第55 話 赤ちゃんのつくり方とは
「今日の授業は、とても大切です」
担任の春沢先生、優しく、真剣な表情。
「女子も男子もきちんと向き合ってください」
教室が、しんとなる。
保健体育の授業。
テーマは、” 赤ちゃんはどうやってできるか? 赤ちゃんをつくることについての私たちの認識”
クラス中、みんな真面目な顔をしている。
「では、まず、隣の席同士で、ペアワークを行います」
なんでもペアワークなんだな。
隣の席の女子と男子で、どうやって赤ちゃんを作るかについてのペアワーク?
「まず、入り口として、この問題について、お互いがどう思っているか、それについて話あってみてください。互いの考えを知る、それは、すごく重要です。皆さん、互いに、考えは違います。違って当然です。今日は、正解のない問題です。だから、互いが、どう違うか、なぜ違うのかについて、考えてみてください。
そしてどうすれば、互いを尊重できるが、互いの役割とは何か、話し合ってみてください。それが、ペアワークの課題です。
このテーマについては、初めての授業なので、難しく、考える事はありません。まず思ってること、それを率直に話してみてください」
オレは、ぼんやりと聴いていた。なんだか、ややこしそうだな。
「では、始めてください、時間は20分です」
春沢先生の声。ペアワーク開始だ。
蘭鳳院が言った。
「ちゃんと向き合って、しっかり話そうね」
蘭鳳院は、椅子をオレのほうに向ける。オレも椅子ごと、蘭鳳院に向く。
オレと蘭鳳院、正面から向き合った。
なんだ? 蘭鳳院、妙に真剣だな。クラスの雰囲気も、いつもと違って重々しく感じる。
ペアワークって、そんなに大事なのか?
「私からでいい?」
蘭鳳院が言う。いつもの、お澄まし顔で。
「いいよ」
なにを言うんだろうな。
この上から目線で優等生のお嬢様、赤ちゃんを作ることについて、どう考えてるんだろう? 子供はすごく好きみたいだけど。
「赤ちゃんを作るって、絶対に2人いなくちゃダメだよね」
と、蘭鳳院。
うん、その通り。
「それでやっぱり、子供を作るって、すごく大きなことだと思うの。子供が欲しいと思って、一緒に子供を作りたいと思う相手に巡り会う。それ、すごいことだよね。一緒に子供を作りたいと思う相手と、お互いを知る、お互いを尊重する、それは絶対必要。だけど」
「だけど?」
「相手を知る。尊重する。その前に、自分のことを、どれだけ知ってるんだろう。わかってるんだろう。尊重できてるんだろうって、そう思うの。
自分のことは自分が1番よく知っている。そう思っていても、違うかもしれない。今まで考えてもみなかった、思ってみなかったようなことを、突然考えちゃったりして、びっくりすることがあるの。誰かと出会うと、今まで出会った人とは、全く違った人と出会ったときには、特に」
なにを言ってるんだろうな、この子。オレの頭は早くも限界。
蘭鳳院は、まっすぐに、オレを見つめている。
「だから、誰かとの素晴らしい出会い、そういうときには、しっかり、自分のことを知らなきゃと、自分を尊重しなきゃと思うの。そうすれば、きっと、相手のことを、わかって、尊重することができるんじゃないか、そう思うの。誰かとの出会いが、己を知る。そういう機会になる。それが、すごく素晴らしいことだと思うの」
蘭鳳院は、言葉を切った。
表情全く変えない。ずっと、冴え冴えとした、お澄まし顔で。
ん?
話は終わったのか。なんだかこの子のスピーチ、いつも流暢で綺麗だから、すうーっとオレの頭の上を流れちゃって、なにをいってるんだか、だいたい、わからない。
毎度の事だ。
なんだっけ?
保健体育のペアワークなんだよね。赤ちゃんをつくることについての。出会いがあったら、まず、自分のことを知る? そう言ってたような。
すると、なんだかね。いつも、オレをおちょくったり、振り回したりしてるのも、自分を知るためなのかね。お嬢さん。
己を知る?
それは、結構なんだけど。そのために、いろいろあれこれ、出会った人に、ちょっかい出すの?
オレのほうは、蘭鳳院、お前に出会ってから、なんだかお前のことも、自分のことも、ますます訳が分からなくなっちゃってるんだけど。
それにオレ、お前に尊重されているように、あんまり思えないんだけど。
おまえが優等生で、オレがバカだから……そういうことが言いたいの?
「勇希の番だよ」
「あ、うん」
よし、オレの番だ。オレがスピーチしなくちゃいけない。蘭鳳院のスピーチ、結局よくわからなかったけど。
今日のテーマ。黒板に書いてある。
“赤ちゃんはどうやってできるか? 赤ちゃんをつくることについての私たちの認識”
うむ。そうだ。
えーと、オレの考え?
オレがどう思っているか、オレが何を知っているが、話さなくちゃいけない?
互いの役割、とかも言ってたな。先生は。
互いの役割。つまり、女子と男子の役割ってことなのかな。
うむ? オレは気づいた。
さっきの蘭鳳院のスピーチだけど。何か、このテーマに関係あること言っていたか?
聴いてる時は、ただただ、蘭鳳院の言葉が、頭の上を、すうーっと流れていってたから、よくわからなかったけど、蘭鳳院、全然関係ない話をしてたような。
出会いが、どうとか、初めての人にびっくりしたとか。そんなこと言ってたよな。
優等生のお嬢様。
それが、赤ちゃんのつくり方についての課題の模範解答ですか?
そうなのだろうか。
オレが頭が悪いから、理解できてないだけなんだろうか?
いや。
これは、なにか違う。
目の前で向き合っている蘭鳳院の、冴え冴えとした、お澄まし顔。
どういうことなの?
オレには、トンチンカンなこと言ってるようにしか、聞こえなかったんだけど。
その時、突如、閃いた。
そうだ。オレは、間違っていない。
やはり、蘭鳳院のスピーチ、どう考えても、課題と関係ない。
オレが頭が悪いから、理解できないんじゃない。そもそも、間違っているんだ。間違っているのは、オレじゃなくて蘭鳳院の方だ。
蘭鳳院。授業中の態度を見ると、何でもよくできる優等生だ。この前の、委員長たちとの勉強会では、ちゃんと頭の良さを見せて、オレにも、いろいろ教えてくれた。少し、めんどくさそうにみえたけど。
いつも、オレより自分の方が優秀だと見せつけている。
その、蘭鳳院が間違っていて、オレが正しい。そんなことがあるのだろうか。
あるとすれば……
これは……ひょっとして……これが蘭鳳院の弱点。
蘭鳳院に弱点がある?
オレはとんでもないものを見つけてしまったのか?
すべてにおいて完璧に見えた、いや性格についてはいろいろ問題があるけど、とにかく、勉強や生活態度では完璧に見えた蘭鳳院の弱み。
オレは踏み込んでしまったのか?
体が、震えた。
目の前の蘭鳳院、相変わらずのお澄まし顔。
冴え冴えとした美しさ。
保健体育のペアワーク、クラスのみんな、真剣そうに話しをしている。




