第267話 ヒーローはついに力ずくでヒロインを
学園の裏手の池。
カルガモ親子。
「可愛いーっ!」
四方八方から歓声が飛ぶ。確かに可愛い。学園中が観に来ている。すごい熱気。押し合いへし合い。ワーワーキャーキャー。みんなスマホ持ち出して、ここぞとばかり撮影。
「こっち見てーっ!」
こらこら。あんまり騒ぐとカルガモが逃げちゃうよ。でも、かわいい。思わず、うっきゅーん! となる。
あれ。
気づくと、蘭鳳院麗奈、隣の席の子が、すぐ隣にいた。
満月妃奈子が目敏く見つける。
「麗奈、メール見てくれたんだ」
「うん、教えてくれてありがとう。可愛いよね」
満月が召集したのか。全く大したアナウンス力だ。何せ学園一のインフルエンサーだ。このくらい、何でもないんだろう。
麗奈、にっこりしてカルガモ親子を眺めている。隣の子、笑顔になると……本当に可愛い……この地上のカルガモ親子全部まとめたよりも。
またまた、
うっきゅーん!
いかんな。昨日の……パンツとか。ちょっと笑顔見せられただけで、もうなんだか。いつもこの子には、やられる……
麗奈はバッグから、チョコロールパンの袋を取り出し、1つ出して、もぐもぐ食べ始める。ん? オレが買ったのと同じだ。へー、麗奈もこういうの食べるんだ。まぁ、ダイエット中でも、たまには糖分補給しなくちゃね。アスリートなんだから。燃料は必要だ。
おや。
オレは気づいた。
麗奈のチョコロールパンの袋。猫のイラスト。そこに、オレがマジックで書き足した絵が。
ええっ!?
オレは目を疑った。
そんなバカな。オレはもう一度、よく見る。間違いない。オレの書き足した絵。
なんで? なんなのこれ?
オレは……チョコロールパンを机の上に置いてきた。で……麗奈がそれを勝手にもって来て、食べてるってこと? そんなバカな。
いや、どう考えても。
あるはずが無い。
「どうしたの?」
麗奈がオレの視線に気づく。
ドキュッ、
いや、どうしたも何も。オレは訳がわからず、
「え? その……いや……なんでもないよ」
麗奈がオレのチョコロールパンを勝手に……それはあまりにも信じられないことだし、みんなのいる前で問い詰めるのはちょっと……そう思った。オレは、口ごもる。
「そう」
麗奈はまた、カルガモの方を向く。2個入りのチョコロールパン。1個だけ食べて、もう1個をバッグに戻す。
目敏い満月が、
「勇希、やっぱりカルガモより麗奈のことが気になるのね」
うぐぐ……
気になる、だと? 麗奈が? それはそうだけど。その、今、オレが気にしているのはーー
オレは、そっとその場を離れた。キャーキャーボルテージ上がりまくりの歓声を後にして。
オレはふらふらと校内を歩く。
どういうことなんだ? 麗奈が勝手にオレの机の上のチョコロールパンを持っていってそれをオレの目の前で堂々と食べる? なんだそりゃ。何がしたいの? 何かのアピール? メッセージ? おかしいよ。どう考えても。いや最初から麗奈はいろいろおかしな行動が多かった。昨日だって……麗奈はオレをおちょくってるのか? それにしても限度があるだろ。悪巫山戯とかそういうことじゃもう済まないぞ。人の買ったパンを勝手に食べるなんて。
少し冷静さを取り戻してきた。メラメラと炎が。怒り。オレだって……怒るんだぞ。
これはダメだ。うん。こんな悪質なおちょくり、見過ごしてちゃいけない。絶対麗奈は、オレのこと見くびってるんだ。女子に何もできない男だと思って。そうだ。だからこんなことするんだ。優等生のお嬢様だからって、隣の席の男子のパンを勝手に食べていいなんてことにならないぞ。しかもオレが文句を言えないと思ってるんだ。だからこれ見よがしにオレの前で堂々と。からかっていやがる。
許さん。そうだ。
ここははっきりさせなきゃ。
麗奈め。オレが女子に何もできない男だと、完全に見くびってやがるんだな。
フッ、
そうでは無いのだよ。
確かに、オレは女子に手を出したりしない。それは女子を怖がってるからじゃない。オレがヒーローだからだ。ヒーローたるもの女子に手を出したりしてはいかんのだ。
だが。
そこにつけこんで、悪質イタズラからかいをしてくるなら、びしっと言ってやらねばならない。そうだ。それが男。ヒーローと言うものだ。女子などに見くびられていてはならんのだ。
今日こそは。
よし。
オレが何者なのか教えてやろうじゃないか。
力ずくでも。
ナメるなよ。
◇
完全にカッカきたオレ。少しフラフラする。頭に血が上りすぎた? ちょっと……血を下げなきゃ。お、ちょうど保健室の前だ。何か薬でももらえるかな。
「失礼します」
オレは保健室の扉を開ける。けれど誰もいない。がらんとしている。昼休みだからな。仕方がない。オレは扉を閉めた。
すると。
あ。
廊下を歩いてくる。
蘭鳳院麗奈。バッグを抱えて。
カルガモ見物、終わったんだ。麗奈、今は1人だけ。お嬢様が、廊下をゆっくりと歩いてくる。
廊下には他に誰もいない。
おお、これは。
チャンスだ。またとないチャンス。そうだ。2人の決着をつけるんだ。今こそ。もうおちょくり上から目線なんて絶対させないぞ。このヒーローを見くびる事は許さん。そこをきっちりさせてやるんだ。
「蘭鳳院さん」
目の前まで来た麗奈に、オレは声をかける。体中の血が逆流している。脳が蒸発、もう何度目かわからないけれど!
「うん?何?」
麗奈、キョトンとしている。が、オレのただならぬ様子に気づいたようだ。
「どうしたの? 具合悪いの?」
具合が悪い?
フッ、
そんなことはないぜお嬢さん。かつてなく上々だ。ついに宿敵と雌雄を決しようというんだ。
今日の敵は隣の美少女お嬢様。幽世魔物戦闘より気が昂るぜ。
「話があるんだ」
オレは、声を押し殺していった。
「うん……わかった。聞くよ」
「2人でしっかり話がしたいんだ。廊下じゃなんだから、保健室に入ろう。ここ、今、誰もいないから」
オレは有無を言わせず、麗奈の手首を掴む。
「え?なに? ねえ……」
麗奈は言うが、
「入るんだ」
オレは構わず、ビシっとそういうと、保健室の扉を開け、中に麗奈を引っ張り込む。そして、
バシン!
扉を閉める。
ガチャリ!
鍵を掛けた。
フフ、
どうだ。
これで邪魔も入らない。正真正銘の一対一だ。
麗奈、さすがに驚いている。目を丸くして。おやおや。得意のお澄まし顔はできないようですね。
あはは。
さぁ、お嬢様。
覚悟しろ。
蘭鳳院麗奈。




