第37話 気になるあの子の好みが超激辛味だったらどうしますか?
カフェで、蘭鳳院、満月、奥菜の3人の女子との、お茶。久々の、女子たちとの華やかな賑わい。
キャラメルプリンを食べ終えた3人の女子、連れ立って、トイレに行く。
一人残されたオレは、ふうっと、息を吐く。
今日もいろいろあったけど、まあまあ、うまく乗り切った。
女子どもめ。もう、そんなにビクビクしないぞ。いや、そもそも、最初から、ビクビクなんてしてないぞ。
フッ、
オレは、男の坂道を上るヒーロー。宿命の道を。試練があったって、必ず突破していく。オレはそういう男だ。
わかるかな。お嬢さん方。
やはり、ヒーローの宿命の世界を経験して、だいぶ心に余裕ができた。クラスの連中に、優位を感じる。
よし。この調子だ。
オレは、テーブルの上のドリンクのグラスを手に取り、グッと、一息に飲み干す。
あれ? 酸っぱい。
なんだ? これは、いったい?
オレが飲んでたのは、メロンソーダなんだけど……
あ!
しまった!
これ、蘭鳳院の飲んでいた、梅ソーダだ。同じ緑色だから……うっかり……半分くらい残っていた蘭鳳院の梅ソーダ。全部飲んじゃった。
これはさすがに蘭鳳院も気づくだろう。
どうしよう。
わざとやったことじゃない。もちろん。だから、ちゃんと話せば……
しかし、今日の今日だからな。家庭科の授業でも、もちろんわざとじゃないけど、蘭鳳院にひどいことをして。その精算でおごったドリンクをまた……
こう続けちゃうと、オレがやっぱり蘭鳳院に、悪ふざけをしたがっている。ちょっかい出したがっている、そんなふうに思われちゃうかな。
この、ヒーローのオレが。
女子に、幼稚な悪ふざけ悪戯なんて、するわけないんだけど。みんな……わかってくれるかな。
蘭鳳院は、何て言うだろう?
「勇希、私に、ずいぶんつきまとうのね。間接キス……したかったの?」
うわっ!!
間接キス!!
そうだ。オレは、思いっきり、蘭鳳院と、間接キスした……間違いなく。状況、昼よりまずい?
間接キス。
確かに、なんだかすごく、あの梅ソーダ……甘い香りが……あれは、蘭鳳院の……
いやっ! おいっ!
オレ、なに考えてんだ!
そんなのあるわけない! 思い過ごしだ!
どうしたんだろう。やばい。オレが、動揺していると、ほんとに、そう思われちゃうかも……落ち着いて考えるんだ。
蘭鳳院は間接キス……なんて言わないかもしれないけど……
満月……満月が、いるんだ。
あいつはやばい。こういうの見過ごすわけは、絶対ない。
「え? 勇希、麗奈と、間接キスしたの? やっぱりしたかったのね? なんだか、すごく麗奈にご執心じゃない。もうバレバレだよ」
あいつなら……あいつなら……
きっとこんなこと言い出すに違いない……
「ねえ、間接キスじゃなくて、私と本番キスしない? ベロチューキスしてあげるよ。男子の好きなことをして、あ・げ・る」
うぐぐ……そんなこと言い出すかも。いや、きっと言い出すに違いない。
満月。インフルエンサー気質。起きたことを、100倍1000倍にして、ものすごい話に仕立て上げて、学校中に吹聴する。絶対。
オレは、どんな人間にされちまうんだ。危険だ。危険すぎる。これ以上、トラブルはごめんだ。
オレは、ただ平和な高校生活をしたいだけのに。これもヒーローの道なのか。試練。試練をくぐっていかねばならぬのか。
よし。とにかく、間接キス。女子のいない隙を狙っての、間接キス。そんなことを狙う男。そう思われるのだけは、避けねばならない。
オレは、頭をめぐらした。
女子どもは、まだ戻ってこない。
まだ、助かる。
新しい梅ソーダを買ってくるんだ。そして半分飲んで、蘭鳳院のテーブルに置いておく。うん、そうだ。これだ。なんだ。なんでもないな。
フッ、
男修行のおかげだ。頭の回転も、速くなっているぜ。
オレを、ナメるなよ。
男の中の男、最後の硬派は、女子のオモチャなどに決してならぬ。梅ソーダを買ってこよう。オレは立ち上がろうとした。
そしたら。
三人の女子。
蘭鳳院、満月、奥菜。
こっちに戻ってくる姿が見える。
うわあ。
ダメだ、今から、梅ソーダ買ってきて、何食わぬ顔で、蘭鳳院のテーブルに置く。もう、間に合わない。
おまえら、もっとゆっくりしてきてよ……
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
迫りくる女子たち。オレの、破滅……なのか?
おや? 蘭鳳院、なにか、手に持っている。赤黒2色の缶。
ドリンクだ。ドリンクを買ってきたんだ。缶ドリンク、まだ未開封だ。
オレの頭に、電光が走る。
まだ、助かる!
