第29話 硬派男子少女は女子に不純感じません
翌日。
朝のホームルームの始まる前。
「ねえ、勇希」
蘭鳳院が、話しかけてきた。
ドキッとした。ちょうど、昨日の蘭鳳院の新体操演技のことを想い浮かべていたんで。
珍しいな。
授業とは関係なく、蘭鳳院が話しかけてくるなんて。ひょっとして、初めてじゃないかな。
挨拶だって、いつも、オレの方からしている。蘭鳳院の方からは、絶対しない。ずっと机を並べているのに、おかしいよね。
オレが、礼儀正しくしてやってるっていうのに。
だいたい、蘭鳳院は、オレのことを、勇希、と名前で呼んでいる。最初からだ。なんだろう。他のクラスの男子と話してるのを見ると、みんな、〇〇君と、姓で呼んでいる。
オレだけ名前呼び。
オレのこと、軽く見てるのかな。
いつも、オレに、生意気で、上から目線なんだ。
なにはともあれ、蘭鳳院の方から話しかけてきたんだ。
「なに? 蘭鳳院さん」
オレは、礼儀正しいんだ。特に女子に対してはな。女子どもも、オレを、見習えよ。
「勇希、昨日、体育館で、私の演技、観てたでしょ?」
ドキュッ
うん……観てたよ。観てたけど。べ、別に、問題ないだろ。みんなに見せるために演技してるんだし、オレが見ちゃいけない理由って……な、なにか、あるのか?
なぜか、ドギマギする。
クソッ、
オレは、なにも間違ったことはしないぞ。堂々としていればいいんだ。
「うん。観てたよ」
オレは、さりげない風で、言う。内心、ものすごくドギマギしてたけど。なんで、ドギマギしなきゃいけないんだ。何も問題ないよね。
「体育館に、野球のボールを取りに行ったんだ。そしたら、ちょうど蘭鳳院さんが演技してて。見るの初めてだったから、つい、見入っちゃった」
あれ? オレ、言い訳している? 言い訳することなんて、何もないんだぞ。
「そうなんだ」
蘭鳳院は、いつもの、お澄まし顔。
昨日の、演技中は、すごい笑顔だったんだけどな。普段も、少しは笑顔見せなさい。笑顔得意なんだよね。
「新体操、好きなの?」
蘭鳳院、オレをじっと見つめる。
距離が近い。
オレはつい、蘭鳳院の右の頬を見る。
青い星。青い光。見えない。ただ透き通るように白い頬。昨日ははっきり見えたのに。あれ、なんだったんだろう。
「う、うん。蘭鳳院さんの新体操、すごく綺麗だったよ」
オレは、なるべく普通に言う。普通に言ったつもりだけど。
新体操が好きっていうか。蘭鳳院の演技に圧倒されたんだけど。あんまり、こいつを調子に乗らせないほうがいい。そんな気がする。
「ふうん」
蘭鳳院が、言う。
「男子って、女子のレオタードとか、好きだよね」
ぐふっ、
なんだって?
また、いったい……なんでまた…そういう話に?
ちょっと。おかしいぞ。オレは、アスリートとしての蘭鳳院に素直に感嘆してたわけで。レオタードとか、そういうのじゃなくて。
オレが、女子のレオタードが好き?
オレのこと、そういう風にしか、見れないのか? ずっと一緒に机を並べても、まだ、オレのことが、わからないのか?
オレは宿命のヒーローなんだぞ。女子を守るヒーロー。最後の硬派。
まぁ、オレはヒーローだとか言うわけにもいかなくて。
「いや、その、もちろんレオタードも綺麗だったけど。蘭鳳院さんが演技をする姿勢、それって、真剣に、競技に向き合って鍛えてるんだなあって、アスリートとしてすごく感心しただけで」
しどろもどろだ。
なんで、こうならなきゃいけないんだ。
何かがおかしい。
「そうだよね」
蘭鳳院が言う。
「勇希は、女子との不純、反対なんだもんね。あ、でも、不純異性交際に反対でも、不純を考えたり、感じたりは、するよね」
なに、この追及。
何が狙いなの?
クソッ
ナメるなよ。
女子などに、見くびられてはならん。
蘭鳳院め。
なるほど。わかったぞ。
こいつは、自分が美人なものだから、きっと、オレが自分に反応するに違いない。しないのはおかしい、そう思ってやがるんだな。焦ってるんだな。
バカめ。
フッ、
甘いぜ、お嬢さん。
ずいぶんとまた、コケにしてくれるじゃないか。
オレは男の修行を積んだヒーロー。男の中の男。最後の硬派だ。わかってるのか。
お前は、真の男を知らない。
だからだ。
よし。
ここはひとつ、びしっと、キメてやろう。
オレは、俄然、立ち上がる。
ヒーローたるもの、女子のおちょくりごときで、動じたりはせぬのだ。
「オレは、女子で、不純を考えたり、感じたりした事は、誓って、今まで一度もありません!」
大声で、はっきりと言ってやった。
どうだ。見たか
あっぱれ男子は、うしろぐらいことなど何一つなく、堂々、晴天の下に立てるのだ。
クラス中が、一瞬しんとなる。
すぐに、どよめきが起きた。
みんな、オレを見ている。
「おお、すげえ、勇希」
「本物の硬派だ」
「女子で不純考えない? オレには、絶対無理だ」
「うん、わかってる。あんたなんか、不純しか考えないでしょう? 一文字君を、見習いなさい」
「勇希って、お坊さんなの?」
「坊さんだって、不純考えたりぐらいはするだろう」
「坊さんは、何でもするよ」
「すごーい、勇希」
これは、満月。
「男子がみんな、勇希みたいだったら、女子も安心なのにね。ほんと、外歩くだけで、獣みたいな目でジロジロ見られるから、困っちゃう!」
おいおい。おまえ。自分から男にグイグイアピールしまくってるだろ。
蘭鳳院、じっとオレを見つめている。
ん?
なにか、つぶやいている。
「女子で、不純考えたことは、ない……不純、感じたこともない……」
なんだ?
オレのこと、もう、よくわかったでしょう。もう、変におちょくってこないでくださいね。
あれ?
蘭鳳院の瞳、吸い寄せられるような瞳。
オレを見ている?
いや、見ていないような? どこか遠くを。
その、まなざしの先……いったい、なにを見ているんだろう。




