第45話 タンポポとシロツメクサ、それぞれの想い
美術の課題のデッサン。
オレは、タンポポ。蘭鳳院は、シロツメクサ。
やっと描きおえたオレたちは、お互いの作品の、批評する。ディスカッションと言うやつだ。そんなの、オレにまともにできるわけないんだけど。
「へー、勇希らしくて、いいね」
蘭鳳院が、オレの描いたタンポポを見て言う。
うぐ……
オレのタンポポ、幼稚園の時から、全然進歩してないんだけど。
「元気がよくて、あったかそうで、いいね」
「そう……ありがとう」
「勇希みたい。力強くて、みんなを明るくする」
そう……かな。そうかね。そんなもんかね。
「勇希はタンポポだね」
あまり、オレのタンポポについて、言う事は無い。でも、蘭鳳院は、にこにこして、オレの画板を見つめている。
「蘭鳳院の、見せてよ」
そろそろタンポポから、切り替えよう。
蘭鳳院のシロツメクサ。よく描けている。
上手い……だけじゃなくて、なんだか雰囲気があるなあ。春の公園のシロツメクサ。ありふれた花なのに、ちょっと、別世界感がある。春の光の中、そこだけ違った、淡い、青白い光を放っているような。
このシロツメクサ、蘭鳳院みたい。蘭鳳院が、そんな感じなんだ。
「綺麗に描けてるね」
オレは素直に言った。
「そう? ありがと」
「なんだか……綺麗ってだけじゃなく……蘭鳳院みたいな雰囲気がある」
「私みたいな雰囲気? それって、どんな雰囲気なの?」
訊かれたオレは、思ったことを口に出した。何の考えもなく、オレは言っちゃうんだ。悪い癖だ。
「なんていうか……ほら、この明るくて、キラキラした春の光の中でも、そういうの受け付けないで、自分だけ別の世界を作っている……別の光を、青白い光を、みんなと違う光を、まとっている……そんな感じ……」
自分でも、何を言ってるのか、よくわからないけど、そんなふうに、思えたんだ。
蘭鳳院は、オレを見つめる。
「私が、自分だけの世界? みんなと違う青白い光? それって……私が、暗くて、冷たいって言うこと?」
うぐ、うぐぐ……
これだから。
ディスカッションとかいうの嫌なんだ。オレは何の考えもなしに、あれこれ言っちゃうから、すぐ突っ込まれる。あの、大した事考えてるわけじゃありませんから。
「別に……そういうわけじゃなくてね……その……蘭鳳院は、蘭鳳院だけの……綺麗さがあるって言う……ことで……」
「ふうん、今日は、ずいぶん褒めてくれるんだね。勇希、女の子褒めるの得意なんじゃない。みんなのこと、もっと褒めてあげたら。みんな喜ぶよ」
「え、そんな……」
「それに、勇希には、勇希の綺麗さがあるからね」
え?
蘭鳳院も、けっこう人を褒めるんだ。でも、オレを褒めるところが、綺麗さだって? オレ、ヒーローなんだけどな……
ディスカッションは、終わった。これでいいのかよくわからないけれど。まあ、こんなもんだろう。クラスでは、お互いの顔でデッサンしてる連中もいたけど、いったい、どんなディスカッションになったんだ? 互いの顔の批評。やれやれ。
ともかく、課題は終わった。オレはやり遂げた。
まだ、時間はあるな。オレたちは、公園の芝生の上に、並んで座っている。あちこちに、タンポポの黄色と、シロツメクサの白が見える。
「ねえ」
蘭鳳院が言った。
「タンポポの花言葉、知ってる?」
「花言葉? わかんないな」
オレは、その方面、全くだめだ。
蘭鳳院が言う。
「幸せ。幸福のことよ」
なるほど、春のタンポポ、これ以上ない、幸福だ。
「あと、真実の愛、そういうのもあるのよ」
真実の愛?
「春の陽射しの中、元気に、まっすぐに咲いてるから」
元気なら、まっすぐな愛……そういうものなのかな。
「あとは、別離かな」
「ベツリ?」
「別れのことよ」
「別れ? なんで?」
「ほら、タンポポって、咲いたあと、綿毛になって、飛んでいっちゃうじゃない。だから」
「そうなんだ」
幸福も、真実の愛も、風に吹かれて、飛んでいっちゃうんだ。
蘭鳳院は、続ける。
「シロツメクサの花言葉、知ってる?」
もちろん、知らない。
「幸運」
「幸運?」
「ほら、四葉のクローバーってあるじゃない。それを見つけると、すごく幸せになれるって言う。だから」
あ、そうか。四葉のクローバーか。昔、必死に探したな。でも、ほんと、なかなか見つからないんだ。
オレは言った。
「四葉のクローバー、なかなか見つからないよね。幸運って、なかなかないっていうこと?」
蘭鳳院は、首をかしげる。
「確かにね。でも、こんなにいっぱい咲いているじゃない。きっと、どこかに幸運がある。そう思える、そういうことなんだよ」
なるほど。幸運は目の前にある。でも、見つけるのは難しいんだ。
「あと」
蘭鳳院が言う。
「“私を思って” そういう意味もあるのよ」
「私を思って? へえ。こんなにいっぱい咲いているのに。寂しがり屋なんだ」
「どうしてだろうね。咲いているのは春の間だけだから、花が枯れても、また次の季節まで、忘れないでねってことかもね」
そうなんだ。タンポポも、シロツメクサも、確かに、咲くのは、春の間だけだな。いっぱい咲いているけど。
オレは言った。
「タンポポも、シロツメクサも、一緒に、春にいっぱい咲いて、枯れて、また、春になると咲く。こういうの、幸福って思ってるんじゃないかな」
「それは違う」
蘭鳳院が言った。
なんだ?
いつもと違う。語気が荒い。少しだけだけど。どうしたんだろう。
蘭鳳院、じっと、春の野に咲く、タンポポと、シロツメクサを、見つめている。
「いつも、隣に、一緒にいても、もし、自分が枯れたり、綿毛になって、どこかに飛んで行ってしまったら、もう二度と、巡り会えるかどうかわからない。この一瞬は、前の一瞬とは、絶対に違う。だから、私を思って、そう言うのよ。
いつまでも私を思っていて、てね。
そして、もしまた巡り会うことができたら、その時、本当に、幸福を、幸運を感じるの。この出会いが、本当に本当にいとおしくて、ここに、ここに、今、この瞬間に、ずっと、ずっと、すがりついていたくて。こんな幸福、こんな幸運、もうないんだから」
オレは、タンポポとシロツメクサを、ぼんやり見つめる。
やがて、蘭鳳院が言った。
「私、タンポポが好き」
オレは言った。
「オレ、シロツメクサが好き」
春の麗らかな光が、あたりいっぱいに。
もうなにも、いらなくて。




