第48話 ヒーローパワー開眼
放課後のグラウンド。最近毎日してるように、オレは走っていた。運動部員たちの歓声掛け声を横に。
野球部の練習場。
カキーン!
バットの快音。ボールが上がる。隅で筋トレをしているオレのところに、転がってくる。
オレは、小学校から中学までずっと野球をやってきた。ボールについ反応する。拾って、投げ返す。その時、全力ヒーローパワー! と心に念じた。この前の異空間での魔物との戦い以来、体がカッカしてる。
ビュオッ
おや。オレの投げたボール、すごい勢い。オレ、こんな球投げられたっけ。ずっと投手やってきたけど。オレのボールを取った野球部員もびっくりしている。なんだろう。これまでの身体能力に、ヒーローパワーが上乗せされたのかな。
「おーい」
野球部員が走ってくる。オレの送球を見てたんだ。オレの前に立つ。ぼさぼさの髪。三白眼。すごく明るくて、人懐っこい顔。背はだいぶ高い。175くらいか。
「今、投げたの観てたよ。君、すごいね。確かこの前もボール拾って投げてくれたじゃない?あの時も凄い球投げてたけど。今の見てはっきりわかった。君、経験者だね?」
「え、ええ」
経験者。間違いなく経験者だけど。
三白眼の野球部員は言った。
「あ、僕、野球部キャプテンの辻。3年生だ。よろしく」
「オレ、一年の一文字です」
「一文字君か。野球部に入らない?」
「え? それは」
「君、ポジションはどこやってたの?」
「あの、投手です」
うっかり言っちまった。
「投手!?」
野球部キャプテン辻先輩の顔がほころぶ。
「ちょっと来て。投げてみてよ。君の投球が見たいんだ」
オレ、スポーツシャツに、ショートパンツなんだけど。あれよあれよと言ううちに、辻キャプテンに引っ張られて、投球練習場に連れていかれた。
辻キャプテンが、野球部員たちに言う。
「この前から気になっていた、一年の一文字君だ。やっぱり経験者で、投手やってたんだって。ちょっと投げてもらおうよ」
こうなっては仕方ないな。オレは、投球練習用のマウンドに立つ。
「よろしくお願いします」
捕手、キャッチャーに一礼して、投球を始める。オレの身体能力、ヒーローパワーの上乗せがあるのかな。それを試したいという気持ちがあった。
とにかくやってみよう。出ろ、ヒーローパワー、とオレは念じながらボールを投げた。
ビュオオオオッ
すごい球だ。自分でもビックリした。キャッチャーも、辻キャプテンも、野球部員たちも目を丸くしている。なんだ。これは。中学卒業後も、公園で投球練習したりしてるけど、これまでのオレの球とは明らかに違う。ヒーローパワーか。普段でも使おうと思えば使えるんだ。よし試してみよう。オレはひとしきり投げてみた。
「すごいよ、一文字君」
辻キャプテン、興奮している。
「即戦力じゃないか。君、是非野球部に入るんだ」
「え、その」
「明日の土曜日、練習試合がある。実は、うちの投手が、今、みんな故障したり体調不良で、ちゃんと投げれる部員がいないんだ。ぜひ、君に投げてほしい」
はあ。いや、さすがにそれは無理。凄い球投げることができたのは、間違いなくヒーローパワーのおかげ。魔物と戦ったりして、オレの潜在力がパワーアップしてるんだ。まだうまく使えないけど。でもそれってチートだよね。ヒーローパワーに頼ったチート。オレのヒーローパワーは、みんなを守って戦うためにある。野球でチートなんてするべきじゃ……
「やるんだ」
耳元で声がした。この声は間違いない、大好きな声。オレの1番好きなーー
「明日の試合に出るんだ」
もう一度、同じ声。兄だ。悠人だ。オレは、キョロキョロとあたりを見回す。どこにも悠人の姿は見えない。でも間違いなく、はっきりと、オレに聞こえた。
兄、悠人の言葉。信じていいはずだ。
「やります」
オレは言った。
◇
翌日の土曜日。オレは本当に、野球部の練習試合のマウンドに立っていた。
いいのかな本当に。オレはユニフォーム姿。ユニフォームは、オレのサイズに合うのを貸してくれた。背番号は空いていた53番。臨時の野球部員だ。
野球部は土日は練習試合。相手校に遠征に行ったり、自校で試合したりする。今日は、天輦学園のグラウンドで、相手校を迎え撃つ。うちの野球部は強豪で、人気がある。部員以外の生徒も結構観に来ている。
大注目の中、マウンドに立つオレ。
いいのかなぁ。本当に。オレがやってたのは中学女子野球。結構頑張ってトレーニングしてだけど、中学女子野球と、高校男子野球の強豪じゃ、レベルが違いすぎる。オレが活躍できるとしたら、ヒーローパワーを使えるからだ。それってチート。ずっと引っかかってる。けど、兄、悠人がやれと言ったんだ。今日は思いっきりやろう。
「プレイボール」
主審の手が上がる。試合開始だ。
よし。試合が始まれば、もう迷いは無い。
オレは、バッターをひとにらみすると、思いっきり投げる。
ビュオオオオッ
球が走った。
その瞬間ーー
ぐわんぐわん
周囲が歪む。何も見えなくなる。何なんだ。
オレは異空間に引きずり込まれた。




