第261話 バレエ de パ・ド・ドゥ
音楽室。
蘭鳳院麗奈。隣の席の美少女が入ってきて、扉を閉める。
ガランとした音楽室で2人きり。麗奈が、オレの方へ歩いてくる。
「あの……どうしたの?」
「ん? 私、花壇の水やり終わったから。それで、勇希が、ちゃんとできてるかなって見にきたの」
ちゃんとできている? いや、全然たいした仕事じゃないから。オレができないなんてことあると真面目に考えてるの?
「勇希の方も、もう終わったんだね」
うん。そうだよ。オレは日直の仕事、きちんとやったぞ。
麗奈、じっと、オレを見つめる。
なんだ。ゾワッとする。同じ学園の同じクラスで、席が隣で毎日顔を突き合わせているのに、なんだろう。こう、いつも。吸い込まれそうな瞳で見つめられると、オレはクラクラする。せざるを得ない。
美少女の形のよい唇が動く。
「勇希、今、踊ってたね」
「う……ん」
扉の窓ガラス越しに、見てたんだ。べ、別に、見られたって問題ないけど。
「バレエ?」
「うん」
オレは一呼吸する。落ち着け。何も問題ないぞ。
「オレ、実は、小さい頃、バレエをやってたんだ。小学校に上がる前の話だけど。親にやらされてたんだけど、結構好きで、たまに思い出してやったりして」
「へえ、そうなんだ。ちゃんとやってた人の動きだったね」
「うん。小学校からは、野球に夢中だったけど、その前はバレエに結構本気で。あ、バレエ教室の発表会で、くるみ割り人形のクララを演ったことあるんだぜ」
「クララ?」
麗奈の眉が、ピクリと動く。
「それ、女の子役だよね。男の子が女の子役をやったんだ。珍しいね」
うぎゃあああっ!
しまった!
男装女子の宿命、油断ならねえっ!
「ああ、違う。間違えた……オレが演ったのは、その……王子……くるみ割り人形の王子の役……はは……勘違いしてた」
冷や汗が出る。なんだか体が震える。もう完全に見抜かれてる、そんな瞳で見つめられて。けれど麗奈は、クスっと笑い、
「ふうん、そうなんだ。私は小学校までバレエ。新体操は中学から始めたの。勇希のバレエみたら、久しぶりにやってみたくなっちゃった。ねえ、ちょっと一緒に踊らない?」
「え?」
急展開だ。一緒に踊る? 音楽室。2人だけ。スペースはたっぷり。
ここで2人で踊る。お互い経験者だから。久しぶりにバレエのステップを思い出した。オレもやりたくなってたし、麗奈もやりたい。今は昼休み。廊下を通る誰かから見られるかもしれないけど、別に、見られたって困ることない。ただ、バレエ経験者のクラスメイトが2人で一緒に踊るだけ。そうだよね?
よし。
体がさらに震える。いや、待てよ。オレのバレエ。冷静に考えると……ちゃんとやってたのは、小学校に上がる前だから、バッチリやってきた麗奈の相手って務まるかな? 普通に考えると……それは無理……でも、ネコミミダンスの時も、麗奈をリードしてぶん回してやるって、誓ったんだ。あの時は空回りだったけど。こんどこそーー
「さあ、王子様、お手を」
隣の美少女がオレに手を差し出す。なんとも優雅な仕草。完璧すぎる。麗奈、微笑んでいる。今まで見てきた笑顔とちょっと違うような。凄み。ちょっと圧されるのを感じる。
うぐ、
うぐぐ、
圧されて……なんかないぞ。王子様……か。いいだろう。やってやろうじゃないか。ここまできたら……もう、やるしかない。あれ、待てよ? こういうのって、手を差し出すのは王子のほうだよね? 姫がなんだか王子をリードしてぶん回そうとしてる? いや、そんなことにはならない。オレはヒーローだ。ヒーロー王子なのだ。だから何があろうと、お澄まし顔のお嬢様よ、お前のことをぶん回して、男を見せてやる。最後に勝つのは、このオレだ! ダンスとは戦いなのだ。オレは堂々ヒーロー王子として、勝利してやる。蘭鳳院、今度こそお前を〝わからせ〟てやるからな!
「やりましょう。よろしくお願いします」
オレも手を差し出し麗奈の掌に重ねた。
しっかりと見つめ合うオレと麗奈。
いくぞ。開戦だ。
いい感じの間合いだ。覚悟はできた。オレは不思議と冷静。一騎打ち。場数を踏んできたからな。ヒーローモード、全力全開だ! 見てろよ!
麗奈が、言う。
「じゃ、始めよう。2人ダンスね」




