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第42話 木立の中の決斗 飛べよてんとう虫! 



 蘭鳳院(らんほういん)を倒す。


 この、おちょくり屋の悪ふざけ屋の、上から目線のお嬢様を。


 きっちり“わからせ”てやる。


 オレはヒーロー。もちろん女子に手を出すことができない。腕力に頼るのではない。知略だ。


 蘭鳳院を、オレの知略で倒す。


 知略……


 さて、どうしようか。落ち着け。落ち着いて考えるんだ。


蘭鳳院、相変わらず、オレに背中を向けて、木だ草だをいじっている。完全に無警戒。がら空き。


 まったく……心配になるぜ……近頃の女子は……男に、油断しすぎだろう。


 だが、この思い上がり、オレにとっては好都合。策をめぐらす余地、いくらでもあるはずだ。

 

 うーんと……策……なにかいい手はないかな。


 オレはあたりを見回してみる。


 そうしたら……


 あっ!


 オレは、思わず悲鳴をあげそうになった。


 蜘蛛だ!


 木立の中、2メートル位先。巣を張ってやがった。かなりでっかい。毒々しいピンクとか黄色の……何だっけ? 確か、女郎蜘蛛? とかいうやつだ。


 うわわわあ……


 やだな。


オレ、こういうの絶対無理だ。近寄るどころが、見るのも嫌だ。思わず身体が、ぶるぶる震える。悲鳴をあげずに済んで、よかった。


 ここで、蜘蛛を怖がって悲鳴なんてあげたら、すべて終わりだった。オレは踏みとどまった。やはり男として成長しているのだ。


 でも、こんな気持ち悪い蜘蛛がいるなら……


 オレは、この木立が急に怖くなった。


 蘭鳳院を、“わからせ”たら、すぐ、ここから出よう。何がいるか、何が出てくるか、わかったもんじゃない。危険な場所だ。

 

 で、


 蘭鳳院を、どうやって、“わからせ”ようか。


 蘭鳳院を、オレの足元に這いつくばらせぬことには、ここから出ることは、できない。急がなきゃ。


 あ、そうだ。


オレは、閃いた。


 蜘蛛……


 そうだ。


 そういうことだったのだ。これは全て、天の導きだったんだな。宿命だ。これだ。これを使うのだ。


 やったぞ。策は成った。わが胸中の策、成れり。



 虫!



 これしかない!


蘭鳳院め…。草木を熱心にいじっていやがる。やっぱり、物珍しいんだろう。温室育ちの、お嬢様だ。だから、きっと、いや、間違いなく、虫なんて、絶対無理なはずだ。何しろ、このオレだって、苦手だからな。


 蘭鳳院は、虫を見ただけで、震え上がるに違いない。


 虫を使って……


 蘭鳳院に、後ろからこっそり近づいて、虫をくっつけてやるんだ。


 もちろん、あんな、不気味な蜘蛛はだめだ。


 あんなでかい女郎蜘蛛じゃなくても、小さな蜘蛛だって、オレは、触るの無理だ。だいたい、あんなでっかい蜘蛛を蘭鳳院にくっつけたりしたら、蘭鳳院、ショック死しちゃうんじゃないか?


 そこまではしない。そんな無茶なことしなくていい。オレに触れるような、小さな、かわいい虫。それを蘭鳳院にくっつけてやればいい。

 

 小さくて、かわいい虫。


 何がいいだろ? オレも実は、結構、虫が苦手だ。触れるのは、かなり限られてくる。小さくて、かわいい虫。蘭鳳院を驚かせはそれでいいんだ。


ぱっと閃いた。


 そうだ!


てんとう虫!


 オレの作戦。


 蘭鳳院に、虫をくっつけて、驚かせてやる。


 くっつける虫は、てんとう虫。


 いいぞ。


 あれなら、オレにも、造作なく触れる。てんとう虫を捕まえて、蘭鳳院の首筋に、後ろからこっそり、くっつけてやるんだ。


蘭鳳院、なんだろうと思って、首筋の虫を取り上げる。


 そして……


 悲鳴をあげるはずだ。


オレには何でもないてんとう虫でも、蘭鳳院には、とても耐えられないはずだ。蘭鳳院は、悲鳴をあげて、取り乱して、泣きじゃくって、どうしていいかわからず、オレにすがりついてくるはずだ。


 ハハハ。


 お澄まし顔なんて、とてもできまい。我を忘れて、オレにすがりつくしかないのだ。もうプライドも何もないだろう。


 この暗い木立の中、二人しかいない場所。おまえは逃げ出すことも、オレ以外の誰かに助けを求めることも、できないんだ。


 蘭鳳院、ここにオレを誘い込んだのは、おまえだ。おまえがオレを、おちょくり挑発するために用意した陣。それを、逆用してやるのだ。


それこそが、オレの知略なのだ。


 この必殺の陣が、おまえを葬る処刑台となる。おまえの墓場となるのだ。蘭鳳院、うぬは、ヒーローの力を見誤ったのだ。オレに、すがりついて、泣き叫びながら、おのれの甘さを悔いるが良い。


