第28話 蘭鳳院麗奈は新体操女子
放課後。
今日もオレは、グラウンドを走り、汗を流していた。
ヒーローだからな。体を鍛えなきゃ。
ひとしきり走って筋トレをする。
ふう。
今日も頑張ったな。
グラウンド校庭では、運動部員たちの、大きな声が響いている。
フッ
黄泉だ幽し世だ魔物だ、何がどうなるのか、まだよくわからないけど、この平和な世界を守るのが、オレの宿命なんだ。
運動部の邪魔にならないように、ゆっくりとオレは、校庭を歩く。
とにかく豪奢な学園だ。施設が充実。体育館、トレーニングルームも、いくつもある。
運動部員たちの躍動する声に、オレは、心が躍る。
オレもスポーツをやってきた。オレがやってきたのは野球。小学生の時からやってた。小学生の時は、リトルリーグで、中学生の時は女子野球部。
ずっと投手だった。
オレは、野球部の練習場に来ている。もちろん男子野球部だ。女子野球は無い。オレの中学の時、公立校で女子野球部があったのが、ラッキーだった。高校で女子野球部がないのは普通だ。
オレはヒーロー跡目の宿命のため、男子やってるから、女子野球部があっても、入部できなかったけど。
天輦学園高校の男子野球部。
結構強豪らしい。大きな身体の部員たちが、グラウンドで大声を出し、駆け回っている。
いいなあ。
ついつい見てしまう。ずっと野球をやってきた身。体がムズムズする。
カキーン!
バットの快音。グラウンドの隅にいたオレのほうに、ボールが転がってくる。
オレは反射的に、しゃがんでボールを取る。そして、
ビュッ、
と、ボールを投げ返す。
「おー、ありがとうー」
グラウンド上の、野球部員の元気な声。
いいなぁ。やっぱり運動部やりたいなぁ。
と、思っていると。
カキーン、
今度はもっと大きな当たり。オレの頭を越えて、グラウンドに隣接した体育館の方へ転がっていく。
「あ、オレ、取ってきますよ」
オレは、野球部員たちのほうに向けて、大声で叫ぶ。
すっかり、現役の野球部員モードになっていた。
転がったボールは。
でっかい立派な体育館の中へ。体育館の扉は開放されていた。その中に転がっていく。
オレはボールを追って、体育館の中へ。
体育館。
広いな。
ここでも、掛け声、歓声、あれこれの声、音が、響き合い、混じり合っている。
スポーツを、真剣にやる姿。
競技にかかわらず、気持ちがいい。
えーと、ボールは。
体育館の入り口から、すぐそこにあった。オレはボールを拾う。よし。
その時、
あ、
体育館の一点、オレの目が釘付けになる。
蘭鳳院麗奈。
いたんだ。蘭鳳院が。
オレの隣の席の子。
今はレオタード姿。
そっか、この前、新体操部だって言ってたよな。
ここが新体操部の練習スペースだったんだ。
華やかなレオタード姿の新体操部員たち。
演技をしたり、お互いの演技を観戦したりで。
蘭鳳院、新体操部員たちに見守られながら、演技をしてる最中だ。
オレは、息を呑んだ。
すごいな。
蘭鳳院の演技に、オレは、目を奪われる。
蘭鳳院は、輪っかを操って、演技している。輪っか……ええと、あれ、なんて言うんだっけ?
後で知ったけど、フープって言うんだ。
オレは、新体操の事は、全くわからない。演技を生で見るのは、もちろん初めてだ。テレビで、ちょっと見たことがあるだけだ。
だけど……
綺麗だな。身体の動きも、身体のラインも。
蘭鳳院の、レオタード。鮮やかな桜色に、白く太いラインが入っている。桜色の部分に、花……なのかな。模様が入っている。
黒い髪をしっかり束ねている。蘭鳳院は、長身でスラッとした手足の見惚れるプロポーションだけど、レオタード姿だと、いっそう映える。
透き通るように、白い腕と脚。
レオタードの桜色と、コントラストをなして。
蘭鳳院の演技、ピンと、軸がしっかりしていて、指先まで勢いがある。それで、プロポーションが余計に映えるんだ。
プロポーション。やっぱり痩せてるな、オレは思った。
新体操だから、食事制限してるんだろう。でも、動きには、躍動感があり、力がみなぎっている。
蘭鳳院が、フープを、空中に大きく投げた。
片足で回転する。本当に、軸がブレない。開脚でのジャンプ、足がきれいに水平に開いている。着地する。前方に回転、今度は足を高く上げ、落ちてきたフープを、足先で、キャッチ。
流れるような動き。
美しく完璧な演技。
そう見えた。新体操部女子たちも、息を呑んで、蘭鳳院を見つめている。オレは、新体操のことは、よくわからないけど、かなりハイレベルなんだろう。
目が離せなかった。
初めて見た流麗な演技。それだけじゃなくて、蘭鳳院の表情。
笑顔。
そっか。
こういう競技は、笑顔でやらなくちゃいけないんだ。
蘭鳳院の笑顔。
この前の英語のペアワークで、大笑いしたのを見ただけだ。クラスの女子や男子と話をする時も、ちょっと笑顔になることあるけど、基本的にはお澄まし顔。
今は、ずっと笑顔。
競技に必要なんだろうけど、無理して作ってる感じではない。
自然に、こぼれだすような、溢れるような笑顔。
自分や自分の演技に満足しての笑顔?