とにかく防がねばならぬことは、オレが蘭鳳院と、間接キスしたということがバレること。
バレるって……もちろん、わざとしたわけじゃないけど……あの女子どもに、本当に何言われるか、分かったもんじゃない! 絶対に、バレてはならない。
そのためにできる、オレの最後の手段。
蘭鳳院の手の、あのドリンク缶。あれだ。あれを使うのだ。
蘭鳳院がテーブルにつくより先に、オレは、あのドリンク缶をもぎ取る。
そして、
「蘭鳳院さん、これずっと飲みたかったんです! ちょっと、もう我慢できなくなっちゃいました! いただきます」
缶ドリンクのフタを開けて、ぐっと、飲む。
「ああ、やっぱりおいしいですね。蘭鳳院さん、ごめんなさい。すぐ買ってきます。そういえば、蘭鳳院さんが飲んでいた梅ソーダ。あれも、新しいの買って来ちゃいますね」
そして、女子どもに、有無をいわせず、梅ソーダのグラスを持って、オレはダッシュする。間接キスの、証拠隠滅だ。
完璧だ。
素早く動くのだ。女子どもが、何を言おうが無視して一気にことを運ぶのだ。
いや、女子のほうは、オレの俊敏な動きに、なにがなにやら分からず、ポカンとなってるだけだろう。
蘭鳳院のドリンクを奪って飲む。これも少しまずいが、何しろ、間接キスとかそういうのより、絶対にマシだ。この作戦、堂々とやってやる。
男の実力を、女子どもに見せつけてやる。これも、修行の成果なのだ。
もう、蘭鳳院は、目の前。一刻の猶予も許されない。
迷いは無い。
オレは、椅子から、立ち上がった。
そして、蘭鳳院が、瞬きするよりも速く、その手の缶ドリンクを奪い取る。
蘭鳳院、オレの動きに、全く反応できない。ギョッとしている。
「蘭鳳院さん、これすっごく気になってたんです。ちょっと、もらっちゃいますね」
オレは、缶のフタを開け、一気に口に流し込む。
見たか! 女子ども!
オレの、大胆巧緻な戦略に、なすすべもないだろう!
ヒーローの力を、思い知るが良い!!
「うぎゃあああああああっ!!」
なんだ! なんだ! なんだ!
ゲホッ、ゲホッ、
喉が……喉が……焼ける……
舌も……口の中……全部が……焼ける。火がついたようだ。
息が……息が……できねえ……
もう……体中、燃え上がってしまう!
「辛えっ!……辛え!……なんだ……これは、なんだ……」
オレは、その場に崩れ落ちた。
もう……ダメだ……
蘭鳳院、かがみ込んで、オレを見下ろす。ちょっと、青ざめている。
「勇希、大丈夫? 大丈夫じゃないみたいだけど。あの、それ、本当になにか、わかってた? 新発売の、スーパースーパーチリチリペッパーペッパーだよ。最強悶絶激辛って言う触れ込みの。私、辛いの好きだから、ちょっと試してみようと思って。でも、それ、絶対、そんなに一気に飲むものじゃないよ」
ぐわああ……
うぐ……うぐぐぐぐ……
ぐはっ……げほっ……
悶絶……?
いや、もう、これ死ぬでしょ……蘭鳳院さん、最初に言ってよ……いきなり人が飲んじゃったらどうするんだよ……こんなの持ち歩いて……
口、舌、喉、胃袋……もう、全部ダメだ……
ぐはっ……
うごごご……
女子ども……いや、女子のみなさまが、三人がかりでオレを介抱してくれた。水を飲ませてくれたり、背中をさすってくれたり。
少し青ざめている蘭鳳院。真っ赤になっている奥菜。満月は……ニヤニヤしている。
「勇希って、ほんとにすごい。私たちのために、頑張ってくれたのね。感激っ!」
面白がっているようにしか見えない。チクショウ。
ざわざわと、人だかりもできている。
「何があったの?」
「男子高校生が、、女子の前でイキがって、スーパースーパーチリチリペッパーペッパーを一気飲みしたんだって」
「え! それやばいよ。あれ、一口飲んだだけで、激痛悶絶だって言うじゃない」
「ああ、あれか。一滴でも死ぬって言う噂じゃない!」
「イキがって一気飲みかあ。無謀だねえ。若いねえ」
「青春だねえ」
なんていうか、どさくさに紛れて、オレが、蘭鳳院のドリンクを飲んだ事は、誰も気づかなかった。
オレは、勝った……のだ……
( 第五章 隣の蘭鳳院麗奈は青い星の美少女 了 )
本作品を、気に入ってくださった方は、下の評価の星と、ブックマークをよろしくお願いします。
読者のみなさまの支持が、作者のやりがいです。
どうかよろしくお願いします!




