第47話 ヒーロー少女は愛の種を蒔く
平和な光景。
オレは、しばし見とれていた。
園児たちは、みんな、チョコボールスティックをもらっていった。元気に、蘭鳳院に、ありがとうと言って、また駆け出していく。蘭鳳院の持っていた袋に残っていたのは、一本のチョコボールスティック。
オレはじっと、チョコを見つめる。なんだか目が離せない。
これは、慈母星の撒く、愛の種。慈母星の手の愛の種。
蘭鳳院がこっちを振り向く。オレの視線に気づく。
「勇希、食べる?」
蘭鳳院は、最後の一本のチョコボールスティックを袋から取り出し、オレの前に差し出す。
ん?
これって。
オレの目の前のチョコ。蘭鳳院が、スティックを持っている。
これって、これって……?
もしかして……
はい、あーんして、
そういうこと?
蘭鳳院が?
オレに?
あーん、してくれる?
オレは、軽く、震えた。目の前のチョコボール。
このまま、このまま、このまま、チョコボールに行っちゃって、いいのかな。
蘭鳳院……意外と優しいんだ。いつもそっけないけど。今日はとにかく、慈母星なんだ。
慈母星が、はい、あーんしてっ、て言ってくれてるんだ。ここは、ここは、ここは、行かなきゃ……
うきゅーん!
蘭鳳院に、チョコボールを、はい、あーんしてもらうオレ!
こんなことって、こんなことって、こんなことって……
うきゅーん! すぎる!
でも……いいのか? 本当にいいのか? たった1本残ったチョコボール。
これ、蘭鳳院が自分で食べるように買ってきたものなんだよね。蘭鳳院、自分の食べたかったチョコボールを、最後のチョコボールを、オレにくれようとしてるんだ。
オレ、ものすごく欲しそうに見えたのかな。オレはただ、蘭鳳院が、子供が大好きで優しい慈母星なのに見とれてたんだけど。
蘭鳳院、オレも、チョコボールに群がる子供の一人、そんなふうに思っているの?
お、オレは……ヒーローだ。
男だ。
そうだ。うん。
宿命の道。
最後の一つを譲ってくれるって言ったって、……それに手を出す事はできない。
それがヒーローの道なんだ。生き方なんだ。男の坂道を上る。そういうことなんだ。
子供たちを慈しむ慈母星を、そっと護る。そして、自分は何も受け取らない。いや、子供たちの笑顔、慈母星の笑顔、それを受け取ればそれでいいんだ。
それこそヒーロー。
蘭鳳院よ、おまえの目の前にいる男子、おまえには想像つかないだろうが、そういう厳しい道に立っているんだ。自ら進んで、厳しい坂道を上っているんだ。
そういう男もいるんだ。
蘭鳳院よ、おまえとこうして巡り合えたのも、宿命なのだろう。オレの心の、ひとかけらでも、おまえが触れてくれたら、何か響いてくれたら、オレはそれでいいんだ。笑って、また坂道を上っていける。
そのチョコボールスティック、おまえが精一杯の心で、慈母星の心で、オレに差し出してくれた最後の一本のチョコボールスティック。
それは受け取れないよ。
「蘭鳳院さん」
オレは言った。
「あの……オレ……実は昼飯食べ過ぎちゃって。弁当だけでは物足りないから、購買部で、コロッケパンとカレーパンと焼きそば。パン買って食べちゃった。だから、それはちょっと、今もらえないんだ」
昼飯を食べ過ぎたのは事実だった。コロッケパン食べたら、カレーパン食べたくなって、カレーパン食べたら……焼きそばパンが……
うっぷ。
「そう」
蘭鳳院、チョコボールスティックを引っ込めた。
「勇希って元気によく食べるんだね。きっとどんどん大きくなるよ」
うむ。早く大きくなりたいな。
「じゃあ、これ、私食べちゃおうかな、最近、体重だいぶ落としてるから、これ一本食べても大丈夫よね」
蘭鳳院は、チョコボールスティックを口に。
慈母星の、愛の種。
オレは受け取らなかった。これで良かったのかな。いや、受け取らなかったんじゃない。オレは蘭鳳院から受け取った愛の種を、また蘭鳳院に返した。そして蘭鳳院が、また、愛の種を蒔いていくんだ。
オレたちの、愛の種。
オレは夢想する。
大地に、オレはパラパラと種を蒔く。愛の種だ。蘭鳳院から受け取ったんだ。
「何をしてるの?」
蘭鳳院が、オレをじっと見ている。
「蒔いているのさ。種を」
「そんなとこに蒔いたって、何も実らないよ。何も産まれない」
「実るさ。きっと産まれる。だって、これは、オレと蘭鳳院の、愛の種だもん」
「私たちじゃ……産まれないよ」
「産まれるさ。オレは、ヒーローなんだ。ヒーローに不可能はないんだ。ヒーローは奇跡を起こせるんだ」
オレは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
春の光は、柔らかく、少し、暑く。
蘭鳳院、チョコボールスティックを食べ終わる。
「昨日の帰り道、山盛り安売りしてたから、買ってきたの。満月がこれ好きだから、テニス部に差し入れしようと思って」
「テニス部?」
なるほど。
そっか。新体操部でいつも減量している蘭鳳院がお菓子の大袋を買うって、そういうことか。テニス部。満月か。ほんとに仲いいんだな。
「テニス部なら、お菓子とか、喜んで食べるから。ちょっとうらやましいよね」
オレは、満月の、溌剌全開ダイナマイトボディを思い出す。あれは……忘れられない。
まあ、満月なら、確かにカロリーすごく消費するだろうな。
蘭鳳院が、鞄を開ける。
「昨日、これ、三袋買ってきたの。あと、ニ袋あるから、これ、テニス部にもってく」
蘭鳳院の鞄の中には、確かにチョコボールスティックの大袋が、あとニ袋。
なんだ、さっきのが最後の1本じゃなかったんだ。やっぱり、あーんして、もらっとけばよかったかな……
目の前に2つの大袋。
チョコボールスティック、愛の種が、いっぱい実っている。
( 第六章花言葉の誓い 了 )
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