 さんざん、泣いて騒いで取り乱して、オレにすがりついたおまえは、もう、このことを思い出すたびに、恥ずかしくて、恥ずかしくて、真っ赤になって、オレの顔をまともに見ることすら、できなくなるだろう。


 オレの前では、真っ赤になって、うつむいて、二度と、上から目線なんてできなくなるんだ。


 “わからせ”てやったんだ。

 

 完璧だ。


 どうだ、オレの知略。堅牢にして、隙なし。


 天、地、人、


 全てがオレの勝利を約束してくれている。


 ところで。


てんとう虫。どこにいるんだろう。どうやって捕まえよう。てんとう虫を捕まえなきゃ、話にならないんだけど。鬱蒼とした木立の中なんだ。どこかにはいるだろう。


だけど、小さい虫を探すのって……あれは、どういうところにいるのかな? どこを探せばいいんだろう?

 

 すると。


あれ、何だか小さいものが飛んできた。虫か? あ、オレの左手の甲に止まった。


 あっ!


 てんとう虫だ!


小さい小さい、かわいいかわいい、てんとう虫。丸い、赤い羽根に、黒い点々。オレの勝利を、祝福し約束してくれる、かわいい虫。


自分から飛んできた!


 オレの手に!


 やはり、これは、天の導きだったんだな。天はヒーローに味方するんだ。天の使者であるこの小さなてんとう虫に導かれて、オレはまた、男の坂道を上っていくんだ。これは宿命なんだ。


 残念だったな、蘭鳳院。


おまえの命運は、もはや尽きたのだ。見よ、オレの手のてんとう虫。おまえにとどめをさす、天からの使者だ。勝利の女神の使者だ。この、小さい、かわいい、てんとう虫が、おまえを地に叩き伏せるのだ。おまえの、生意気なお澄まし顔を、終わらせるのだ。


 オレと机を並べたときから、おまえの運命は決まっていたのだ。ヒーローと張り合おうとしたところで、所詮無駄なのだ。よく、分をわきまえるのだ。ヒーローに、上から目線などしてはならぬのだ。


 勝った。オレは勝ったのだ。蘭鳳院、知略によって、おまえを、オレの足元に這いつくばらせてやる。


 お澄まし顔のお嬢様。


 さあ、覚悟しろ。

 

 オレは、相変わらずオレに背を向けている蘭鳳院に向けて、一歩踏み出す。

 

 その時。


 ツー、と、


 何かが、オレの目の前に、降りてきた。

 


 「きゃああああああああっ!!」



 オレは、悲鳴をあげた。


 蜘蛛だ!


 でっかい、気味の悪い、女郎蜘蛛!!


 やっぱり、まだいたんだ!


上の、木の枝にでも、居たのか?


 「やだあああああああっ!」


 オレは、夢中で、目の前の、蘭鳳院の腕にすがりつく。身体が、ぶるぶると震えている。

 

 「蘭鳳院! 蘭鳳院! あれ見て!」


 「どうしたの?」


蘭鳳院が、こっちを向く。


「蜘蛛、蜘蛛だよ! でっかいのが!」


 蘭鳳院、空中にぶら下がる。女郎蜘蛛をみる。


「あ、ほんと。大きいね。勇希(ユウキ)、こういうの苦手なんだ」


 オレは、蘭鳳院の腕にすがりついて、ぶるぶると震えながら、


 「蘭鳳院は、平気なの?」


「そりゃ、気味悪いし、触ったりはできないけど。大丈夫だよ。襲ってきたりはしないから」


 蘭鳳院は、にっこりと笑った。


「そんなに怖がらないで。勇希、意外と怖がり弱虫なのね」


 うぐぐ。


 怖がり弱虫だと……


キサマ、誰に向かって言ってるんだ。


「べ、別に、虫が怖いってわけじゃなくて。いきなり、あんな蜘蛛が目の前に出てきたからさ。普段は、虫なんて平気だぜ」


「そうだよね。女郎蜘蛛なんて、みんな苦手だよね。ほら、こういうなら全然平気でしょ? そこに、サンショウの木があって、見つけたの。アゲハ蝶の幼虫よ」


 オレは、蘭鳳院の、左腕にしがみついていた。蘭鳳院は、オレに右手を差し出す。蘭鳳院の手のひら、そこには、なんだか緑色のーー



 「きゃああああああっ!」



 オレは、また悲鳴を上げた。


芋虫だ!


 緑の芋虫だ!


 こんなの目の前に突き出されたら、もうダメだ!


 オレは、もう、夢中で、必死で、蘭鳳院の体に抱きついた。しっかりしがみつく。とにかく怖くて。


 「やめて! 蘭鳳院! オレ、それ、絶対無理! お願い! 見せないで!」


「あ、ごめん、わかった、これ、木に戻すから」


蘭鳳院、驚いた口調。


 オレは、ボロボロ涙を流していた。


 ひどいよ。蘭鳳院。


蘭鳳院の腰をしっかり抱きしめ、蘭鳳院の胸に、オレは顔をうずめていた。ぶるぶる震えている。震えが止まらない。しっかりと、目をつむっている。


 オレの頭に、手が置かれた。


 蘭鳳院だ。


 蘭鳳院が、両手で、オレの頭をそっと撫でている。 



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