第58話 衝撃の決着! 翔べよコウノトリ!
いっぱいに開いた窓から、春の風が。
蘭鳳院の黒い艶やかな髪、さらさらと。
クラスのさざめき。
みんな、和気あいあいと。
暖かく包み込む空気の中、オレたちの緊迫の度合い、深まっていく。
オレと蘭鳳院。
対峙する二人。
オレたち二人以外、なにも見えない。
この間合いの中で、オレと蘭鳳院の最後の戦いが始まる。
春の光がたゆとう中、蘭鳳院の超然とした、お澄まし顔。
鉄壁のガード。鋼鉄の城。
これを破らねばならぬ。
どんな攻撃をも、打ち返す構え。
でも、虚勢。間違いなく虚勢だ。
守る術。オレは、必死に考えたけど、ない。あるはずがない。
大丈夫だ。何の心配もない。
けど……
もう少し様子を見てみようかな。
なにしろ相手は蘭鳳院だ。
その時、
「ねえ、勇希」
蘭鳳院が言った。
うむ?
なんだ?
これは!
動いた。蘭鳳院が動いた。先に動いたのは蘭鳳院だ。
蘭鳳院、余裕がないんだ。
オレの堂々たる攻勢布陣に、ついに耐えられなくなったんだ。
フッ、
弱い犬が、まず吠える。
ハハハ。
お嬢さん。ついに手の内を晒しましたね。あなたは、もう何も握っていない。それを自らの手で暴露したんだ。自分でしたことをわかってるか? 最悪の手を選んだんだよ。
いや、選ばせたのは、オレだ。
オレの不屈の意志、堂々たる姿勢、揺るぎなき自信が、蘭鳳院を焦らせ、追い込み、吠えさせたのだ。
追い詰められた蘭鳳院、その鳴き声も、オレの勝利の凱歌に聞こえる。
「蘭鳳院さん」
オレは、勝者の余裕を持っていった。
「今は、オレが話す番」
蘭鳳院は、黙り込んだ。
そうするしかないんだ。
オレに圧倒されて。
どうだ。
苦し紛れの小細工など、通用しない。それを教えてやるんだ。
全てが、オレに味方している。オレは。うまくいっている。完璧だ。
あと、ひと押しだ。ひと押しで蘭鳳院は崩れる。
「あと3分です」
春沢先生の声がした。
「ディスカッション、しっかりまとめてくださいね」
え?
あと、3分?
ちょ、ちょっと待って……
これからいよいよ、蘭鳳院の堅固不抜の城を、陥しにいくんだけど。
ここからが本番……
なのに。
あと、3分?
えーと、ディスカッションの時間は、20分、もう、17分使っちゃったってこと?
え? え?
だって。
相手は蘭鳳院だよ。巨星だよ。巨星を墜しに行くんだから、それは、準備をしっかりしなくちゃ。無闇無鉄砲に突撃してもダメ、そう思うでしょ?
あと3分で、蘭鳳院を、墜さなきゃいけないの?
一気に厳しくなってない?
え? オレは気づいた。
これってまさか、最初から、蘭鳳院狙ってたの?
時間切れを?
なんてこった。
こうしてる間にも、刻一刻と、時は過ぎていく。
時間切れ。タイムアウト。
蘭鳳院を倒す、千歳一遇の機会に。
ダメだ。ここで撤退なんて、絶対にありえない。なんとしても、決着をつける。この日のために、オレは、男の修行を積んできたんだ。
そうだ。
こっちは万全の体制を築いた。あと一歩、踏み込むだけだ。
それで終わりだ。
フッ、
蘭鳳院の狙い。虚勢の防御でタイムアウト逃げ切り狙い。
うまくいったと思ったか?
