第39話 少女と少女 脱いだら絵になるのはどっち?
美術館の中。
デッサンの課題。オレたちは決めなきゃいけない。
蘭鳳院は、絵画を眺めている。
オレは、傍の彫像を見上げる。
何だっけ。両腕のない白い彫像。これも有名なやつのはずだが。なんとか思い出してやるぞ。
「それ、ミロのヴィーナスだよ」
気がつくと、蘭鳳院が、すぐ横に。
蘭鳳院、オレを見つめている。
「こういうの、好き?」
うーん、好きっていうか。
上半身裸の女性の彫像。お腹も出している。
べ、別に……だから見てるわけじゃないんだけど……
「あの、なんていうか、さすが、綺麗だなあと思って。やっぱり、名作は違うよね。その、オレは美術的な価値について言っているわけで……」
「ふうん、そうだよね。これ、理想のプロポーション、理想の美を、表現しているんだって」
蘭鳳院も、彫像を見上げる。
「両腕がないんだけど。どうしたんだろう」
「大昔の作品だから。発見された時から、なかったんだよ」
「じゃぁ……理想の美っていうのは…もう見つからないんだ」
「やっぱり、面白いこと言うのね。勇希」
理想の美、理想のプロポーションか。オレは白い彫像を見上げながら考えた。
だいぶ、ふっくらしてるな。で、胸は。現代の考えだと、やや小さめかな。
あんまり、運動やってる身体には見えないな。
ふと、思い出した。
蘭鳳院の、プロポーション。蘭鳳院のレオタード姿。
なぜだか、あれが、オレの目に焼きついてるんだけど。蘭鳳院は、とにかく体重を落として、身体を削っている。
オレは、何気なく言った。
「蘭鳳院さんは、だいぶ、この像より、痩せてるよね。ほっそりしてるっていうか……」
蘭鳳院、こっちを向く。オレを見つめる。
あ。
オレ、ちょっとまずいこと言ったかな。ええと、この像が、理想のプロポーション……で、オレは、蘭鳳院がこれより痩せている、といったわけで……
オレ、蘭鳳院の、スタイルをけなした?
これはいかん。女子のスタイルをけなすなんて。
絶対やばい。しかも蘭鳳院は、競技のために、自分を削って磨いて鍛え抜いてるんだ。それをけなすのは、まずい。
スタイルのことをとやかく言われたら、絶対忘れないだろう。女子ってそういうもんだ。
ここはひとつ、ちゃんと言わなきゃ……オレは、別に何も……
蘭鳳院が言った。
「勇希は、この像みたいなスタイルが好きなの?」
ぐおっ、
早速きた。
「いや、あの、その、オレは、その、蘭鳳院さんの、鍛えて、削って、絞った体、好きだなあ。やっぱり、何かを極めようとするアスリートの体って、絶対、美術品とかよりも、価値があるよ。本当に、もう、間違いなく」
蘭鳳院の美貌が、ここの展示物より価値がある。さっきから思ってたけど、それを言うのはよしておいた。あまり調子に乗らせてはいけない。
「ふうん。ありがと。褒めてもらうと、やっぱり嬉しい」
蘭鳳院は、彫像に目をやる。
「でも、競技をやめたら、甘いものいっぱい食べて、ふっくらしたいな。この像みたいに。ふっくらしたら、私の身体、嫌いになるの?」
そういうわけじゃ。なんだか、妙な攻め方されてるな。やっぱり、体型のこと言われるのって、気になるのかな。
「あ、あの、ふっくらしても、もちろん素敵だと思う。絶対きれいだよ。アスリートって、競技辞めてから、元の身体に戻すのも、重要だしさ」
オレ、冷や汗をかいている。
なんでドギマギしなきゃいけないんだ。
蘭鳳院、またまた、オレを見つめる。
お澄まし顔。何を考えているのか、わからない。でも、オレを吸い込むような瞳。本当に綺麗だ。
「オレが思うにはさ。その、こういう美術品を作る、画家とか彫刻家とかが、蘭鳳院さんを見たら、絶対に自分の作品のモデルに、蘭鳳院さんを選ぶと思うんだ。だって、オレが見た蘭鳳院さんの演技、本当にすごかったんだもん」
別に、オレは、蘭鳳院を褒めて、気をよくしてもらおうとかしたんじゃない。ただ、ほんとうにそう思ったから、言っちゃっただけなんだ。
「ふうん。勇希は、私をモデルにしたいんだ。私の身体が、いいのね?」
え?