いや、競技中に、そんな余裕は無いだろう。
美の女神が、自分と世界の美しさに酔いしれて、歓喜の笑顔を浮かべている、そんなふうな。オレにはそう見えた。
やっぱり笑顔はいいな。
蘭鳳院の笑顔の演技に、オレはしびれる。
いつも、オレに、笑顔を向けてくれていいんだよ。
オレは、陶然となりながら、アスリートとしての蘭鳳院に、賛辞を送っていた。
観ているだけで、高揚する演技。
蘭鳳院の、美貌や、プロポーションは、天性のものだろう。
でも、天性の素質だけで、ここまではできない。自分で、明確な目標と、強い意志を持って、ずっと、たゆまず、自分を磨き上げ、鍛え上げてきたんだ。
そうでなければ、こうはならないだろう。
オレだって野球をやってきたんだ。競技は違っても、そういう事はオレにもわかる。
いつから、新体操をやっているんだろう。
高校から始めたわけじゃないだろう。何千回何万回と、練習を繰り返しやってきた結果だ。
一つ一つのパフォーマンスを、繰り返し練習し、確認して、失敗を繰り返しながら、成功しても、何度も何度も繰り返す。
より完璧な演技のために、もっと演技を極めるために。
そうやってきたんだ。そうでなければ、こんなにみんなの目を奪う演技はできないはずだ。
どこまでも自分を磨きあげるための、蘭鳳院の笑顔。教室とは、また違った顔。オレを惹きつける。
ああっ!!
オレは、目を見開く。
あれはーー
蘭鳳院の顔。
躍動する美の女神。
透き通るように白い肌。端正な、誰をも魅了する笑顔。その右の頬に。
オレは気づいた。
なんだ。
光っている。青く。
青い光。
青い星だ。
見えた。はっきりと。
ズキュッ、
オレの心臓が。
なんだ、あれは。
オレは、目を凝らす。
流れるような演技をするその右の頬に、青い星は、確かに輝いていた。
見間違いじゃない。錯覚じゃない。
体育館の中。
みんな、蘭鳳院を見ている。見ないわけには、いかないんだ。
青い星。はっきりと見える。みんなにも、見えてるのかな?
オレは、周りを見回す。
みんな、蘭鳳院の演技に陶然となっている。見つめている。
青い星。みえてるよね。
ズキュッ
う……また。なんだ。
心臓の動悸。蘭鳳院の演技、青い星の光にオレの体が反応した?
これまで、感動的なアスリートのパフォーマンス、プレイを見た事は何度もある。興奮したこと、胸が高鳴ったこと、いっぱいある。
今の、この動悸。
なにか、今までとは違う…
苦しい。
苦しいんだ。胸が締めつけられるような……
蘭鳳院の、演技が終わった。
しゃがんだ姿勢のまま、最後に投げたフープを手でキャッチして、両手を広げ、掲げる。
笑顔。やり切った笑顔。
オレは、身動きひとつできず、蘭鳳院を見つめている。
あれ? 青い星は? 右の頬に確かにあった……
見えない。演技が終わると、消えた。見えなくなった。
蘭鳳院が立ち上がる。
こっちを向いた。
オレと、目が合う。
あれ。蘭鳳院。オレを見つめている。
ええと。体育館に、オレがいきなり現れて、蘭鳳院の演技を見ている。
驚いたかな。
この状況は……
オレは、アスリートとして、素直に、蘭鳳院を讃嘆してるんだけど。
蘭鳳院には、どう見えるかな?
オレは、男子……男子だから、綺麗な女子が好き……それは問題ない……けど……
あんまり、こういうのを、じっと見てるのは……もちろん、アスリートとしてのパフォーマンスに目を奪われたんだけど……
気がつくと、新体操部女子たち、みんな、オレを見ている。
うん? まずいのかな。
ええと。オレはあくまでも体育館に転がりこんだボールを取りにきたんで……よし、行こう。
オレは、慌てて、体育館を出る。
◇
蘭鳳院麗奈は、タオルで汗を拭いながら、一文字勇希の去り行く後ろ姿を、じっと見つめていた。
演技が終わった直後なので、体が上気している。息も上がっている。
それはいつものことだけども、今は、いつも感じたことがない、
火照り。
なんだろう、これは。
蘭鳳院麗奈の白い頬に、朱みが差していた。
勇希が私を見ていた。




