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第33話 暴力の嵐の後



 家庭科。被服実習。


 ハンカチの刺繍の課題を、女子の誰かにやってもらおうとしたら、委員長に定規で殴られた。


 痛え。


 殴られた頭が痛え。


 「一文字(いちもんじ)君!!」


 クラス委員長、剣華優希(けんばな ゆき)の声が響く。すごい声だ。キンキンと、響き渡る。


 これ、本当に脳にくるんだ。


「なにやってるの! 君、本当に、カッコワルイよ!!」


 ええ……ええ……


 あの……オレ……ヒーローなんですけど……


一文字(いちもんじ)君、君、本当におかしい」


剣華(けんばな)の、容赦ない、声。


「そういうの、ただ、恥ずかしいだけなんだから」


 なんだ? いったい、なんなんだ?


 オレは、あたりを見回す。


 クラスの連中……みんな、委員長を、頼もしそうに、見つめている。


 おい、みんな、どうしたんだ?


クラスメイトが、殴られているのに。誰も、オレに、同情しないのか。


なんていう奴らだ。


 これが高校なのか。本当に学校なのか。


「あ、みんな、大丈夫だよ。課題を続けて」


剣華が、いう。


 みんな、授業に戻った。せっせと、課題をやっている。なごやかに、話しをしながら。


 なんなんだ、いったい……

 

 「一文字(いちもんじ)君」


 委員長、剣華優希(けんばな ゆき)は、しっかりと、オレを見据えている。


 オレは、震えが走った。殴られた頭は、まだ痛い。

 

「君、こういうことがしたいの? こういうことがしたくて、学校にきたの?」


いいえ……その……したいっていうか……その……あの……チクチク縫い物したり……ミシンとか……ただ、そういうのが苦手で……オレ……無理にやらなくても……いいんじゃないかなあって……ただ、その……そう思っただけで……何も……みんなに迷惑かけようとか……思ってないんですけど……だって……オレ、ヒーローだから……みんなを助けるのが……オレの生きざまなんで……


 「君が、君なのはわかる」


委員長が言った。


「でも、限度があるんだよ。みんな、君のことが好き。だって、君、輝いている。すっごく輝いている。みんなそれ、わかってるんだから。君も、それ、わかってるよね。でも、だからって、何をしてもいいってわけじゃない。そうでしょう? みんな、君のことが大好き。大事にしたいと思っている。だから、君も、みんなのこと、大事にして。君のこと、大事にして。できるよね。君は、とっても強くて優しくて輝いてる人なんだから」


はい。


委員長。


 ええ。それはもう、オレ、なんてったって、ヒーローですから。みんなのこと、大事にしますよ。この世界のことも、この小さな村……いや、クラスのことも。


 でも……大事にする? 大事にしてくれる? だったら、いきなり、殴らなくても……


「一文字君、君は、勘違いしてるんじゃないかな。変なことをしないと、認められない。そう思ってるの? そんなことないよ。もう、みんな、君のこと認めてる。だから、そんなに変なことしなくても、いいんだよ」


 おお。認めている。委員長が言うんだ。そうだ。オレは認められてるんだ。ヒーローだしな。


 「一文字君、周りを見て」


 委員長の言葉に、オレはクラスを見回す。


 「ほら、わかるでしょ、みんな、楽しく、頑張って、課題をやっている。みて。男子も、ちゃんとやってるじゃない。男子が女子に教えてあげたりしてるじゃない。こういう男子を、かっこいいって言うんだよ。そう思わない? 一文字君だって、絶対、そうなれるよ。君は、かっこよくなれる。今よりもっとね。だから、何にも、変なことしなくていいんだよ」


 かっこいい男子?


クラスの男子連中。なるほど、熱心に、チクチクやっていやがる。女子に、あれこれ教えて、満足げにしてる奴もいる。


 そういうものなのか?


「一文字君、被服は、苦手なの?」


 さすが委員長。


 よくわかりましたね。オレ、実は、すごく苦手なんです。


 被服とか、その他いろいろ、いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい、この学校についてくの、大変なんです。


 「じゃあ、私が、教えてあげるから」


 剣華、オレの手を取るようにして、


 「まず、一文字君、課題のハンカチ、刺繍フープにはめて」


 オレは、ハンカチを木製の輪っかにはめる。布が、ピンと張る。


 「そう。すごく、よくできてるよ。次、チャコペンで、線を引いてみて」


オレは、チャコペンで、ハンカチに線を引いてみる。


 「すごい。ちゃんと線が引けたじゃない。一文字君、できるよ。いよいよ、刺繍してみるからね。大丈夫、難しくないよ。一緒にやろう。ランニングステッチ、これ、やってみよう」


 オレは、ひたすら、委員長の言われるままに、やってみる。


 いまいましいことだが、委員長の教え方、かなりうまい。オレは、今までやったことがないような、縫い物をしている。


 おや?


 奥菜結理(おくな ゆり)が、顔を真っ赤にして、こっちを見ている。


 委員長に、オレが手ずから教えてもらっているのを、うらやましがっているみたいだ。まったく……オレが殴られたのを、どう考えてるんだ。心配してる様子は無い。なんてこった。


 「すごい、できたじゃない」


と、委員長。


できた?


確かに一本の線に、何とか、糸を縫いつけることができた。オレにしては、かなりの偉業だとは、思うけども。


 「これでいいんだよ。一文字君。君がやったんだ。君はできるんだよ。一文字君、本当にかっこいい」


かっこいい。


オレが、かっこいい。


 うん。まあ。委員長が、オレのこと、かっこいいって、言ってるんだ。確かにオレは、かっこいい。そうだよな。



 フッ、



 やっと認めたか。


 「じゃあ、がんばって。この調子でやれば、大丈夫だよ。一文字君、君はできるんだよ」


 剣華は、にっこりする。


オレも、委員長に、にっこりとする。


 そうするしか、なかったんだ。

 

 やっと、委員長から、解放された。


ふう、やれやれ。


 なんだか….…どっと、疲れが出る。

 

 ここはハードだ。高校になると、授業が違うんだな。中学の時みたいに、ただ、みんなで、キャーキャー騒いでればいいってもんじゃないんだ。勉強になるぜ。


ま、結局のところ、委員長に、かっこいいと、オレは認めさせたんだ。他の者では、こうはいかなかっただろう。


 男修行。正しかったんだ。


オレは強くなった。もっと強くなれる。


 剣華は……見ていると、あっちこっちで、みんなに、指導している。みんな、うれしそうに委員長にまとわりついている。


 ああやって、子犬どもを、手なづけているのか。さすが、侮れないな。


 とりあえず、オレは、目の前のハンカチに目を落とす。


 水色の糸が、まっすぐに、途切れ途切れに、間隔を開けて、縫い込んである。


委員長は、この調子で、何本も、糸を縫い込んでと、言っていた。


 面倒だな。


まだまだ、解放されないんだ。とりあえず、やらないと。


 ここで投げ出したら、委員長に、またまた何されるか、わからない。


 ま、このクラスの事は、委員長に任せたんだからな。オレが。委員長の言うことを、聞くしかないだろう。


 ひたすら面倒なんだけど、こういうの……


 でもやらなきゃ。もう殴られるのは嫌だ。


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