なに? 私の身体がいい?
やっぱりさっきから、妙な方向に、オレを引っ張ろうとしている。ええと、美術品の話から、プロポーションの話になって、
蘭鳳院、一歩、オレに近づく。
距離が近い。本当に距離が近い。
どうしたの? 蘭鳳院。
あの……
「私を、描いてみる?」
え?
蘭鳳院、セーラー服の胸に、右手を当てている。
お互いをデッサンするってこと? それをやめたから、ここにきたわけで。
なにを…
「脱ごっか?」
蘭鳳院が出し抜けにいった。
えええっ!
なに!
今、なんていったの!
ドキュッ!
動悸が。動悸がする。体中の血が逆流しているような。
ドキュッ!
ねえ、やめてよ!
脱ぐ? だって?
そんなこと言われたら……
お、おい。どうしてくれるんだよ。オレの身体、もたないじゃないか……
オレはヒーロー跡目候補としてこの学園にいるんだぞ。みんなを守るために戦う……少しはオレのこと、考えてくれよ。
蘭鳳院、もちろん冗談で言ってるんだよね。
美術館のこのスペース。確かに今は誰もいないけど、いつ誰が来るか分からない。まさか、こんなとこで脱がないよね。
制服の胸に当てている、その手はなんだ。
いや。
セーラー服脱ぐなら、まずファスナーだよね。脱ぐ気なんて、ないんだ。
当たり前だ。当たり前。ハハハ。
びっくりさせやがって。
いや、別にそんな冗談に、オレは、びっくりなんてしないぞ。
蘭鳳院、オレを見下ろすように見つめている。相変わらず、何考えているかわからない、お澄まし顔で。
なんなんだこの子は。
これも、いつものおちょくり悪戯なのか?
おちょくり。不意打ちで仕掛けてきやがる。ちょっと…混乱しちゃうぞ。オレの心臓……まだバクバクと。
蘭鳳院、頼むから、早く冗談だと言いなさい。男子を、おちょくるのはやめなさい。ふざけて言っただけだよと言ってよ。
オレは最大限、おまえのことを、アスリートとして賞賛したじゃないか。
身体を褒められたから、いきなり脱ぐって、そんなの……
ゾワゾワが。
蘭鳳院が、脱ぐ。
もし、蘭鳳院が、脱いだら……
あるはずのないこと、オレは想像しちまう。何やってんだ。でも、でも、体が熱く。
セーラー服を脱いだ蘭鳳院。
ここの美術品に混じって、それは、なによりも燦然と輝く……
もし、誰かが入ってきたとしても、驚くより、きっと心を打たれるはずだ。すごい作品が、圧倒的に図抜けた作品が、一つ増えた。いや、降臨した。そんなふうに思うはずだ。展示物どもも、みんな、蘭鳳院に頭を下げるんだ。
ここで脱ぐのって、意外とアリなのか?
オレもおかしくなっている。
蘭鳳院の身体。
透き通るように白い肌の、スレンダーな体。スラッとした手足。
胸はーー
「冗談よ」
蘭鳳院が、クスっと笑う。
「勇希が、一生懸命褒めてくれたから、嬉しくなっちゃって」
キサマ。
なんだと。
オレのこと、何だと思ってるんだ?
褒めてくれたから、嬉しくなって、男子をおちょくるのか。いい加減にしろ。
オレの心臓が、何回転したと思ってやがる。オレの血管も心臓も、何があろうと破れないってもんじゃ、ないんだぞ。おまえみたいな奴が、オレをメチャクチャにするんだ。
危なかったぜ。
男の修行、積んでおいたおかげで、何とか無事に。
耐えた。
蘭鳳院は、さらっとした艶やかな黒髪をいじっている。
クソッ
何やっても、絵になるな。
なんなんだろう、このお澄まし。
オレの心を、見透かしているみたいな。まさか。
蘭鳳院が言う。
「でも、勇希って、女子で、不純感じたり考えたり、絶対しないんだよね。だったら、二人っきりで、裸になってデッサンしても、安心だよね」
え?
またまた、なにいいだすの?
もう、本当に。
無理なんだから……
おちょくり女子。オレは完全に捕まっちゃって。




