第49話 異空間の戦い
オレはマウンドの上に立っていた。見上げると青い空。
ここはーー
天輦学園の野球部練習場じゃない。巨大なスタジアムだ。巨大なスタジアムの、マウンドの上にオレは立っている。背番号53番のユニフォームのままで。
オレはあたりを見回す。ガランとしている。巨大なスタジアムに、誰もいない。いるのは、オレただ1人だけ。
異空間に引っ張りこまれたんだ。いや黄泉の世界だっけ。空間が歪む、不気味な感覚。経験を積んだから、もううろたえはしない。
でも、なんで野球のスタジアムなんだろう。確か、黄泉の世界とこっちの世界が重なって侵蝕され、穴ができて引っ張り込まれるんだっけ。この世界の情景、オレの意識も、少しは反映されるのか。
そしてこれまでと違って、オレはただ1人。この前は校長はいたけど。誰もいない。
「兄さん!」
オレは叫んだ。誰も返事はしない。悠人は姿を見せないのかな。
そうだ。魔物。オレをここに引っ張り込んだのは、魔物だよね。黄泉の眷属。どこにいるんだろう。
陽が翳った。オレは上を見上げる。真昼の太陽に、黒い翳がみえる。なんだ?黒い翳。どんどん大きくなっていく。そして三つに分かれる。
鳥だ。三つの黒い翳は3羽の鳥になった。鳥ーーいや、鳥というにはでかい。オレの頭上、大きく広げた翼、3メートルぐらいはあるか。こんなの見たことない。魔物だ。
3羽の魔物、ゆっくり旋回しながら、こっちに降りてくる。不気味な姿。近づいてくる。はっきりと見える。その顔。頭に角が生えている。嘴はなく、2本の牙が生えている。目は死んだように、光がない。
「ひょっとして、これが鬼面鳥ってやつ?」
オレは思った。
「鬼面鳥だ」
耳元で、兄、悠人の声が響く。オレはあたりを見回す。しかし、姿は見えない。
ありがとう、兄さん。オレを見守っていてくれるだね
オレは一呼吸した。落ち着くんだ。前回、校長に言われたことを思い出す。今のオレを襲ってくるのは、魔物でも小物。魔物を倒すいい練習台。そういう話だった。頭上の鬼面鳥は、でかくて不気味で、見た目は小物にはとても見えないけど。
「天破活剣!」
オレは叫んだ。オレの右手に青白い光が現れ、やがてそれは木刀になった。青白い光を纏う木刀。オレの武器。気がつくと、着てるのは、野球のユニフォームじゃない。長ランだ。スタジアムの風に、長ランの裾が翻る。
ヒーロー変身完了か。よし、いくぞ。
オレは、頭上の鬼面鳥に向け、ビュン、と天破活剣を振る。青白い光が伸びる。
でも、届かない。
天破活剣の放つ青白い光は刀身の先、5メートル位まで伸びるが、鬼面鳥はフワリと避け、高く舞い上がる。オレの遥か頭上を三羽で旋回する。
警戒してやがるな。こっちを怖がってるんだ。やっぱり大した相手じゃないんだ。でも、剣が届かない。どうすりゃいいんだろう。
「マウンドを見ろ」
声がした。兄、悠人の声だ。姿は見えない。声で、オレを助けてくれる。オレは足元を見た。
ボール。野球のボールが、いくつも転がっている。なるほど、これを使えと言うのか。オレはボールを拾う。握ると、ボールが青白い光を纏う。
そういうことか。
オレは、大きく振りかぶると、鬼面鳥目掛け、ボールを投げる。
ビュオオオオッ
空を裂く音とともに、青白い光が走る。そして、鬼面鳥の胸を貫いた。ギエッ、と不気味な声を上げ、鬼面鳥が一羽、ゆっくりと落ちてくる。ぐしゅぐしゅと血煙を噴き上げる。
一羽撃墜。オレはまた、次の鬼面鳥に狙い定め、ビュオッ、とボールを投げる。ブシュッ、今度は頭を貫いた。鬼面鳥が、また墜ちる。
鬼面鳥の残った一羽、ギエエッ、と、大きく叫ぶと、オレめがけまっすぐ急降下してくる。オレは天破活剣を両手に握り、射程距離に入ったところに、ビュッ、と振るう。
目の前で、鬼面鳥が真っ二つになる。青白い光に包まれ、バラバラになり、血煙と化す。
終わった。
青空の下のガランとした野球スタジアム。オレはまた一人に。
兄さん、見ててくれたかな。
◇
気がつくと、天輦学園の野球練習場のマウンドにいた。戻ってきたんだ。部員たちの歓声が聞こえる。時間のズレは無いみたい。異空間に引っ張り込まれてたときにそのまま戻ってきたんだ。
試合は。
勝った。
オレの投球。なかなかだった。もちろん打たれはした。四球もだした。完全に無双するってほどじゃない。けれど、高校強豪野球部の試合で十分通用した。
中学の時とは、段違いのレベルアップ。ヒーロー跡目候補の力で、パワーアップしたんだ。
当然ながら、辻キャプテンや、野球部員たちに、入部しろ入部しろと迫られた。
でも、断った。本当にやりたいんだけど。
元気に汗を流す運動部員たち。すごく羨ましい。
オレが、ヒーローの力、ヒーローチートで部活をやったら、真剣にやってる部員、選手になんだか申し訳ない。それにヒーロー跡目候補のことを考えたら、部活に打ち込める状況でもない。
みんな頑張ってくれ。応援してるよ。
オレは、大きなものを背負い、大きなものと戦っているんだ。
兄、悠人もきっと見ていてくれている。
宿命の道は、孤高なんだ。




