第265話 床ドン! の決着
床ドンで。
麗奈に迫られている。
迫られてるん……だよね、これ。どう見ても。
「初めての不純、感じた?」
何言ってるんだ?
不純?
美少女にパンツ見せられて、床ドンされて……普通の男子なら……そうなるのかな。
で、なに?
麗奈、君はこのオレにそういうのを期待してるの?
オレは動けない。ピクリと。
さっきからずっと麗奈と見つめ合っている。実際にはほんの短い間だったのかもしれないけれど、オレには地球が一回転する長さに感じる。
このまま、麗奈と一緒の世界に……
いや、ダメだ。
ダメ!
オレにはヒーローの宿命がある。
オレがヒーローだと認めさせてこそ。
なんだか、こんなふうに一方的に持ってかれるのは、ヒーローじゃない。
そもそもオレは実は女子だと正体を隠しているわけで。それでその、今、女子と……どうこうなるなんて……ありえない。無理。
でも、このままじゃ。
このまま、オレはすっかり麗奈にーー
ダメ!
ここはもう、ヒーローパワー! 女子に見せつけるためじゃなく、女子の圧を撥ね返すために、全力!
「麗奈、やめて!」
オレは叫んだ。体は動かせない。大の字になったまま。
叫んだつもりだったけど、かすれたような、小さな声しかでない。でも、
「もう、ふざけないでよ! ダメ! 今は無理だから! あんまり変なことするなら、委員長に言いつけるぞ!」
麗奈は体を起こした。
オレは、ほっとなった。圧が、やっと遠のいた。美少女の床ドン、本当にすごかった。ありえないくらいに。
麗奈、オレじっと見つめたまま立ち上がる。そして髪を整える。
「びっくりさせちゃった? ごめんね」
ふふ、と笑う。
びっくりとか。もうそういう状況じゃない。オレのヒーロー街道が粉砕されるところだったんだぞ。
「今日はありがとう。一緒にバレエができて、楽しかったよ。勇希、起きれる? 強く打ちすぎたかな。保健室へ連れて行こっか?」
オレはまだ身動きできない。それは頭を打ったからとか、そういうことじゃなくて。
「オレは……大丈夫。自分で起きるから。あの、ちょっと1人にしてもらっていいかな」
やっとそれだけ言う。
麗奈は、最後にじーっとオレを見つめ、オレの心臓をまた一つひっくり返すと、そっと出ていた。
扉が閉まる。全身から力が抜けた。さっきから倒れて動けないけど、今度は本当に本物の。
放心状態。
なんだったんだ。
とにかく助かった。一体何から助かったのか。オレは何を守ったのか。
よくわからないけど。
イソギンチャク。謎だ。何かのメッセージか? たまたまああいうの履いてて今日はスパッツ履き忘れちゃった。そうなのか。
そして。
「委員長に言いつけるぞ!」
うーむ。なんだかすごく恥ずかしいこと言っちゃったような。
でも、うちのクラス、いや、この学園では、正義と言えば委員長だから。
これでいい。これでいいんだ。
オレの頭はカッカし、顔は熱くなる。
◇
その夜。家のベッドの上で、オレはまたまた大の字になっていた。
今日のことを考える。
あの後。
音楽の授業が始まる前に、なんとか1人で起き上がることができた。みんな音楽室にやってきて、普通に授業が始まった。麗奈もオレの隣の席に。相変わらずのお澄まし顔。さっき自分のしたこと、まるで何もなかったかのように。オレも何も言わなかった。言う気力もないしで。午後の授業が終わると、鍛錬も自習もやめて、ふらふらと家に帰った。
今日は。
男を見せつけてやろうとしたけど、なんだか逆に圧倒された。隣の美少女に。
女子に。
これでいいのか。
いいわけない。オレは男のヒーローとして認められなくてはならない。そのために男の坂道を上ってるんだ。何があろうとも。女子などに引きずり回されているようでは。
女子。
麗奈のサラサラとした黒髪、吸い込まれそうな瞳、透き通るような白い肌、その感触。その息遣い、すぐ間近で……だいぶ体験してきたけど。
それに今日は……イソギンチャクパンツまで。思いっきり目の前で。
もう。
うぐ、
うぐぐ、
うっぎゅーん!
なんだろうこれは。
席が隣だからって。普通こうなるのかな。
普通じゃないとしたら。
オレたちは一体何なんだろう。
でも。
女子などに負けてはならない。
そうだ、それが宿命。
見てろよ!
オレは、ベッドの上にガバっと立ち上がり、叫ぶ。
「蘭鳳院麗奈、これで終わりじゃないぞ。きっとお前に男を見せてやる。絶対に〝わからせ〟てやるからな!」