甘い。
それは、既にして敗北なのだ。タイムアウト逃げ切り。どうあがいても、それでは五分。いや、逃げの姿勢をとっているおまえの、完敗なのだ。
タイムアウトまであと3分。
おまえは安心しているだろう。逃げ切ったと。
できない。
蘭鳳院、おまえのヤワは足では、その3分タイムアウトの橋を渡りきることはできない。
鉄壁に見えた蘭鳳院、もはやガラスの城だ。オレが一歩踏みこめば、たちまち粉々に砕ける。
落城寸前。
よし。行くぞ。
オレは覚悟を決めた。
赤ちゃん誕生の秘密、真実を、ここでズバッと言ってやるんだ。
それで終わり。
身を乗り出す。
「蘭鳳院、知っているか?」
「なに」
「赤ちゃんはな、ママとパパがキスすると、コウノトリが運んでくるんだぞ」
◇
目の前の蘭鳳院。
ガクッと崩れた。
目をいっぱいに見開いて。
白い肌、今は蒼白になっている。
息もできないようだ。
崩れた姿勢のまま、動きが止まる。やがてぶるぶると震え出す。
大きく見開いた瞳、オレを見つめながら。
崩れた。
蘭鳳院が崩れた!
墜ちた。
巨星墜つ。
やった。やったぞ。
オレはついに決めた。
勝利だ。ついに勝利したんだ。防御も反撃も、オレの迷いなき踏み込みの前に、もろくも崩れ去ったんだ。
堂々たるヒーローの歩みを、止めることなどできなかったんだ。
“わからせ“てやったんだ。
遂に。
蘭鳳院。
まだ、我を失っているようだ。
オレは少し心配になった。
やっぱり、刺激が強すぎたかな。いきなり強烈な打撃をくらって、大丈夫かな。
赤ちゃん誕生の秘密を知った衝撃で、登校拒否になったりしたらどうしよう。オレだって結構ショックだったからな。
いや、大丈夫だ。
蘭鳳院は、オレと机を並べているんだ。
この全てを包み込む、太陽のようなオレの心を、わかってくれるはずだ。
きっと立ち直れる。オレは、蘭鳳院を、しっかりと受け止めてやるんだ。
蘭鳳院、おまえは、どうしたらいいかわからなくなってるんだね?
安心するんだ。何の心配もない。オレに、このヒーローに、すがりついていいんだよ。
「勇希」
蘭鳳院が言った。
声がかすかに震えている。顔も蒼白のまま、目をいっぱいに見開いて。
「あの、こういうのって、やっぱり、きちんと知っておいたほうがいいと思うの」
蘭鳳院が、オレの両手を握る。蘭鳳院の両手が、オレの手を包み込む。
ん?
なにをするんだ?
「大丈夫だからね、怖くないよ」
蘭鳳院が言う。
「私の手を握ってていいからね。しっかり聞いてね」
蘭鳳院は、一息つくと、まっすぐにオレを見て、
「勇希、赤ちゃんていうのはね」
蘭鳳院は話し出した。
「赤ちゃんができるには、女子の**と、男子の**が必要なの。この2つが出会って結びついて赤ちゃんになるのよ。**っていうのは、もともと女子の体の中の**にあるの。女子が成長すると、**が成熟して、28日に一回くらい、**から出て、**に入るの。男子の**は、**で作られるの。男子が興奮して、**した**を女子の**へ**し、刺激されて、**すると、**が、**を通って**に移動するの。そこで、**と**が出会って、**して、1つとなって***になるの。この***が、女子の**の中で赤ちゃんに成長するのよ」
「きゃあああっ!」
オレは悲鳴をあげた。椅子から転げ落ちる。涙がボロボロ出る。
「やめてっ!」
蘭鳳院にすがりつく。もう、蘭鳳院の顔をまともに見ることもできずに。
「なんで! なんで! 蘭鳳院のイジワル!」
蘭鳳院は、すがりつくオレの頭を、そっと両手で包み込む。
◇
この後、勇希のことを心配したクラスの優しい女子たち、蘭鳳院、剣華、満月、奥菜、の4人が、きちんと丁寧に、赤ちゃん誕生の秘密、真実について、勇希に教えてあげました。やっと、勇希も、人並みの知識を持つことができたのです。
◇
勇希は、泣き叫んだ。
「イヤアアアアアッ!」
「女子と男子って、そんなことするの? ムリイイイイイ! 絶対ムリイイイイイ!」
教育って……大事。
( 第九章 保健体育の決斗 了 )
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