第41話 少女と少女、森に隠れて
美術のデッサンの課題。
オレと蘭鳳院。描く対象を探しに、美術館を出た。
美術館の横に、公園がある。わりと大きな公園だ。広い芝生、水鳥のいる池、綺麗に手入れされた植え込みに花壇、木立もある。
平日。人はまばらだ。
4月の春の陽気。
オレは、いっぱいに空気を吸った。うーむ、実に気持ちが良い。もうすっかり、力が戻っている。体に力がみなぎっている。当たり前だ。さっきまでは、完全に力が抜けきったみたいだったけど……
なに。
ちょっとつまずいたって、オレは、すぐ立ち上がってみせる。
フッ、
オレは宿命の道、男の坂道を上るヒーローだぞ。蘭鳳院、おまえは、オレの真の実力を知ることになるんだ。
蘭鳳院は、公園を見回している。燦々と降り注ぐ春の光の中で、蘭鳳院、やはりそこだけ、別世界感がある。なんていうんだろう、青白い光を、まとっているような。
蘭鳳院がいった。
「ねえ、木立の中に入ってみない? 描くもの、ありそうだよ」
「いいね。行ってみよう」
オレたちは、木立の中に入っていく。
木立といっても、結構大きな樹がいっぱい植わっていて、ちょっとした林、森みたいだ。ひょっとしたら、植えたんじゃなくて、もともとあった森を残したのかな。
背の高い木に囲まれて、木立の中は、少し薄暗く、ひんやりしていた。春の光は、梢のほうにキラキラとしているが、足元には、あまり届いていない。
「ここに来るの初めて。こんなところがあったんだ。学校のすぐ近くなのにね」
蘭鳳院は、木や草の、幹や葉に、熱心に触ったり調べたりしている。
お嬢様だから、箱入り娘だとか思ってたけど、こういうのは結構好きなのか? いや、箱入り娘だから、こういうのが珍しいのかも。
オレは、あたりを見回す。
背の高い木々に囲まれて、外は見えない。芝生の公園も見えなくなった。すぐそこなのに。ちょっと来ただけで、森の中に迷い込んだみたいだ。
オレたちは、カバン、画板を置いて、木立の中を、物色することにした。
蘭鳳院、オレに背を向けて、かがみ込んで、熱心に、なんだかの木だか葉っぱだかを、いじっている。
オレが考えていたのは、木でも葉っぱでもなく、もちろん、
蘭鳳院。
お澄ましの、かまってちゃんの、おちょくり屋悪ふざけ屋のお嬢様。そいつのことで、頭がいっぱいだった。
オレは、散々こいつに振り回されている。おちょくられ放題だ。
オレは、男の坂道を上るヒーローだ。魔物だって倒した。
男の中の男だ。真の男だ。最後の硬派だ。ニホンオオカミの生き残りだ。
女子におちょくられて、このままでいいのか。
いいわけない。
蘭鳳院に、思い知らせてやらねばなるまい。男にナメた態度をとって、無事で済むわけには、ゆかぬのだ。
“わからせ”てやるのだ。
だいたい、なんだ。蘭鳳院、おまえは、オレに背中を向けて。後ろがガラあきじゃないか。おまえ、今、どういう状況が分かってるのか? 誰にも見えない木立の中で、男子と二人っきりなんだぞ。
このお嬢様、全く警戒というものをしていない。やはり、オレをナメきっているのだ。オレが、絶対、女子に何もできないだろうと思って……
みくびりやがって!
美術館で、蘭鳳院は、二人っきりで脱いだらとか、どうちゃら言ってたな。実際に、ここで自分が脱いでも、オレには何もできない。むしろ、オレが逃げ出すと、思ってやがるんだ。
実際……そりゃ、そうだけど……
余裕かましているな。
もちろん、オレは、絶対に女子に手を出したりはせぬ。
オレが、臆病、腰抜けだからではない。オレが、真の男、ヒーローだからだ。男たるもの、ヒーローたるもの、女子を力で捻じ伏せるような事は、絶対にせぬのだ。
蘭鳳院、それをわかってやがるんだ。それで、わざと、こんなところにオレを引っ張り込んで、隙だらけで、オレを挑発してるんだ。面白がってるんだ。
やってくれるじゃないか、お嬢様。
だが。オレは、ニヤリとした。
少し、やりすぎじゃありませんか? 限度を超えてるんですよ、お嬢様。
フッ、
ヒーローというものを、あなたはわかっていないんですよ。ヒーローは、女子に手出ししない。力でねじ伏せたりしない……だからといって、ナメた態度をとっていいと言うことには、ならないんですよ。
お澄まし顔のお嬢様、あなたは一つ重要なことを見落としてませんか?
ヒーローが頼るのは、“力”だけじゃないんですよ。
知略。
そう、知略だ。
このオレは、このヒーローは、力ではなく、知略をキサマと戦わせてみたい。知略をもってして、キサマを制す。
蘭鳳院、お前を必ず捻じ伏せてやる。オレの足元に這いつくばらせでやる。ヒーローが、いつも女子に優しいと思うなよ。おまえみたいに、生意気で、上から目線で、男をナメきっている女子は、きっちり“わからせ”てやるんだ。
オレの知略の真髄を知った時、おまえは恐怖するだろう。それがおまえの報いなのだよ。
よし。オレは、心を決めた。
ここできっちり勝負をつけてやろう。
お澄まし顔のお嬢様に、こっちから仕掛けてやる。
“わからせ”の時間だ。
オレは笑みを浮かべる。




