第30話 女子はちょっかいしたりされたりと
午前中の授業。
ずっと落ち着かなかった。勉強に身が入らないってのはいつものことなんだけど。今日ずっとオレの心を捕まえて離さなかったのは、
青い星。
昨日、右の頬に確かに見えた。はっきりと。なんだったんだろう。つい、チラチラと、隣の蘭鳳院を見ちゃう。蘭鳳院、朝、自分からオレをからかってきたくせに、またまた、いつもの、お澄ましモード。こっちを見ようともしない。
蘭鳳院の白い透き通るような頬。そこに青い光……ひょっとしたら、オレは思った。あれって静脈だったのかな?白い頬に、静脈が透けて浮かび上がって見えた。そういうこと? 演技中、心も体も昂揚し、静脈が浮き出て……
うーむ。それなら、蘭鳳院の演技を観てたみんなにも見えていたはずだけど。どうなんだろう。わからない。直接、蘭鳳院に訊いてみようかな。でも、今朝は蘭鳳院のやつ、オレが女子のレオタードに不純目線してたとかからかってきやがった。これ以上、新体操演技の話をするのは…… また、調子に乗らせて、オレをおちょくる材料を与えるだけだ。
近寄り難い美しさを醸し出す蘭鳳院の横顔をチラ見しながら、オレは悶々となっていた。
昼休み。
弁当を終えて、オレは、ぐだっとなっていた。
ヒーロー跡目の戦い……だけじゃなくて、クラスの女子どもとの戦いっていうのがあるんだ。
あ、
蘭鳳院。
蘭鳳院が教室に戻ってきた。学食へ行ってたんだな。大体いつも、一人で学食へ行っているようだ。あまり女子同士でつるんでない。たまには、他の女子と一緒に、ランチしてるみたいだけど。
蘭鳳院、いつも通りの優雅な身のこなしで、オレの隣に座る。
オレの胸が騒騒する。
朝からずっとだけど、オレはまたまたチラッと蘭鳳院を見る。蘭鳳院、オレに目もくれず、いつものお澄まし顔。
「ねぇ、勇希、あんた、ほんとにいつも、麗奈のことばっかり見てるのね」
後ろから声をかけられた。満月だ。
満月は、声をかけてくるが早いが、すっとオレに体を寄せてくる。オレに覆い被さるように。なにしろ、満月は長身だ。オレに、胸をくっつけそうにしてくる。
体をくっつけたりはしない。絶妙な距離感。委員長の目があるからな。なにか言われないように、ギリギリのライン。相変わらず、見せ方を知ってやがるな。こいつはこいつで、手強い女子だ。これもオレの試練。
クラスの陽キャ女子リーダーで映え女子の満月。アタリが強いな。
女子って、こういうもんだっけ?
オレはこれまで、男子にちょっかいなんか出したことないぞ。中学の時、男子にちょっかいを出している女子もいたけど、それもかわいいものだった。高校になると、女子ってこうなるのかしらん。男装女子であるオレの知らない、女子の世界。
満月、意味ありげにニヤリとして、
「麗奈、中学の時から、男子をはねつけまくってるので有名なんだから、あんまりしつこくちょっかい出しちゃだめだよ、勇希」
は?
なんだと?
オレが蘭鳳院にちょっかいを出している?
なにを言ってやがる。いろいろちょっかいされて、迷惑してるのは、こっちの方なんだぞ。
蘭鳳院にいつ何されるか分からないから、オレは気が休まらないんだ。今日は、昨日の見た青い星のことがあるから、ついチラチラ見ちゃうけど。満月め。オレの平和を奪ってるのは、おまえら、女子どもだぞ。
ここは、言ってやらねばならない。おまえら、オレの邪魔するんじゃねーぞ。
「あの、満月さん、誤解してるみたいだけど。オレ、別に、蘭鳳院さんに、ちょっかいなんか出してないぜ。オレ、他の人の邪魔したり、絶対しないので」
「あら、そうかしら」
満月が、オレを見下ろしながら言う。
本当に、おいしい獲物を目の前にした、狩人の目。いや、これはもはや、おいしい獲物にかぶりついた、肉食獣なのか。
「勇希、私、席が後ろだから、よく、見えるのよ。勇希、しょっちゅうジロジロ麗奈のこと、見てるじゃない。麗奈、困ってるよ」
え?
よく見えてる?
て、ことは、満月、おまえだって、オレのことを、いつもジロジロ見てるんだな。他にやることがないのか。おまえは。
オレが、蘭鳳院を、ジロジロ見ている? 確かに今日はそうだけどさ。でも、いつもオレのことを後ろから見ているなら、蘭鳳院が、オレに悪質ちょっかいするのもちゃんと見てろよな。
満月は、オレの気も知らず、
「ねぇ、勇希。やっぱり麗奈のこと、気になるの? そりゃ、こんな美人が隣にいたら、気になるよね。不純感じないとか強がってたけど、本当なの?」
うぐぐ……
またそっちの話に引っ張り込むのか。オレは女子に困らされてるだけなんだぞ。
あれ?
蘭鳳院。
蘭鳳院がこっちを見ている。まあ、こんなに自分の話で盛り上がってるんだ。知らんぷりするってわけにもいかないだろう。蘭鳳院と満月。長身女子のまなざしに、オレは挟まれた。
なんだろう、これ、やばい?
いや、別に、何もやばくはないんだけど。妙に、胸騒ぎが……
オレが蘭鳳院を気にしている? 今日は、確かにチラチラ見ちゃってて……そうだ。ここは、はっきりさせておこう。
「あの……蘭鳳院さんを気にしてたっていうか……青い星が、また見えるんじゃないかと、そう思って……」
オレは言ってしまった。蘭鳳院を見つめながら。蘭鳳院、オレを、不思議そうにみつめる。本当に、吸い込まれそうな瞳だ。
「青い星?」
蘭鳳院がいった。
「なんのこと?」
うわっ。
言わないほうが、よかったのかな。妙にドギマギ。
でも言っちゃった。
ここは行くしかないだろう。
蘭鳳院、オレを正面から見つめている。
冴え冴えとしたお澄まし顔で。




