを突きつける。
「私が足を引っ張る、ですって? テニス部の私に向かって。たいしたこと言うじゃない。勇希、あなたの腕前、楽しみね。後で泣かないでよ」
さすがテニス部。すごい自信だな。
全員、くじを引き終えた。ペアが決まる。
トーナメントの対戦相手も決まる。
オレと満月のペア。
1回戦の相手は、蘭鳳院。
いきなりか。これは面白い。お澄ましのお嬢様と、テニスコートで対決とは。
そして、蘭鳳院のペアは、
「越野君よ。隣のクラスの」
蘭鳳院、隣に並んだ男子を紹介する。
ん?
知り合いなのか?
越野。身長178。
長身で、短髪のイケメン。目元涼やか。
こいつが、蘭鳳院のペアなのか。まぁ、くじ引きの結果だけど。
「越野君は、テニス部なのよ。テニス部のエース候補。勇希、1回戦に当たって悪かったね」
「強敵よ。こっちも負けないけどね。いきなりテニス部対テニス部ね」
満月もニヤリとする。
へえ、そうなのか。テニス部のエース?
うん? 今、蘭鳳院、なんて言った?
1回戦で当たって悪かった?
ほほう。蘭鳳院は勝つつもりなんだ。テニス部とペアになったからって、ずいぶん強気だな、お嬢さん。
越野。
ニコニコしている。
丁寧に、優雅に、満月とオレに、お辞儀をする。なんだか、仕草が一つ一つサマになってるな。
すごく華麗な身のこなしだ。キラキラ感がある。
「妃奈子さん、ここで対戦できて光栄です。どうかお手柔らかに。ええと、そちらは」
越野がオレを見る。
「勇希よ。一文字勇希」
オレが自己紹介するより先に、満月が言った。
「ほら、この前、野球部の試合に飛び入り参加して大活躍した」
満月の口調、オレを自慢してるみたい。オレは、おまえのものじゃないぞ。
「ああ、名前は聞いています」
越野、オレに笑顔を見せる。白い歯が光る。
「野球部の救世主ですよね。対戦できて光栄です。一文字君のことは、うちのクラスでも、話題になっています。1年生の最注目ですからね」
なかなか謙虚な奴のようだ。そつがない。
「勇希、油断しちゃダメよ」
満月が言う。
「越野は、テニス王子と言われてるけど、妥協を許さない、テニスの鬼、コートのライオンなんだから」
満月は、越野に、ニヤリとする。
「妃奈子さん、やめてください、僕がライオンだなんて。恥ずかしいですよ」
越野が、照れ笑いする。
なんだ、こいつらは。みんな、知り合いなのか?
テニス王子。
爽やかだが、がっしりとした体格。威圧感がある。長身だからってだけじゃなくて。確かに王子だな。なんだか風格がある。
コートの鬼、ライオン、か。
面白い、相手に不足は無い。
ともかく、オレも挨拶する。
「一文字勇希です。よろしく。テニス部ですか。でも、負けません。オレも精一杯がんばります」
「越野です。お互いがんばりましょう」
越野が手を差し出す。
オレたちは、握手する。がっちりした手だ。うむ。気持ちのいいやつのようだ。オレたちは、アスリートだからな。
テニスコートの上。これから、1回戦が始まる。
体育の授業のイベントだ。
練習時間も何もなく、いきなり始まる。
越野の横に立つ蘭鳳院が言う。
「越野くんと、ペアになったのもびっくりだけど、まさか、妃奈子と勇希のペアに当たるなんてね」
蘭鳳院、春のテニスコートの上、爽やかな体育着姿。白い服が、キラキラ光る。黒髪は、後ろでまとめて、垂らしている。キリッとしてみえる。
もちろん、いつものお澄まし顔だ。
満月が、ニヤリとする。腰に手を当て、胸を突き出す。長身、ダイナマイトボディ。長い茶髪は、赤いリボンでしっかりまとめている。本当に大きく見えるなぁ。
「あーら、私と勇希、運命のペアなのよ。ずっと赤い糸で結ばれていた。麗奈、絶対負けないからね」
「そう?」
蘭鳳院は、あくまでも平静。
「私と妃奈子は、互角に戦えると思う。でも、越野君と、勇希はどうかな。差がありすぎない?」
ピキッ
オレの頭に血が昇る。
お嬢様。そういう言い方するかね。
体育の授業だぜ。
ここでオレに上から目線だと?
「わからないですよ」
越野がいう。さわやかな笑顔で。
「一文字君は、桁違いのスポーツエリートだっていうからね。経験とか技術とか、そういうの、吹っ飛ばされたりするかも。こっちこそ、油断しないよ。全力で行きます。本当に楽しみです。麗奈さんと一緒だからね。絶対負けません」
うむ。
こいつは、なかなか心得ているじゃないか。
アスリートってのは、互いに敬意を払うからな。そうでなくてはいかん。
まぁ、いい。試合だ。体育の授業の、イベントとはいえ、オレは本気だぞ。
ところで、麗奈さんてなんだ。
オレだって、蘭鳳院のこと、麗奈って呼んでないのに。
やっぱりこいつらは知り合いなんだ。
テニスコートの上。
いよいよ試合が始まる。




